『ブルー・バイユー』
Blue Bayou
韓国系米国人ジャスティン・チョンが監督・脚本・主演で挑んだ、強制送還の憂き目にあう父親と家族の物語
公開:2021 年 時間:118分
製作国:アメリカ
スタッフ 監督・脚本: ジャスティン・チョン キャスト アントニオ・ルブラン: ジャスティン・チョン キャシー: アリシア・ヴィキャンデル ジェシー: シドニー・コワルスケ エース: マーク・オブライエン パーカー: リン・ダン・ファン バリー・ブーシェ: ヴォンディ・カーティス=ホール デニー: エモリー・コーエン
勝手に評点:
(一見の価値はあり)
コンテンツ
あらすじ
アントニオ(ジャスティン・チョン)は韓国で生まれ、三歳のときに養子としてアメリカに連れてこられた。
今はシングルマザーのキャシー(アリシア・ヴィキャンデル)と結婚し、娘のジェシー(シドニー・コワルスケ)と三人で、貧しいながらも幸せに暮らしている。
あるとき、些細なことで警官とトラブルを起こし、逮捕されてしまう。すると、30年以上前の義父母による手続不備で移民局へと連行され、強制送還の危機に。家族と離れたくない彼はある決心をする。
レビュー(まずはネタバレなし)
家族とともに暮らしたいだけ
家族とともに暮らしたい。ただ、それだけの男の物語。なのに、片時も目が離せなくなる。
監督・脚本・主演を韓国系米国人のジャスティン・チョンが務める。バンパイアものの人気シリーズ『トワイライト』の出演などはあるが、日本ではさほど知名度が高くないジャスティン・チョンがメインでは、やや集客が厳しいか。
『リリーのすべて』のアリシア・ヴィキャンデルを共演に持ってきたり、カンヌ国際映画祭の「ある視点」部門に出品されたりと、それなりの話題性はあったものの、あいにく日本ではあまりプロモーションされた印象がない。なので、私は公開時、不覚にも本作をスルーしてしまっていた。
だが、ひょんなことから、米国在住の日本人の方に本作が最近のイチオシだと薦めていただき、配信を待って、ようやく観ることができた。なるほど、これは引き込まれる。米国の地にいるアジア人であれば、一層その思いが強まるのだろう。
『ブルー・バイユー』とカタカナで書かれると意味が汲みにくいが、By You ではなくBayou、米国南西部にある、水の流れがゆったりした入り江を指す言葉らしい。本作の中でも、アリシア・ヴィキャンデルが演じる妻がこの題名の歌を披露するシーンがある。
最後だから遊びにいこう
本作はしばらく、主人公一家の家族構成と背景がつかみにくい。韓国系とみえるが、それっぽくない名前の主人公・アントニオ・ルブラン(ジャスティン・チョン)が、就職面接を受けている。
バイクの窃盗で前科ニ犯だというタトゥーの目立つ一見やばそうな男。子供が生まれるので、なんとか仕事を、と懇願するが不採用。アントニオの隣には、幼い女の子が座っている。だが、顔立ちからは、血の繋がりは見受けられない。
アントニオには白人の妻・キャシー(アリシア・ヴィキャンデル)がおり、妊娠中である。だから、彼は、タトゥー彫りの仕事のほかに、職探しをしているのだ。彼に懐いている娘のジェシー(シドニー・コワルスケ)は、ヒーローのコスプレをしながら、彼に言う。
「もう最後だから、一緒に遊びにいこう、パパ」
「え、どういう意味?」
ジェシーは、妹が生まれたら、父親は自分に関心を持たなくなると勘付いているのだと思っていた。それは間違いではなかったが、一般論よりも少し根が深い。
ジェシーは、キャシーの前夫のエース(マーク・オブライエン)の娘なのだ。だから、血の繋がった妹が生まれれば、アントニオはそちらを溺愛すると、諦観しているのだ。駄々をこねずに大人ぶっている姿と、子供らしい無邪気な様子が混在するジェシーはとてもかわいらしい。
◇
エースという男は、警察官をしているのだが、過去に家族を見捨てて離婚に至った経緯があるらしい。ジェシーは子供心にそれを許せずにいた。だから彼女はエースとはけして口をきかず、アントニオを自分の父親に選んだ。
突然見舞われた悲劇
美しく優しい妻と、かわいい娘。貧しいながらも、愛に溢れた家庭。
だが、スーパーマーケットで鉢合わせした巡回中のエースと同僚警官デニー(エモリー・コーエン)には、妻と再婚し幸福そうなアントニオが面白くなく、彼に因縁をつけて不当逮捕する。何もしていない父親を警棒でボコボコに殴る悪徳警官の姿は、ジェシーの目にどう映ったか。
保釈金を払っても、なかなかアントニオは釈放されず、業を煮やすキャシー。だが、驚くことに警察の担当者は、彼は米移民・関税執行局(ICE)に移送されたという。
「彼は養子縁組された米国人なのに、なぜ移送されるのよ!」
アントニオが養子縁組された30年以上前は法整備がされていなかった。養父母がその後の手続を怠ったために、彼は不法滞在者として韓国に強制送還されようとしていた。
◇
なんと不条理な話なのだろう。急転直下の悲劇。そして悪徳警察のお粗末で無謀な行為。『チェンジリング』(クリント・イーストウッド監督)で、誘拐された子供を赤の他人とすり替えた市警の腐敗ぶりを思わせる。
アメリカの移民政策で生じた法律のすき間に落ちた、一般市民の悲劇。生まれ育った国から、合法的に退去されてしまう養子の人々は、米国にも大勢いる。
ジャスティン・チョンはかついて、ハリソン・フォード主演の『正義のゆくえ I.C.E.特別捜査官』(2009)に出演しているが、その頃から、こうしたICEを扱う作品に着意があったのかもしれない。
◇
弁護士(ヴォンディ・カーティス=ホール)によれば、アントニオに与えられた選択肢は処分を受け入れるか、当局と裁判で争うかの二択。
一度韓国に戻り、再度米国に居住できるよう手続きを踏むことが得策だが、アントニオは心情的にそれを認めない。かといって、裁判をするだけの資金的余裕はなく、しかも敗訴すれば、米国で暮らすことは二度とできなくなるのだった。進退窮まったアントニオは、どのような一手に出るのか。
レビュー(ここからネタバレ)
ここからネタバレしている部分がありますので、未見の方はご留意願います。
自分の過去に向き合えるか
例えば『ダンサー・イン・ザ・ダーク』でビョークの演じたような、途方もなく不幸な運命に見舞われていく善意の主人公に比べると、本作の前科ニ犯のアントニオはそこまでお行儀がよくない。
家族や生活のためとはいえ、裁判の弁護士費用捻出のために、バイクショップを仲間と襲撃して、高級車を何台も強奪して売り飛ばすような人物なのだ。こうやって費用捻出する法廷ものというのはなかなか珍しい。
だが、いや、だからというべきか、本作では結局公聴会がきちんと開かれずに話が進む。そこで議論される内容よりも、長年死んだと言ってきたアントニオの養母を会場に呼べるかということに焦点が当てられているのだ。
それは、彼が自分の過去に正しく向き合えるかということを意味する。
本作には、家族のために裁判を争うメインのストーリーと並行して、時折フラッシュバックする、青い入り江で彼を溺死させようとする母親の記憶、そして、病院で知り合った、難病で余命のわずかなベトナム人女性のパーカー(リン・ダン・ファン)との交流が描かれている。
母親に溺死させられそうになった記憶は、韓国を母国とは思えない感情を生んでいるのかもしれないし、養母には、虐待を受けた養父から守ってもらえなかった、忌まわしい過去しかない。だから彼は人生を振り返ろうとしない。自分の人生を憎んでいた。
睡蓮にも、ちゃんと根っこはある
だが、ベトナム人のパーカーが、死を前にしても泰然自若としていることにアントニオは驚く。彼女は、祖国ベトナムを思い出すロータスを手首に彫ってくれという。
睡蓮は根無し草のようだが、ちゃんと根はある。韓国系移民の物語といえば、『ミナリ』(リー・アイザック・チョン監督)が記憶に新しいが、あちらがセリなら、こちらはハスだ。
彼女たちベトナム難民は、家族が分かれて船に乗り、亡き母の船は沈んでしまったそうだ。だが、パーカーも父も後悔していない。家族の誰かが生命をつなげばいい。
アントニオはずっと再会を避けてきた養母に会いに行く。彼の実の母親はわが子を殺しかけそうになるほど追い詰められた自分に気づき、彼を養子に出したのだと知る。それもまた、彼を生かそうと思った親が、苦しんだ末の答えだった。
アントニオが養母を避けていたのは、養母が彼を選ばなかったからだ。彼が養父から逃げる際、ともに暴力を受けていた養母を誘っても、付いてきてくれなかった。それが彼の中では、わだかまりになっていたのだろう。
私がパパを選んだのに!
愛する妻と、血の繋がらない娘は、彼を選んでくれたのだ。生まれたばかりの娘と三人の家族を、手放したくはない。ここからはネタバレになる。ラストシーン。空港の出国ゲートを前にして、ある出来事で心揺らぐアントニオは、心変わりする。
「お前たちは、ここに残れ」
生活環境がセットアップできたら、迎えにくるというが、本心だろうか。彼は、この国の強さと豊かさを知っている。自分のせいで、家族をここから連れ去るべきではないと悟ったのだろう。
娘を失う、実の父親であるエースの心情を理解したのかもしれない。或いは、船に分かれて乗ることで、家族には幸福に生きるチャンスが増えると思えたのか。
静かに引き離される家族。ここでジェシーが初めて大声をあげる。
” Don’t go! Dad, I choose you!”
結果を知っていても、思わず心を揺さぶられるシーンだ。
そして、子供の涙のあとにはハッピーエンドが定石だろうが、本作はあくまで現実目線の唐突なラストカット。
ジャスティン・チョン監督は実際に国外追放された養子の人たちにヒアリングするうちに、円満解決で着地することなど、考えられなくなったのだろう。引き離された父娘の手と手が再び繋がる日が訪れることを願う。