『ファーゴ』
Fargo
コーエン兄弟の放ったスマッシュヒット。狂言誘拐から始まる悲劇の連鎖をブラックユーモア混じりで描く傑作サスペンス。
公開:1996年 時間:98分
製作国:アメリカ
スタッフ 監督・脚本: ジョエル・コーエン イーサン・コーエン キャスト マージ・ガンダーソン: フランシス・マクドーマンド ジェリー・ランディガード: ウィリアム・H・メイシー カール: スティーヴ・ブシェミ ゲア: ピーター・ストーメア ジーン・ランディガード: クリステン・ルドルード ウェイド: ハーヴ・プレスネル ノーム・ガンダーソン: ジョン・キャロル・リンチ マイク・ヤナギタ: スティーブ・パーク
勝手に評点:
(一見の価値はあり)
コンテンツ
あらすじ
厚い雪に覆われるミネソタ州ファーゴ。多額の借金を抱える自動車ディーラーのジェリー(ウィリアム・H・メイシー)は、妻ジーン(クリステン・ルドルード)を偽装誘拐して彼女の裕福な父親から身代金をだまし取ろうと企てる。
ところが誘拐を請け負った二人の男が警官と目撃者を射殺してしまい、事件は思わぬ方向へ発展していく。
今更レビュー(まずはネタバレなし)
コーエン兄弟お得意の狂言誘拐
コーエン兄弟が撮ったクライムサスペンス。興行成績としては本作を上回るヒット作はいくつかあるが、完成度の高さではアカデミー賞作品賞を獲った『ノーカントリー』(2007)と肩を並べる作品。本作はアカデミー賞の脚本賞と主演女優賞(フランシス・マクドーマンド)、カンヌ国際映画祭でも監督賞を受賞している。
◇
メジャー俳優を起用したものの興行的に惨敗した『未来は今』(1994)からの起死回生の一打となった本作は、シニカルな笑いと誘拐ネタというコーエン兄弟の得意分野での勝負が奏功。
しかも主演はデビュー作『ブラッド・シンプル』からの常連(ジョエル・コーエンの妻でもある)フランシス・マクドーマンドと、息も合っている。
舞台となるミネソタ州はどこも深い雪に覆われている。冒頭、ファーゴの町に、他に動く物のない雪道を近づいてくる一台のクルマ。運転するジェリー・ランディガード(ウィリアム・H・メイシー)は、バーで初対面の二人組、カール(スティーヴ・ブシェミ)とゲア(ピーター・ストーメア)と落ち合う。
良からぬ企みのようだが、その内容は、ジェリーの妻を彼らに誘拐してもらい、資産家である義父から身代金をせしめようというものだ。要求額は8万ドル、その半分が二人への手数料という条件だった。
カールは初めからジェリーには高圧的な態度だが、仕事は引き受ける。ゲア役のピーター・ストーメアは無口でどこか不気味だが、ジェリーのウィリアム・H・メイシーもカールのスティーヴ・ブシェミもシリアスな犯罪劇タイプの役者ではなく、まじめに演じるほどニヤリとしてしまう。
そしてずさんな計画が始まる
ところで、作品の題名でもあるファーゴの町だが、映画の中ではこの冒頭にしか登場しない。あとは舞台をジェリーの暮らすミネアポリスか、二人が事件を起こすブレイナードの町に移す。事件の発端という意味でこの題名なのか、単に語感だけなのか。
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ジェリーには一体、妻の狂言誘拐の考えに至るまでにどんな事情があったのかと気になっていたが、どうやらまったく同情の余地がない。
投資物件として何とか手に入れたい駐車場用地があり、その資金を義父のウェイド(ハーヴ・プレスネル)から用立てようと画策するもうまくいかず、この計画にたどり着いたのだ。ジェリーの信用ならない人間性は、義父の経営する自動車ディーラーで営業部長としての仕事ぶりからも伝わってくる。
そして、計画は実践される。自宅で一人のんきにテレビ三昧のジェリーの妻ジーン(クリステン・ルドルード)に、窓を叩き割って覆面男がやってくる。屋敷の中を逃げまわる彼女は、階段から転落し拘束される。このあたりのアクションは、ドタバタコメディのようだ。
だが、このあと悲劇は起こる。ジーンをトランクに積んだカールとゲアのクルマを、ナンバープレート不備で警察車両が尋問する。隙をみてゲアがいきなり警官射殺。もう引き返せない状態だ。更に通りがかったクルマに目撃されたため、ゲアが夜道を追いかけて乗っていた二人を射殺。
ぬぼーっとした無表情さで次々と人を殺めていくマルボロ・マンのような大男ゲアは、どこか『ノーカントリー』のハビエル・バルデムにも通じる。こうして事件は、カネにならない三人の射殺で、ジェリーの予想しなかった方へと進んでいく。
やっと主人公の署長登場
ざっと、序盤の流れを書いてみたが、ここでようやく、ブレイナード警察署長のマージ(フランシス・マクドーマンド)が就寝中のところに連絡が入る。98分の映画ですでに30分は経過しているところでの、主人公登場である。
彼女が出てくるだけで、どこか映画全体が引き締まる。現場を一瞥しただけで、犯人がまず警官、次に目撃者を射殺したという流れ、足跡から犯人は大男と小男の組み合わせ、などと次々言い当てる。なかなかの敏腕所長である。
一方で、家には早朝出勤でもきちんと朝食を作ってくれる優しい夫ノーム(ジョン・キャロル・リンチ)がおり、妊娠中でもある。事件を捜査する警察官に充実した私生活というバックグラウンドを持たせる刑事ドラマは珍しい。日本の刑事ドラマならば、殉職フラグだ。
それにしてもフランシス・マクドーマンド、さすがに四半世紀前の作品だけあって若い。1996年の本作に続き、『スリー・ビルボード』(2017)、『ノマドランド』(2021)で三度のアカデミー主演女優賞はキャサリン・ヘプバーンに次ぐ記録。
近年の受賞二作の彼女は、どこか世俗から離れて境地に達してしまったような力強いキャラだったのに対し、本作では仕事もきちんとこなしながら、ささやかな生活に幸福を見出す女性を演じているのがかえって新鮮に見える。
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事件の捜査に乗り出す敏腕所長のマージ。一方ジェリーは無事に妻が誘拐されたことから、義父に身代金を拠出させようとあの手この手で説得に入る。
だが、この義父は、ジェリーをまるで信用しておらず、カネを出すのなら自分が現場に出向くと言ってきかない。はたして、狂言誘拐はどのように決着するのか。
今更レビュー(ここからネタバレ)
ここからネタバレしている部分がありますので、未見の方はご留意願います。
コーエン兄弟らしい人を食った演出
ファーゴは地名だが、映画の舞台としてはむしろミネアポリスやブレイナードがメインであることは先に述べたが、特にブレイナードはポール・バニヤンの故郷として名高いらしく、町の入り口に巨人の像が立っているのが何度も映る。
西部開拓時代の伝説の木こりとして、米国では有名なキャラだそうだ。カールやゲアの犯罪行為にいつ鉄槌を下してやるか、大魔神のように見下ろしているようにも見える。
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コーエン兄弟らしい、人を食った演出もいくつかみられる。
登場人物たちがハンバーガー系のジャンクフードを食べるシーンや、テレビを観ているシーンがやたら多いが、特に意味があるとは思えない。同様に、マージの夫ノームがなぜミミズを欲しがっているのかも不明だ。ハンバーガーを頬張るシーンとかぶせて、ミミズバーガーの都市伝説につなげたかっただけなのか。
物語の流れとは無関係に思える、マージが旧友マイク・ヤナギタ(スティーブ・パーク)と突然の電話で再会するエピソード。これも謎だったが、映画の冒頭に「実話に基づくストーリー」とあったから、そういう人物がいたのだろうと思って観ていた。
だが、何を隠そう、実話というのはなんと嘘っぱちなのだ。エンドロールに書かれているらしいが、老眼が進んで、そんなところまで熟読できない。実話でないなら、このエピソードにも意味があるのか。
ミネソタ・ナイス?
ところで、<ミネソタ・ナイス>という言葉をご存知だろうか。私は知らなかったのだが、ミネソタ界隈は全米の中でも、実際に善人なのかはともかく、人付き合いが良く他人に優しい人が多いらしい。
私には聴き分けられないが、本作ではミネソタ訛りの英語を使い、<ミネソタ・ナイス>らしい人物も複数投入している。そう言われると、マージが聴き込みした売春婦二人(「小さい方の男は割礼していない、変な顔のヤツでした」と証言した娘たち)はやたら好意的に回答し、ずっと肯いていた。あれも特徴なのか。
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マージも、急に会いたいと言ってきたマイクが挙動不審なのに嫌な顔もせず付き合ってあげたのは、ミネソタっぽい対応のかも。
捜査進行上、このマイクの登場に意味があるとすれば、彼は精神を病んでいて虚言癖があったことを後で知ったマージが、「当社の在庫には盗まれたクルマはない」というジェリーの発言に、嘘の可能性を見抜いたのかもしれない。
実話でないことが都市伝説を生んだ?
それにしてもこの狂言誘拐、警官と目撃者の三人射殺から始まり、身代金受け渡しでつい強気に出た義父はカールに撃たれ、誘拐されたジーンもまた、騒がしいとゲアに撃たれる。そして、ジェリーの策略が裏目に出て、約束とは桁違いの100万ドルの大金を手にしたカールはそれを独占しようとした挙句、ゲアの斧の餌食になる。
一体何人の人間が死んだのだ。何と悲惨な事件が実際に起きたんだろう。私は公開当時から今日まで25年間、そう思ってきたが、先に述べたように、これはフィクションなのだ。冒頭に実話だよと書くことで、「こんな出来過ぎたお粗末な事件があってたまるか」という声を封じたかったのだろうか、コーエン兄弟。
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この嘘のおかげで、カールの埋めた身代金を探しに行った日本人女性が遭難死した都市伝説が生まれ、菊地凛子主演で『トレジャーハンター・クミコ』なる映画まで派生している。もはや、どこまで信じていいのか。
ゲアがカールの死体をウッドチッパーで粉砕し雪原に撒き散らしているシーンは豪快だ。ここで真相を突き止めたマージがついに現れ、ゲアに銃を向ける。銃撃戦そのものは、拍子抜けするほどあっさりしている。
むしろ、逮捕したゲアをクルマで連行する途中、マージが語りかけるシーンに重きが置かれている。
「バカなことを。こんないい日なのに」
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ささやかな日常の喜びが、人生においてどれだけ大切か。それは優しい夫と暮らし、もうすぐ子供を授かるマージらしい言葉だ。
夫のノームが描いている絵がようやく認められ、切手の図案に採用された。「わずか3セント切手の図案だよ」と自嘲するノームに、「郵便料金が値上げしたらみんな使うわ」と喜ぶマージ。
この夫婦のおかげで、悲惨な事件の映画なのに、不思議と心穏やかな気持ちで映画は終わる。