『腑抜けども、悲しみの愛を見せろ』
本谷有希子の戯曲原作による吉田大八の初監督作品。自然豊かな山深い村に、サトエリが映える。
公開:2007 年 時間:112分
製作国:日本
スタッフ
監督・脚本: 吉田大八
原作: 本谷有希子
『腑抜けども、悲しみの愛を見せろ』
キャスト
和合澄伽: 佐藤江梨子
和合清深: 佐津川愛美
和合宍道: 永瀬正敏
和合待子: 永作博美
和合曾太郎: 上田耕一
小森哲生: 土佐信道
萩原: 山本浩司
神野: 谷川昭一朗
勝手に評点:
(一見の価値はあり)
コンテンツ
ポイント
- 田舎道に真っ赤な悩殺ワンピのサトエリがとにかく破天荒でカッコいい。それを迎え撃つ、薄幸の兄嫁永作博美の天然キャラがまた破壊的に面白い。
- 何だかどの辺が悲しみの愛なのかつかめないのだが、それでも吉田大八監督の才気がみなぎるデビュー作。
あらすじ
女優を目指して上京した澄伽(佐藤江梨子)が、両親の訃報を聞いて四年ぶりに故郷に帰ってきた。
自意識過剰な澄伽は、自分が女優として認められないのは妹の清深(佐津川愛美)のせいだと家族をいたぶる。高校時代、上京資金を稼ぐため売春していた澄伽を、清深が漫画に描いて投稿し掲載されたことが、今なお彼女の演技に影響を与えていたのだ。
兄の宍道(永瀬正敏)も澄伽には気を遣い、横柄にふるまう彼女によって一家の日常はきしみだしてゆく。
今更レビュー(まずはネタバレなし)
いきなり始まる田舎の非日常
芥川賞作家・本谷有希子が主宰を務める<劇団、本谷有希子>による公演を自ら小説にした原作を、CMの世界で活躍していた吉田大八が映画化。彼の初監督作品である。
CMディレクターとしての豊富な経験に裏打ちされているせいか、処女作ながらファーストカットから遠慮なく攻め込んでくる。
◇
山深い田舎町で猫が原因となり両親が交通事故死。村の人たちが集まる葬儀で、遺族席に座るのは長男の和合宍道(永瀬正敏)、末っ子の清深(佐津川愛美)、そして宍道の妻の待子(永作博美)。
そこに、東京で女優をしているという長女の澄伽(佐藤江梨子)が、数年ぶりに実家に戻ってくる。
◇
ただでさえスタイルの良さが際立つサトエリが、肌の露出度の大きい派手な格好にサングラスで田舎の家に舞い戻り、タクシー代は兄嫁に払わせる。もう、いきなりの我儘ぶりと都会人アピール全開。
彼女の出現で、両親を失った家族はさらに日常をかき回されていく。
本作でいちばん言動が過激で目立つのは、当然主役の澄伽なのだけれど、実は彼女の登場前から唖然とする場面がある。
葬式のあとの宴席で、清深に持病のぜんそくの発作がでたことで、宍道が妻の待子を叱るのだが、怒鳴りつけたあとで押し倒された待子が、そのまま畳の上をゴロゴロと転がるのだ。
永瀬正敏と永作博美だから、当然ちゃんとした家族ドラマと思っていたら、「え、コントなの?」と驚かされる。
◇
ロケ地は石川県能登らしいが、村の田畑が実に青々としていて、本物なのか疑いたくなるほどに鮮やかな緑色だ。同じ時期に公開された『天然コケッコー』(山下敦弘監督)と似たような環境に見えるが、あちらの田舎町ののどかさとは対照的に、本作に平和はない。
自己中心的で傍若無人な姉と、その姉を極度に恐れている様子の妹。姉妹を気遣う腹違いの兄と、その兄に虐げられている嫁。話が進むにつれ、風変りなのは、けして東京から帰ってきた姉ばかりではないことに気づく。
キャスティングについて
この個性豊かな家族のキャスティングが、うまいバランスだ。
まずは女優とは名ばかりで才能も根性もなく、所属事務所にも見限られ里帰りしてきた姉の澄伽。女優を目指して上京したけど、ろくに演技もできずに「若さとお色気で勝負です」みたいなキャラと、田舎町で浮きまくる目を惹くルックスとスタイルの良さ。サトエリがはまりすぎる。
それまでも『キューティーハニー』や『口裂け女』など主演作はあったが、ようやく女優・佐藤江梨子を名乗るにふさわしい作品に出会えた感じ。(個人的には阪神・淡路大震災から復興した神戸を描いた『その街のこども』が好きだけど)
そして、かつて姉を題材にマンガを描いて恥をかかせたことで、今も姉の復讐に脅えている妹の清深に佐津川愛美。
実は本作は公開時以来久々に観直したのだが、清深の配役だけは思い出せずにいた。当時の私は、まだ彼女のことを知らなかったのかもしれない。
でも、今回顔を見て、すぐに佐津川愛美と分かった。今の彼女の活躍ぶりを知っていれば、従順でおとなしそうな高校生の役で納まるわけがないと思うところだが、案の定、この妹には、明かされていない本性があるようだ。
◇
長男の宍道は父の連れ子であり、姉妹とは血の繋がりはない。だが、人一倍、この二人には優しく接しているようにみえ、その反面、妻には滅法つらくあたる。演じるのは永瀬正敏。本心が読めない表情がいい。
嫁不足の田舎町で彼の嫁いだのは、港区生まれ、といっても新橋のコインロッカーベイビーだったという待子。どんなにつらい目にあっても明るくめげない彼女だが、夫とは結婚以来セックスレスで、いまだ処女というのが悩み。永作博美、今回はおいしい役だ。ある意味、一番面白い。
◇
この二人は、他でも夫婦を演じている気がしたのだが、永瀬正敏は『毎日かあさん』、永作博美は『酔いがさめたら、うちに帰ろう。』という異なる作品で、モデルとなった漫画家・西原理恵子と元夫でジャーナリストの鴨志田穣の夫婦の役をそれぞれやっており、それで混同してしまったようだ。
ちなみに、吉田大八監督作品も『パーマネント野ばら』(2010)で西原理恵子原作ものを撮っている。本作で美人局にひっかかり金をまきあげられる、澄伽の同級生を演じた山本浩司は、同作でも変わらず気の毒な役を演じている。
今更レビュー(ここからネタバレ)
ここからネタバレしている部分がありますので、未見の方はご留意願います。
お前に演技の才能などない
女優の道をあきらめきれない澄伽は、新作の脚本を執筆中の新進気鋭の監督・小森哲生(土佐信道)に熱心にファンレターを書き続け、文通に漕ぎつける。そして思惑通り、「新作の主演女優として出演してほしい」と監督からオファーされるのだ。
それまで、自分が自信をもって演技ができないのは妹のマンガのせいだと、散々いじめてきた澄伽だが、この吉報を受け、ついに妹を赦す。
◇
澄伽には、高校時代に女優を目指して上京することを父親(上田耕一)に「お前に演技の才能などない」と反対された際、逆上して振り回した刃物で兄を傷つけた過去がある。
誰にも必要とされていないと自暴自棄になる澄伽を慰める宍道。その時、連れ子同士の二人は抱きしめ合い、互いに必要とするのは二人だけ、そして誰ともセックスしないことを約束した。
その禁断の関係は今も続いている。兄は、二人の仲を図らずも妹の清深に目撃されてしまったことを苦に、炭焼き小屋に火をつけ、焼死してしまう。
登場人物の魅力
自分が女優になれないことを、すべて周囲の誰かのせいにして、けして自らを責めない澄伽の自分勝手な性格。いちばんの悪女に描かれてはいるが、言動は過激でも、共感できる部分はある。
宍道にしても、突如一緒に暮らすことになった姉妹に恋愛感情をもってしまうことは想像できるし、倫理観との葛藤で死を選ぶところは同情の余地がある。
そして妹の清深。かつて姉を題材にマンガを描いて傷つけたことは反省したものの、ホラー漫画家としての才能が、久々の帰省後も突飛な行動で面白いネタが尽きない姉を描かずにはいられない。こうして清深は、郵便局にバイトして姉の文通相手の映画監督になりすます。
◇
これらキャラクターの魅力は原作者の本谷有希子によるところが大きいと思うが、澄伽が宍道にからませる脚だとか、裸の背中だとか、パーツのチラ見せで想像をかき立てるエロティックな演出は、吉田大八監督のセンスによるものだろう。
そして、待子のエピソードは、早朝からコンビニにパンを買いに行かされたり、親切心で夫に薬味を入れたらそばつゆを顔にかけられたり、どれも気の毒なものばかりだが、明るく切り返すところが救いだ。
原作では、自分は不幸な生い立ちなので、幸福だとバチが当たりそうで怖く、つらい目に遭うと安心するのだ、といった台詞があったと記憶する。その辺の説明がなかったので、単に変わった嫁という風に見えてしまうのが惜しい。
◇
孤独だったから、家族ができて喜んでいた待子だが、義父母は事故死し、夫は焼死し、義妹はマンガ家となり上京。義姉もこのまま田舎に住み着くとは思えず、また独りになってしまうのかと思うと、少々心配になる。
ブラックなコメディ要素も満載だが、根っこは太い家族ドラマだと感じた。個性的なキャラによる混沌とした人間模様。結局、「悲しみの愛を見せろ」とは何なのか解明できなかったけど、魂の叫びが確かに聞こえる。