『ブレット・トレイン』
Bullet Train
伊坂幸太郎の「マリアビートル」をハリウッドで映画化。それも主演はブラッド・ピット!
公開:2022 年 時間:126分
製作国:アメリカ
勝手に評点:
(一見の価値はあり)
コンテンツ
あらすじ
いつも事件に巻き込まれてしまう世界一運の悪い殺し屋レディバグ(ブラッド・ピット)。そんな彼が請けた新たなミッションは、東京発の超高速列車でブリーフケースを盗んで次の駅で降りるという簡単な仕事のはずだった。
盗みは成功したものの、身に覚えのない9人の殺し屋たちに列車内で次々と命を狙われ、降りるタイミングを完全に見失ってしまう。
列車はレディバグを乗せたまま、世界最大の犯罪組織のボス、ホワイト・デス(マイケル・シャノン)が待ち受ける終着点・京都へ向かって加速していく。
レビュー(まずはネタバレなし)
悪い予感は外れた!意外とちゃんとしてる
ブレットかバレットかは置いといて、伊坂幸太郎の人気原作『マリアビートル』が、日本を飛び越えてハリウッドで映画化される。それもブラピ主演だ。
古くからの伊坂ファンとして当初はこの情報に舞い上がったものの、劇場予告編を観るたびに憂鬱になっていた。
だって、嫌な予感しかしないから。ロケ地は日本のようだが、どうにもハリウッド風アレンジの町並みだし、舞台も東北新幹線(はやて)じゃなくなってるし。
監督は『アトミック・ブロンド』や『デッドプール2』を手掛けた、俳優メインのデヴィッド・リーチか。どうやら、車内で殺し屋たちが乱闘するだけの映画になってしまいそうで怖い。
◇
そういう期待薄な状態から観に行った本作、蓋を開けたらなかなかの大健闘。まあ、はっきり言えば伊坂幸太郎のそれとは似て非なるものなのだけど、そこは映画化の宿命として別な形に進化したと考えよう。
むしろ、シナリオ段階で切り捨てるだろうと思っていた『きかんしゃトーマス』ネタだとか、周囲の乗客の目を気にして静かに座席に座ったまま戦うアクションだとかが、きちんと残っていることに感動。
原作とは異なる主人公に
原作の主人公は本作にも登場する木村雄一(アンドリュー・小路)。屋上から突き落とされた瀕死の息子の仇をうつために、新幹線ゆかり(ひかりじゃないよ)に乗って王子(ジョーイ・キング)に近づいたのはいいが、反対に罠にはまり、言いなりになる羽目に。
裏社会を仕切る恐ろしい男・峰岸(映画ではマイケル・シャノンが、そいつを殺し後釜に座るホワイト・デスを演じる)。その息子の護送と大金の詰まったブリーフケースの運搬に、檸檬(ブライアン・タイリー・ヘンリー)と蜜柑(アーロン・テイラー=ジョンソン)という二人組の殺し屋が乗っている。
そしてそのカネをねらう、同業者のてんとう虫(ブラッド・ピット)。この辺までが、原作での主な乗客メンバーか。
主役を木村雄一からてんとう虫に変更したのは、結末だけを考えれば悪くないアイデアだが、それによって木村と王子のエピソードは、だいぶ脇に追いやられ、一方、原作では終盤でやっと登場の木村の父親(真田広之)が、本作では冒頭から存在感をアピール。
たしかに、この作品は真田広之のおかげでアクションのキレや深みがでたことに異論はない。というか、彼の出演があってこそ、日本を舞台にしたアクションとしても格好がついたのだと思うが、その副作用として、木村雄一と少年の父子の物語はまるで薄っぺらいものになってしまった。ここは残念だ。
キャスティングについて
多くの人殺したちを乗せた列車が、東京から京都に向かう。ノンストップ・サスペンスかと思いきや、品川、新横浜、静岡とこまめに停車するのが何だかマヌケだ。
『オリエント急行殺人事件』から『新感染ファイナル・エクスプレス』まで、列車を舞台にした映画特有の閉鎖空間の緊張とスピード感は正直弱い。
だが、『キングスマン』(マシュー・ヴォーン監督)並みにゲーム感覚で人が殺されていく不気味なノリ、終盤で走行中の車両扉を開けてからの車外アクションのド迫力、そして各キャラクターの面白味が、作品の弱みをカバーしている。
まずは何をやってもツイてない殺し屋レディバグ役のブラッド・ピット。不運続きでも凹まず軽口を叩くあたり、『スナッチ』や『ファイトクラブ』の頃を思わせて、さすがに主役らしい華がある。
彼のハンドラーのマリア役のサンドラ・ブロックはなかなか登場しないのが残念。本作も、彼女のかつての傑作サスペンス『スピード』みたいに、ドキドキ暴走列車だったら面白かったのに。
レモンとタンジェリン(蜜柑)には、それぞれ『エターナルズ』で黒人でゲイのヒーローを演じたブライアン・タイリー・ヘンリーと、『アベンジャーズ/エイジ・オブ・ウルトロン』でクイックシルバー役をやったアーロン・テイラー=ジョンソン。どっちもマーベル・ヒーローの一員かよ。
原作では双子のような二人を『マトリックス』のエージェント・スミスのように思い描いていたが、白人と黒人で来るとは。敏腕の殺し屋ながら、『きかんしゃトーマス』をめぐる口喧嘩ばかりなのが笑える。
プリンスに捕まっている息子を助けに、わざわざ列車に乗り込んでくる木村父が真田広之。先日観た『MINAMATA』では、アクションのない真田もよいと書いたばかりだが、当然アクション付きは尚よい。
麻倉未稀の”Holding Out For A Hero”をバックに真田が車両せましとメッタ斬りする絵はテンションが上がる。
車両に座って静かに語る真田広之を見て、野島伸司ドラマ『高校教師』で桜井幸子と逃亡するラストが頭をよぎってしまった。もう古い話だ。
◇
本作はオープニングの女王蜂の” Stayin’ Alive”から始まって、なかなかバラエティ感のある選曲なのだが、途中の銃撃シーンにカルメン・マキの「時には母のない子のように」が流れた時は、エヴァで「翼をください」を聞いた時のような感覚に陥った。
レビュー(ここからネタバレ)
ここからネタバレしている部分がありますので、未見・未読の方はご留意ください。
惜しまれる最大の点
原作とは異なる進化を遂げた作品とは書いたが、ひとつ残念だった点をあげるとすれば、プリンスの設定変更だろう。原作では、この王子という名のキャラは表向き優等生の中学生で、周囲の者たちの人心を掌握し、卑劣な手段で相手を絶望の淵に落とし込んでいく最悪な中坊なのだ。
大人を手玉に取っていくこの中学生に殺し屋たちが翻弄され続け、最後に痛い目に合うのかハラハラさせるこの中学生は、ラスボスと言っても過言ではない大役だ。
◇
だが、それを派手めな顔立ちの女子高校生(ジョーイ・キング)にしてしまったことでキャラの憎たらしさは半減し、木村雄一(アンドリュー・小路)の復讐劇は、だいぶ盛り上がらないものになった。
そもそも、本来伏兵だった父親(真田広之)が冒頭から主役級の存在感なのも、話の構成としては無理がある。これでは、病院の子供が無事かでハラハラできない。
その他にもアレコレ
着ぐるみ人形の扱いも雑だ。日本的なものを出したかったのだろうが、着ぐるみの中にキーパーソンがいるであろうことは端から読める。
原作でラスボス扱いの峰岸を、それを殺して後釜につくホワイト・デス(マイケル・シャノン)というオリジナルキャラに変えたのは、国籍の多様性を出したかったのか。
◇
車掌役でドラマ『HEROES』のマシ・オカが登場した時は、原作通りスズメバチの殺し屋男女ペアのひとりだと信じて疑わなかったが、ここは独自設定に変わっていた。
車内販売員(福原かれん)に「スパークリングウォーターが10ポンドかよ」と愚痴る台詞があったが、現実の日本は物価も賃金も安く、おまけにこの円安なら、欧米人に水が高いと言われるわけがない。
以上、細かいことをツラツラと書いたが、日本ロケもできない状況下、頑張って日本風の映像を創り出した努力は大したものだ。
日本人の目には不思議な世界だが、これはこれでなかなかクールジャパンである。ウォシュレットから般若のお面に京都の風景まで、米国市場に受けそうなものは全部入り。漢字を大胆にアレンジしたエンドロールの見せ方も、なかなかカッコいい。
世界に向けて、伊坂幸太郎原作の面白味がきちんと伝わったのかはやや不安だが、まあ今回は、ブラピが「レモンだミカンだ、てんとう虫だ」などと原作ゆかりの台詞を言ってくれているだけで、夢心地である。