『サンドラの小さな家』考察とネタバレ|フリーター、家を建てる。ダブリン上棟!

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『サンドラの小さな家』 
 Herself

家も人生も、自分たちの手で建て直す。生きづらいこのダブリンの片隅で、母娘の奮闘が始まる。主演・脚本のクレア・ダンが光る。

公開:2021 年  時間:97分  
製作国:アイルランド
  

スタッフ 
監督:        フィリダ・ロイド
脚本:          クレア・ダン
     マルコム・キャンベルキャスト

キャスト
サンドラ:        クレア・ダン
モリー:      モリー・マッキャン
エマ:     ルビー・ローズ・オハラ
ペギー:    ハリエット・ウォルター
エイド:       コンリース・ヒル
ジョー:      キャシー・ベルトン
グレイニー:     レベッカ・オマラ
エイミー:        エリカ・ロー
ゲイリー:イアン・ロイド・アンダーソン
キアラン・クロウリー:ショーン・ダガン
トモ:     アーロン・ロックハート
ローザ:      アニータ・ペトリー

勝手に評点:3.0
      (一見の価値はあり)

(C)Element Pictures, Herself Film Productions, Fís Eireann/Screen Ireland, British Broadcasting Corporation, The British Film Institute 2020

あらすじ

サンドラ(クレア・ダン)は二人の幼い娘を連れてDV夫ゲイリー(イアン・ロイド・アンダーソン)のもとから逃げ出した。しかし公営住宅は長い順番待ちで、ホテルでの仮住まい生活から抜け出せない。

そんなある日、サンドラは娘との会話から、小さな家を自分で建てるアイデアを思いつく。

インターネットでセルフビルドの設計図を探し出し、サンドラが清掃人として働いている家のペギー(ハリエット・ウォーカー)や建設業者エイド(コンリース・ヒル)の協力を得て建設に取り掛かるが、執念深いゲイリーに妨害されてしまう。

レビュー(まずはネタバレなし)

DIYならぬDo It Herself

DV亭主に虐げられる妻や子供たちを扱う物語は、観ている方も心が痛むものだが、本作の主人公サンドラは、そんなクズ夫に毅然と立ち向かう、不屈の精神の持ち主だ。

二人の幼い娘を抱えて、虐待する夫ゲイリーのもとを逃げ出したサンドラは、ひとまず安宿に身を寄せるが、住宅価格の高騰で手が出せる物件はなく、公的機関からの支援も十分に受けられない。

そんな彼女がネット情報から思いついたのが、自分の手で家を建てようというアイデアだった。

DIYならぬDo It Herself。だから原題は<Herself>なのか? その点、邦題は分かりやすくて親切だが、本当に小さな家を建てる話だとは思わなかった。

映画『サンドラの小さな家』予告編

『マンマ・ミーア!』の監督や舞台演出家で知られるフィリダ・ロイドは、本作の脚本を読んで、『マーガレット・サッチャー 鉄の女の涙』以来ほぼ10年ぶりにメガホンを取った。

だが、彼女が出した条件は、本作の脚本を書いたクレア・ダンが、主役のサンドラを演じること

クレアは映画界ではほぼ無名だが、シェイクスピア劇を女性のみで演じた三部作など舞台女優としての才能を知るフィリダ・ロイド監督が逆にオファーする形となった。

結果的にはこれは大正解。サンドラのキャラを誰よりも熟知するクレア・ダンが自ら演じることは理に適っているし、気丈なシングルマザーの役も似合う。

彼女の特徴的な目の下の痣を、「これは神様がママを見分けるための目印」と子供たちに言い、終盤では自身を奮い立たせるアイテムの役目さえ与える。当の本人の脚本ならではの奇策だ。

(C)Element Pictures, Herself Film Productions, Fís Eireann/Screen Ireland, British Broadcasting Corporation, The British Film Institute 2020

緊急コードはブラック・ウィドウ

映画は冒頭、家の中で二人の娘モリー(モリー・マッキャン)エマ(ルビー・ローズ・オハラ)とはしゃいでシーア<シャンデリア>を唄って踊るサンドラ(クレア・ダン)

この楽しい母子のひと時が、ゲイリー(イアン・ロイド・アンダーソン)の帰宅で一変する。「子供たちは外に出ていなさい」と命じるゲイリーは、妻がクルマに隠していたカネをみつけて問い詰める。

DV夫は逃げようとする妻の行動に敏感だ。サンドラは激しい暴力に遭う。

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「エマ、<ブラック・ウィドウ>よ!」

母の一言で、娘は小さなおもちゃ箱を抱いて最寄りのストアに駆け込む。そこには、「警察に通報してほしい」と母のメッセージカードが入っている。

<ブラック・ウィドウ>は、彼女たちを勇気づける女性ヒーローの名からもらった、緊急事態発生の暗号。そしておもちゃ箱は緊急持ち出し袋

サンドラはどうにか難を逃れ、ゲイリーは定期的な娘との面会以外は、接近を禁止された。だが、まだ問題があった。

ホテルに仮住まいはさせてもらっているが、職場にも幼稚園にも遠くて、交通費もバカにならない。早く家を探したいが、公的支援は何百人の順番待ち。ダブリンの家賃も高騰中で手が出ない

掛け持ち仕事に忙殺されるサンドラの生活苦。まるで『家族を想うとき』ケン・ローチ監督の描く世界のようだ。

(C)Element Pictures, Herself Film Productions, Fís Eireann/Screen Ireland, British Broadcasting Corporation, The British Film Institute 2020

自分で建てればいいのよ

サンドラはキアラン・クロウリー(ショーン・ダガンネット)のネット動画に触発され、自分で家を建てることを思い立つ。

それが結構無茶な発想なのは、DIYショップの店員の反応からも窺い知れる。あれこれ素人質問をレジで投げかけるサンドラを列の後ろで待つ男性が怒りだすのかと思っていたら、「お前が不親切だ」と店員を叱ってくれる。この老いた土建屋エイド(コンリース・ヒル)が、文句を言いながらも彼女をサポートしてくれる。

(C)Element Pictures, Herself Film Productions, Fís Eireann/Screen Ireland, British Broadcasting Corporation, The British Film Institute 2020

家を建てるにしても、先立つ物は土地だ。ダブリンだって上物より底地のが高価なのだろう。だが、サンドラが清掃人として働く、要介護の雇い主ペギー(ハリエット・ウォルター)が、「うちの庭(広いのだ)を使いなさい」と言ってくれる。

この神経質で厳しそうな老女医は、絶対おっかない人物だと思っていた。何せ、『最後の決闘裁判』(リドリー・スコット監督)の主人公の母親役が不気味過ぎたから。

だが、今回は違った。このペギーやエイドの協力を得て、更には職場の同僚やママ友やなんやかんやで数名の男女ボランティアを集め、サンドラはいよいよ自宅の建設にのりだす。

なんか、『ONCEダブリンの街角で』(ジョン・カーニー監督)でも同じように感じたけれど、ダブリンの人々は善人揃いなのかな。

(C)Element Pictures, Herself Film Productions, Fís Eireann/Screen Ireland, British Broadcasting Corporation, The British Film Institute 2020

レビュー(ここからネタバレ)

ここからネタバレしている部分がありますので、未見の方はご留意願います。

親権をめぐる争いが始まる

母子三人で暮らす小さな家を、みんなの力を借りて、少しずつ組み立てていく。この作業工程は見ていて楽しい。

懐かしの名作、ハリソン・フォードの『刑事ジョン・ブック 目撃者』(ピーター・ウィアー監督)で、アーミッシュの人々がみんなで家を建てていたシーンを思い出した。

工程をSNSにアップしようとするエイミー(エリカ・ロー)を慌てて制止するサンドラ。ゲイリーに知られたら大変なことになる。

だが、このDV夫が、定期的な娘との面会だけで満足しているわけがない。それは分かっているのだけれど、どう見たって夫に非があるこの局面から、『マリッジ・ストーリー』(ノア・バームバック監督)のような親権争いに発展するとは思わなかった。

下の娘のモリーが、父との面会に行きたがらないことから、長女エマだけの面会となったことが何回も続く。これを履行義務違反だと、ゲイリーが親権を奪いに訴える

向こうは養育費の未納も指定日以外の接近もない。一方のサンドラは、家の建設工事で誤ってエマに傷を負わせたことや、市の施設入居申請書への不実記載などの材料を先方弁護士に引っ張り出され、不利な状況に追い込まれる。万事休すだ。

(C)Element Pictures, Herself Film Productions, Fís Eireann/Screen Ireland, British Broadcasting Corporation, The British Film Institute 2020

裁判の行方については、後半、サンドラが鬱積した怒りを爆発させる。もはや、「出会った頃のゲイリーが恋しい」と涙をみせた彼女ではない。

「私が法的義務を果たしていない理由を聞く前に、ゲイリーが私を殴った理由を聞きなさいよ!」

と裁判長にかみつく。

モリーは、父親が母親に暴力をふるう現場を、窓の外から見ていたのだ。だから、ゲイリーとの面会には、おしっこを漏らすほど怯えていた。全てをぶちまけて、サンドラは親権を守り抜く。

(C)Element Pictures, Herself Film Productions, Fís Eireann/Screen Ireland, British Broadcasting Corporation, The British Film Institute 2020

更に衝撃的な内容を含むネタバレ

そしてついに、家は完成する。素敵な家だ。みんなが集まって助け合う、アイルランド古来の<メハル>精神は健在。映画はここで終わっても良かった。いや、終わってほしかった。

完成を祝して、メンバーみんながペギーの家で歌って騒ぐなか、エマが駆け込んでくる。

「ブラック・ウィドウ!」

なぜ、ここでまた暗号? あわててみんなが駆け出ると、なんと出来たばかりの家が、炎上している。ゲイリーが黙って引き下がらないとは思ったが、よもや放火とは!

家は全焼だ。跡形もないほどに。金欠だから自分で建てた家に、火災保険をかけているはずもない。

映画はこのあと、ゲイリーの母親により、「息子が逮捕されたから、もうあなたたちは安全だわ。自由に生きてほしい」と告げられる。ゲイリーは、自分の父親が母親を虐待するのを見て、妻は殴るものと学んだのだ。

だが、そのゲイリーが逮捕されたからって、すっきり安心で終われるものでもない。

ラストに家を燃やすのは、安易なハッピーエンドよりはひねりが効いている。そうかもしれない。だが、ここまで試練を与えなくてもいいではないか。この喪失感・徒労感は、半端なく大きい。

実際に組み立てた映画の中のボランティアにとっては勿論、その工程をみてきた我々観客にとっても、大きい。『ミナリ』(リー・アイザック・チョン監督)で主人公一家の納屋が燃えてしまったのとは、比較にならないほどの絶望感だ。

ラストは焼け跡から新たな人生を歩みだそうとする母子三人。みんな逞しい。サンドラの女性ヒーローの血を受け継いでいるようで、少し救われる。