『ヘイル、シーザー!』
Hail, Caesar!
コーエン兄弟が1950年代スタジオ・システムのハリウッドを描いたコメディ。劇中映画が豪華絢爛。
公開:2016 年 時間:106分
製作国:アメリカ
スタッフ
監督: ジョエル・コーエン
イーサン・コーエン
キャスト
エディ・マニックス:
ジョシュ・ブローリン
ベアード・ウィットロック:
ジョージ・クルーニー
ホビー・ドイル:
オールデン・エアエンライク
ディアナ・モラン:
スカーレット・ヨハンソン
バート・ガーニー:
チャニング・テイタム
ローレンス・ローレンツ:
レイフ・ファインズ
ジョー・シルヴァーマン:
ジョナ・ヒル
C・C・カルフーン:
フランシス・マクドーマンド
ソーラ&セサリー・サッカー:
ティルダ・スウィントン
勝手に評点:
(悪くはないけど)
コンテンツ
あらすじ
1950年代のハリウッド。あるメジャースタジオの命運を賭けた超大作映画「ヘイル、シーザー!」の撮影中、主演俳優で世界的大スターのベアード・ウィットロック(ジョージ・クルーニー)が何者かに誘拐されてしまう。
撮影スタジオは混乱し、事態の収拾を任された何でも屋エディ・マニックス(ジョシュ・ブローリン)が、セクシー若手女優やミュージカルスター、演技がヘタなアクション俳優ら個性あふれる俳優たちを巻き込み、事件解決に向けて動いていく。
今更レビュー(ネタバレあり)
古き良き時代のハリウッド
1950年代のハリウッド。撮影中に起こった大スターの誘拐事件を解決しようとする、メジャー映画会社キャピトル・ピクチャーズの何でも屋エディ・マニックスの活躍が描かれる。
映画ではハリウッドの黄金時代のようにみえるが、エディの問題解決力を高く買い引き抜きにかけるロッキード社が「映画産業など虚業ですよ」という殺し文句が暗示するように、現実では業界は激変の時期を迎えていた。
◇
1948年にパラマウント・MGM・ワーナー・RKO・20世紀FOXのメジャー映画会社5社に対して、地裁で独占禁止法に触れるとする判決が出されたのだ。世にいう「パラマウント訴訟」である。
各社とも自社で抑えていた映画館を手放さざるを得なくなり、興行側が自由に競争できるフリー・ブッキング制や、新たな脅威であるテレビの台頭で、大手の映画会社が寡占的に映画産業を独占していたスタジオ・システムは崩壊することになる。
本作の設定は、その崩壊直前のスタジオ・システムにまだ勢いが残っていた時代なのだろうか。ハリウッドの元気な時代に向けてコーエン兄弟がオマージュを捧げるような作品になっている。
『ファーゴ』や『ノーカントリー』といったシニカルな笑いを含むシリアスなドラマとは違い、『レディ・キラーズ』や『ビッグ・リボウスキ』系の純然たるコメディだ。
大きく作風の違う二つの路線でコンスタントに作品を撮り続けるジョエル・コーエンとイーサン・コーエンは、どこか藤子不二雄のようだ。それぞれに得意分野があるのかもしれない。
劇中で撮影される映画が凄い
本作はコーエン兄弟の作品のなかでは、なかなか印象に残る一作には挙がりにくいように思うが、かといって大きな失点もなく、コメディとして楽しめる。コメディ映画とはいえ、本作の中に登場する撮影中の様々なジャンルの映画はいずれ劣らぬ大作で、「撮影中の映画」のシーンを撮るために相当の労力が割かれているのがわかる。
歴史スペクタクル映画
まずは、本作のタイトルにもなっている歴史スペクタクル超大作映画「ヘイル・シーザー」。キリストは神か人間か、描き方に問題はないか各宗派の識者に知見を仰ぐ。
シーザーを演じる人気俳優ベアード・ウィットロックにジョージ・クルーニー。彼が共産主義者の脚本家たちに誘拐されてしまうことから、騒動が起きる。
それにしても、ジョージ・クルーニーの彫りの深い顔立ちと、『ベン・ハー』を思わせる古代ローマの英雄との相性はよい。『テルマエ・ロマエ』の阿部寛に匹敵するといえる。
西部劇からロマンス映画
次に、西部劇のスター俳優ホビー・ドイル。演じるのは、その後『ハン・ソロ/スター・ウォーズ・ストーリー』で主役を射止めたオールデン・エアエンライク。西部劇シーンのアクロバティックな乗馬でのガンファイトや、遊び心満点の投げ縄さばきが見事だ。
西部劇では実に生き生きとしているホビーが、急遽抜擢されたロマンス映画「我らは踊る」では訛りも演技もひどくて監督(レイフ・ファインズ)に匙を投げられる。ホビーは本作において唯一の清涼剤。
水中ダンスに生演奏
一方、人気女優のディアナ・モラン(スカーレット・ヨハンソン)は人魚姫の衣装で下半身は尾ひれをつけて巨大なプールでシンクロナイズド・スウィミングの華麗なダンスシーンが圧巻。バックにはフル・オーケストラの生演奏。さすがメジャースタジオだ。
彼女は甘いハスキーボイスで知られるけれど、本作の役柄はドスの効いた低音でガラ悪くまくしたてる系。普段のキャラとのギャップに驚く。映画監督との不倫で妊娠中だが、それをどうスキャンダルなく生ませるかがエディの手腕の見せ所。
タップダンスのミュージカル
結構見応えがあるのが、バート・ガーニー(チャニング・テイタム)ら水兵たちが寄港した町のバーのテーブル上でタップを踊りまくる「Singin’ Dinghy」のダンスシーン。『踊る大紐育』のジーン・ケリーあたりを意識したのだろうか。この場面は純粋に楽しい。
そのバートが共産主義者とともにカッターで夜の海に漕ぎだし、ソビエトの潜水艦に乗って去っていくところは、戦争スペクタクル映画の一シーンだと思って観ていたが、映画の撮影ではなかった。
その他キャスティング
これらの映画俳優役のキャストも豪華な顔ぶれだが、正反対の性格の双子のゴシップ記者を演じるティルダ・スウィントン、映画編集の職人フランシス・マクドーマンド、ミュージカル監督にクリストファー・ランバート、潜水艦の艦長にドルフ・ラングレンなど、ほんの少ししか登場しない著名人も多いので要注意だ。
そして、これらの面々が繰り広げるさまざまなトラブルを的確にさばいていく男がジョシュ・ブローリン演じるエディ・マニックス。MGMで伝説的なフィクサーとして活躍したという実在の映画プロデューサーのエディ・マニックスをモデルにしている。
映画の冒頭は「禁煙を破りました」という彼の懺悔シーンから始まり、どこか胡散臭さのある映画スタジオの悪玉かと思って観ていたが、けしてそういうキャラではない。会社のためにキワどい交渉を一手に引き受けているが、頻繁に懺悔をするのも本心からであり、実は好人物にも思える。
赤狩りもあり笑いもあり
この時代のハリウッドの映画業界の内幕を舞台にした映画はわりと多く存在するが、スキャンダルともみ消しに明け暮れるドタバタコメディか、共産主義者の赤狩りを描いた重苦しい作品か、大きく二つに分かれるのではないか。
その点、本作は共産主義の脚本家たちによる主演俳優の誘拐という大きな事件を、コメディタッチで描いた点で、ユニークなポジションにあるように思う。
◇
終盤、誘拐犯たちにすっかり共産主義に毒されたベアードは、ホビーに救出されてスタジオに戻り、エディに対し「資本論」の素晴らしさを熱弁する。Capitol Picturesのエディに「資本論(Capital)」をぶつけるという皮肉もあるのかも。
全くエディに相手にされず平手打ちにされて素直に仕事に戻るベアードが、いつもジョージ・クルーニーが演じる役柄とは対局の情けなさを醸し出していて、良い。