『ボクたちはみんな大人になれなかった』
燃え殻の人気原作を森山未來と伊藤沙莉で映画化。過去を遡って見せる渋谷の街とサブカルネタ。ノスタルジーに浸れるかは年齢次第か。
公開:2021 年 時間:124分
製作国:日本
スタッフ 監督: 森義仁 脚本: 高田亮 原作: 燃え殻 『ボクたちはみんな大人になれなかった』 キャスト 佐藤誠: 森山未來 加藤かおり: 伊藤沙莉 関口健太: 東出昌大 スー: SUMIRE 七瀬俊彦: 篠原篤 佐内慶一郎: 平岳大 いわい彩花: 片山萌美 恩田隆行: 高嶋政伸 大黒光夫: ラサール石井 石田恵: 大島優子 三好英明: 萩原聖人
勝手に評点:
(一見の価値はあり)
コンテンツ
あらすじ
1995年、ボクは彼女と出会い、生まれて初めて頑張りたいと思った。「君は大丈夫だよ。おもしろいもん」。初めて出来た彼女の言葉に支えられ、がむしゃらに働いた日々。
1999年、ノストラダムスの大予言に反して地球は滅亡せず、唯一の心の支えだった彼女はさよならも言わずに去っていった。
志した小説家にはなれず、ズルズルとテレビ業界の片隅で働き続けたボクにも、時間だけは等しく過ぎて行った。そして2020年。社会と折り合いをつけながら生きてきた46歳のボクは、いくつかのほろ苦い再会をきっかけに、二度と戻らない“あの頃”を思い出す。
レビュー(まずはネタバレなし)
渋谷の思い出から、時代を遡っていく
燃え殻の同名原作はずっと読もうと思っていたのに、先にNETFLIXが映画を配信してしまった。悔しいので、読書は後回しでまず観賞。
1999年の最後の日、「今度CD持ってくるね」といって、渋谷は円山町の坂道で別れたまま、一度も会っていない彼女。あれから20年が経過し、主人公のボクは46歳。
◇
冒頭にTOKYO2020の新宿の夜から始まり、気がつけば渋谷の廃墟と化した馴染みのラブホテル。ひとり夜道に佇み円山町の坂道を見上げる森山未來。その風景が、20年前の彼女と別れた記憶をよみがえらせる。
あとはひたすらタイムスリップ。2020年から、大きなイベントとともに何年かずつ過去を遡っていき、あの頃の彼女と出会い、そして別れるまでを描く。(余談だが、東京タワーのライトアップが突如消えてしまったのも、過去に戻ったのかと思った)
モテキか、全裸監督か
特徴的なのは、2000年代から1990年代までの渋谷界隈を中心としたサブカルチャーネタの大量投入と、それをしっかりと風景に採り入れた映像の美しさ。
ファッションから音楽、映画、雑誌、若者のライフスタイルに影響を与えたサブカルネタをこれでもかと注ぎこむ手法は『花束みたいな恋をした』? というより、やはり森山未来だけに『モテキ』に近いか。
◇
一方、円山町のほかシネマライズ渋谷やタワレコ、ラフォーレ原宿など、時代を遡って当時の風景を次々と登場させてくるのは感動もの。どうやって撮っているのか興味深いところだ。
こういうのは、『全裸監督』以来、NETFLIXの得意技になっている。伊藤沙莉が渋谷にいると、村西監督の山田孝之が出てきそうで混乱する。
原作者の燃え殻、或いは主人公の佐藤に近い世代の人には、あれこれと当時の記憶がよみがえりノスタルジーに浸ること請け合いだろう。
私はもう少し上の世代ではあるが、オザケン以外のネタはほぼストライクゾーン。スマホから遡っていき、ガラケー、ポケベル、公衆電話、ついでにMDウォークマン。みんな通ってきた道のりだ。
でも、若い世代はこの映画をみて、懐かしむ代わりに何を感じるのだろう。
時代を遡って見せることの意味
森義仁は本作が監督デビュー作、テレビドラマでは徳永エリ主演で『恋のツキ』を撮っている。ドラマでもタッグを組んだ高田亮が本作の脚本も担当。原作未読なので、どのくらいアレンジが加わっているのかはよく分からない。
少しずつ時代を遡っていくスタイルは、原作由来なのだろうか。人が思い出を振り返るとき、このように小刻みに過去を思い出して、ようやくスタートラインにたどり着くものだろうか。
私だったら、ダイレクトに出会いの場面がフラッシュバックしてしまうだろう。こんな凝った思い出し方はしない。
ただ、本作では、FBの友だち候補に出てきた昔の彼女の書き込みで、知らない男と結婚して子供がいることを知り、さらに数年前に遡って、文庫本に挟んだ彼女の絵葉書を見つけ、と言う風に、少しずつ彼女の痕跡をみつけては時空を戻っていく。
映画としては、この時系列の逆行が効果的だ。ノーラン監督の『メメント』のように、遡ることに必然性は薄いが、別れた彼女や勤務先の社長や同僚の、今の姿を見せてから当初の出会いに立ち戻ることは面白い。
それにサブカルネタや街の風景だって、最初にいちばん古いお宝を見せてしまえば、のちの感動は薄まる。切り札は温存しなければ。
森山未來と伊藤沙莉
主人公の佐藤を演じた森山未來は、エキセントリックな役柄や、『モテキ』のような非モテ男子は多いが、本作のような普通の男を演じることは珍しい気がした。なかなかよい。
同じNETFLIXの『アイリッシュマン』のデ・ニーロほど顕著ではないが、若返りの特撮効果もしっかりとみられ、20年の時の経過が自然と伝わってきた。
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また、アルバム名に因んで、自らを<犬キャラ>と名乗る熱狂的な小沢健二ファンのかおり役の伊藤沙莉が素晴らしい。
今回は、彼女の魅力である地声の毒舌は相当控え目で、女子力大幅アップのヒロイン。喘ぎ声まで事前に練習したという体当たり演技もあり、本作は彼女の魅力が十二分に引き出されていて、これは大満足。
文通していた二人が六本木WAVEの手提げ袋を目印にラフォーレ前で待ち合わせするシーンは、何とも甘酸っぱい。
レビュー(ここからネタバレ)
ここからネタバレしている部分がありますので、未見の方はご留意願います。
その他キャスティングの妙
佐藤が仕事に忙殺されている勤務先のテロップ制作会社の同僚・関口(東出昌大)、その前にバイトしていた工場の同僚でゲイの七瀬(篠原篤)とのつきあいの描き方もよい。それぞれ相手との距離は遠ざかってしまうが、そこにリアリティを感じる。
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一方で、この20年間で佐藤が関係をもった、かおる以外の女性たち。登場順でいうと、売れないタレントの卵の彩花(片山萌美)、婚約しかけたが仕事の忙しさで別れた恵(大島優子)、身体を売って生計をたてるバイリンガルのスー(SUMIRE)。
彼女たちのドラマへの絡み方はあまり深くなく、みんな行きずりの女のようになってしまっているのが、少々勿体ないように感じた。まあ、全員としっかり恋愛を描いてしまったら、メインのかおりとの仲が目立たなくなってしまうということか。
今の時代はなんと特殊なのか
東日本大震災からY2K(西暦2000年のシステムトラブルは世界的な脅威になると騒がれ、翻弄されたのです)、そしてノストラダムスの大予言。
こうした大災害や社会現象を伝えるなかに、学園祭前夜がずっと続く『ビューティフルドリーマー』最高だとか、「だっちゅーの!」だとか、「アドべのフォトショって何だよ」だとか、小ネタが挟まる面白さ。
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そして、映画は振出しの、2020年の新宿に戻る。そこには20時以降酒は出せないのだと店から退出を促される佐藤。そして、別の店には、マスクをせずに店から追い出される七瀬。
久しぶりに再会した二人が歩く夜の伊勢丹前の通りにさえ、戒厳令下のように歩行者もクルマもいない。こんな光景が、コロナ禍ではろくに人払いもせずに撮れてしまったのだろうか。
我々はいま、20年の歳月を振り返って、なんと特殊な時代に身を置いているのだろう。
キミは大丈夫だよ、面白いもん
わけも分からず世間の勢いに乗って、寝食を忘れて仕事に没頭した若い頃の日々。佐藤とかおりの別れにも、特別なドラマがあった訳ではない。どこにでも転がっている出会いと別れだ。
だが、それだからこそ、多くの人びとが、自分の思い出と重なる部分を見出すのだろう。
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「キミは大丈夫だよ、面白いもん」
かおりの何気ない一言。言った本人でさえ忘れているであろう他愛もない言葉が、佐藤にはその後の執筆活動の支えになる。これも、自分に置き換えて共感できる人は少なくないだろう。
つまらない大人にはなりたくない。そう思って片意地を張って半生を過ごしてきたが、みんな大人になれなかったのだ、今になってそう気づかされた。
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追記:原作も読んでみた。映画よりも小ネタがディープなのは好みだが、全体の流れはむしろ映画の方がわかりやすく、懐かしい映像がグイッと過去に引き込む本作のほうが私には刺さった。紙媒体ではなくて、Webで読んだら、また違う印象なのかもしれないけど。