『家族を想うとき』 考察とネタバレ:働けど働けど なお我が暮らし楽にならざり じっとスマホを見る

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『家族を想うとき』
 Sorry We Missed You

ケン・ローチ監督が格差社会や貧困の現実を前に引退宣言を撤回。意気込みは伝わるが、あまりに重い。観終わった後に、絶望で席を立つ気力が残っていない。それだけこの社会問題に斬り込んでいるということなのだが。

公開:2020 年  時間:1時間41分  
製作国:イギリス

スタッフ
監督:           ケン・ローチ

キャスト
リッキー :  クリス・ヒッチェン
アビー :  デビー・ハニーウッド
セブ :        リス・ストーン
ライザ・ジェーン:
             ケイティ・プロクター
マロニー : ロス・ブリュースター

勝手に評点:3.0
(一見の価値はあり)

(C)Sixteen SWMY Limited, Why Not Productions, Les Films du Fleuve, British Broadcasting Corporation, France 2 Cinéma and The British Film Institute 2019

あらすじ

イギリス、ニューカッスルに住むターナー家の主人リッキー(クリス・ヒッチェン)はマイホーム購入の夢をかなえるために、フランチャイズの宅配ドライバーとして独立を決意する。

妻のアビー(デビー・ハニーウッド)はパートタイムの介護福祉士として1日中働いている。リッキーの配送事業の準備資金に車を売ったアビーは、介護先へバスで通うことになり、ますます家にいる時間がなくなっていく。

16歳の息子セブ(リス・ストーン)と12歳の娘のライザ・ジェーン(ケイティ・プロクター)とのコミュニケーションも、留守番電話のメッセージで一方的に語りかけるばかり。

家族を幸せにするはずの仕事が家族との時間を奪っていき、子供たちは寂しい想いを募らせてゆく。

レビュー(まずはネタバレなし)

あまりに重く、そして苦しい

ゼロ時間契約労働者の厳しい現状を描き、社会に問いかける。

前作で引退を宣言していたケン・ローチ監督が、格差社会や貧困の現実を目の当たりにし、前言を撤回し制作した作品。それだけの意気込みは伝わるが、あまりに重く、そして苦しい。

勿論、それは労働者階級の厳しい生活を撮り続ける監督の作風であり持ち味なのであるが、カンヌのパルム・ドールを獲得した『わたしは、ダニエル・ブレイク』だって、もう少し軽妙さがあったように記憶する。

観終わった後に、絶望で席を立つ気力が残っていない。言い換えれば、それだけ直球勝負でこの社会問題に斬り込んでいるということなのだが。

(C)Sixteen SWMY Limited, Why Not Productions, Les Films du Fleuve, British Broadcasting Corporation, France 2 Cinéma and The British Film Institute 2019

家族それぞれの悩み

フランチャイズの宅配ドライバー。「勝つのも負けるのもすべて自分次第。できるか?」と本部のパワハラ男マロニー(ロス・ブリュースター)にあおられたリッキーは、分刻みの配送ノルマに追われる過酷労働に足を踏み入れる。

自営といえば聞こえはいいが、本部の言いなりにならざるを得ないシステムで、全てはハンディ端末に管理され、配送中は尿瓶が手放せないブラックな労働環境

一方妻のアビーは、クルマを手放したしわ寄せでバスの移動時間が長くなるわ、介護先の老人の世話も大変だわで、こちらも負けずに過酷な状況。

マイホーム取得に向け夫婦で頑張るのはよいが、小さなトラブル一つで崩壊必至の脆弱さの中で家族が暮らしている。

おまけに反抗期真っ只中の息子セブは、仲間と壁をみつけてはグラフィティ作成に熱中しており、スプレー欲しさにジャケットを売ったり、万引きして逮捕されたりと、リッキーたちを悩ませる。

ケン・ローチ監督は前作でも壁に『わたしは、ダニエル・ブレイク』と名前を落書きさせていたわけだが、今回のセブの作品は一応アートであり、デザインも凝っている。

娘のライザ・ジェーンはそんな家庭環境でも明るく素直に育ってくれている。彼女が登場するシーンだけは、唯一ほっとできる瞬間だ。配達を手伝うシーンも心が温まる。

(C)Sixteen SWMY Limited, Why Not Productions, Les Films du Fleuve, British Broadcasting Corporation, France 2 Cinéma and The British Film Institute 2019

冒頭で苦しい映画と表現したが、このように瓦解寸前の不安のなかで暮らさざるを得ないという社会問題は、当然イギリス固有の話ではない

多少なりとも我が家にもあてはまると感じるひとも含めれば、日本でも相当数のひとが、この映画を他人事には思えないはずだ。私もそう感じた観客のひとりであり、だからこそ苦しい。

ケン・ローチ監督が引退を撤回するだけの強いメッセージはビリビリと伝わったが、これを気軽にオススメして相手を重たい気持ちにさせるのも、やや気が引ける。

レビュー(ここからネタバレ)

家族が想う、家族を想う

原題『Sorry We Missed You』とは一家の誰かがいなくなる話かと思ったが、宅配で使う不在通知の冒頭に記載される定型文のようだ。直訳では馴染まないので、邦題はよく考えられている。

「大事なことをいうぞ。君には仕事を放り出して駆けつけてくれるお父さんや、想ってくれる家族がいるんだ

セブが万引きで逮捕されたときに、道徳心のある警官が彼に説く台詞だ。ここからとった邦題だろう。

思えば、この家族崩壊の危機の火種はつねにセブである。暴力沙汰で停学処分になって両親が呼び出されたり、万引きで警察から身柄を引き取りに来いと言われたり。

その都度、リッキーは仕事の穴をあける羽目になる。更には、セブにはスマホ没収の腹いせに、壁の家族写真にはスプレー、宅配用バンにも落書きでキーも隠され、リッキーは仕事にいけない。

おまけに、反抗期とはいえ、あの父親への憎まれ口と不遜な態度だ。父親が殴りたくなるのも無理はない。というか、私がリッキーでも殴っているな、絶対。

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だが、さすが介護士の懐の深さか慈愛の大きさか、優しい母アビーはリッキーをたしなめるのだ。父親としては立場がないが、実際、彼女が正しかったことが後でわかる。

まあ、思春期の息子とは、そんなものかもしれない。生意気で軽率でも、父親を心底憎んでいるわけではない。ちょっとしたことで離反するが、またすぐに戻ってくる。

リッキーとセブの仲も、ケンカのあとでインド料理の一家団欒があったり、リッキーが大けがしたあとの、フォローがあったり。

リッキーが暴漢に襲われたのは、裏でセブが手を回したのかと疑ったが、さすがに違っていて安心した

この一家は崩壊の危機にあったように見えたが、実はみんなが想い合っている温かい家族なのである。

(C)Sixteen SWMY Limited, Why Not Productions, Les Films du Fleuve, British Broadcasting Corporation, France 2 Cinéma and The British Film Institute 2019

家族の絆は宅配バンを止められるか

家族のためのマイホーム取得を目指した結果が、一家団欒の時間も持てずみんなの心が離れていくのであれば、本末転倒であり、やはりどこか構造に破綻がある。

一生賃貸じゃダメなのかという気もするが、そこはイギリス固有の事情もあるのかもしれない。でも、ラストのリッキーの暴走宅配バンは、家族のチカラで停めてあげたかった。事故らなければいいのだが。

分刻みで毎日100個以上配達しなければならず、何かあるたびにすぐ罰金で赤字になる宅配ドライバーに、移動時間ばかりかかり残業ゼロで酷使される介護士。

労働者階級はひたすら激務だけで報われず、雇い主だけが利する仕組みが横行している

それは、イギリスに限った話ではない。映画によってそれを訴え、何かを変えたい。ケン・ローチの気魄のこもったメッセージを、不在通知にしてはいけないということか。