『ノマドランド』
Nomadland
車上生活者は決して貧しい訳ではない。彼らを駆り立てる開拓者精神があるのだ。主演のフランシス・マクドーマンド以外はほぼ本物のノマドたちを起用。中国系クロエ・ジャオ監督が描くアメリカの姿。受賞結果によらず、これは観るべき作品。
公開:2021 年 時間:108分
製作国:アメリカ
スタッフ 監督: クロエ・ジャオ 原作: ジェシカ・ブルーダー 『ノマド: 漂流する高齢労働者たち』 キャスト ファーン:フランシス・マクドーマンド デヴィッド:デヴィッド・ストラザーン リンダ: リンダ・メイ スワンキー:シャーリーン・スワンキー ボブ: ボブ・ウェルズ
勝手に評点:
(オススメ!)
コンテンツ
あらすじ
ネバダ州の企業城下町で暮らす60代の女性ファーンは、リーマンショックによる企業倒産の影響で、長年住み慣れた家を失ってしまう。
キャンピング・カーに全てを詰め込んだ彼女は、“現代のノマド(遊牧民)”として、過酷な季節労働の現場を渡り歩きながら車上生活を送ることに。
毎日を懸命に乗り越えながら、行く先々で出会うノマドたちと心の交流を重ね、誇りを持って自由を生きる彼女の旅は続いていく。
レビュー(まずはネタバレなし)
大きなドラマはなくても大自然がある
クロエ・ジャオ監督の才能に圧倒される。
中国系である彼女や、『ミナリ』の監督である韓国系のリー・アイザック・チョンが、ハリウッドで高品質の作品を撮り、それがアカデミー賞を競い合うようになってきたのは、時代の変化を感じさせる。
そこに日本人監督の名前が、なかなか登場しないのは少し寂しいが。
◇
本作には何か大きなドラマがある訳ではない。なのに、作品全体からありありと伝わってくる、アメリカ大陸の壮大さ、自然の厳しさ、人々の生きる力のたくましさ。
溢れるリアリティは、ほとんど俳優ではない本物のノマドたちを使って撮っているのだから、ある意味当然のように思えるが、本物を使ってここまでの<ドキュメンタリーではない>作品を作ることは、容易ではないはずだ。
『ザ・ライダー』に原点がある
プロデューサーでもある主演のフランシス・マクドーマンドは、原作の映画化権を得て、『ザ・ライダー』で注目されていたクロエ・ジャオ監督に声をかける。
◇
『ザ・ライダー』はロデオで落馬して頭部に致命的なケガを負った地元のヒーローを描いた作品だ。実話に触発された作品、というか当の本人や自閉症の妹、そして全身不随となったロデオ仲間など、出演者全員が本物なのだ。
ある意味、『ノマドランド』以上に徹底している。そして壮大な平原に馬のシルエットを映し出す美しいカットなど、本作でも採り入れられた多くのクロエ・ジャオ監督らしいエッセンス。この作品で、すでにスタイルは確立されている。
フランシス・マクドーマンドが、彼女に白羽の矢を立てたのも納得である。
ノマドとしての矜持
そこにはありのままのフランシス・マクドーマンドがいる。代表作の『ファーゴ』や『スリー・ビルボード』はじめ、彼女の役は自然体なものが多いように思うが、本作は本人自身と思えてしまうほどだ。
実際、かねてより本作で演じたファーンという名に変え、キャンピング・カーで生活し、あちこちアメリカ大陸を移動する生活をしたいと考えていたそうだから、あながち的外れな感想ではないのかもしれない。
髪をショートにし化粧っ気もない彼女が、だんだん『ミシシッピー・バーニング』で共演していたウィレム・デフォーに見えてきた。
◇
さて、原作にある<漂流する高齢労働者>という言葉のイメージや、リーマンショックによる企業破綻でネバダ州のエンパイアという町が、根こそぎ崩壊し郵便番号まで無くなるという冒頭の説明。
これらが『ヒルビリー・エレジー』のようなホワイト・プア層の話を想起させたが、内容はまるで違った。
ファーンは自分を、<ホームレス>ではなく<ハウスレス>なだけだ、と思っている。ノマドは車上生活者だが、決して貧しいわけではないのだ。
実際、amazonの季節労働者やダイナーのキッチンをはじめ、各地で仕事も続けている。自由気ままに生きることに、重きを置いているのである。
◇
ノマド同士で集まりもするが、けして群れようとはしない。軽くくっついては、またそれぞれのクルマで各地に散っていく。この適度な距離感を、大切にしている。以前に読んだソローの『ウォールデン 森の生活』を思い出す。
確かに、自然環境は厳しそうだが、それでもノマドたちに悲壮感はない。それが、ホワイト・プアとは大きく異なる点だった。
レビュー(ここからネタバレ)
ここからネタバレする部分が多少ありますので、未見の方はご留意願います。
とはいえネタバレというほどの物語はない
本作で味わうべきなのは、ノマドライフの持つ苦労と、その結果得られる解放感や幸福感なのだ。実際、鑑賞中に自分の肩の上の重圧も、少し軽くなったように感じた。
ファーンのノマドライフの中で、あちこちで多種多様な仕事につき、いろいろな人と出会い、いつかまた会おうと別れていく。仕事のたびにユニフォームが変わる彼女を見ていると、まるで大人のキッザニアのようだ。
◇
キャンピング・カーの中はせまいながらも工夫がこらされ、気が向けば大自然の中でコーヒーブレイクもとれる。
地平線を見渡す薄暮の風景や巨大な恐竜の彫像など、大陸を感じさせるクロエ・ジャオ監督お得意のショットは随所に出てくるが、どれも短い。
普通の監督なら長く使いたいと思ってしまうであろう美しい遠景でも、チラ見せしかしないのが憎い演出である。
屋根付きの家には住まない
大事なキャンピング・カーの修理が必要になり、夫が不動産業を勤める姉の家を訪ねると、同居するように誘われる。
或いはノマドとして知り合ったデヴィッド(デヴィッド・ストラザーン)に、我が家で孫たちと一緒に暮らさないかとも誘われる。
ファーンには屋根付きの家に住む選択権が何度か与えられるのだが、全く悩む様子はない。彼女を定義し夢中にさせているのは、ノマドというアメリカ開拓者のスピリットなのである。なにせ、ファーンという名は、ヴァンガードに由来しているのだから。
◇
ノマドには高齢者も多く、路上で亡くなる者もいる。また、集会の主催者は数年前に息子に先立たれている。ファーンも夫を病気で亡くした。
ノマドたちの別れの挨拶は、Good byeではなくSee you down the road。それは、こうして移動しながら暮らしていれば、いつかまた、必ず会えるものだから。
ファーンもいつか夫と再会できる日を夢見て、夫と暮した今はなき町を遠巻きにしながら、ノマド生活をしているのかもしれない。
米国人的精神とウォン・カーウァイ
『ザ・ライダー』ではロデオを愛するカウボーイ・スピリット、そして『ノマドランド』ではフロンティア・スピリット。
脈々と受け継がれてきた米国人の精神的な拠り所を、中国人であるクロエ・ジャオ監督が描き続けるのも興味深いところだ。
◇
彼女は、撮影や編集の前後によくウォン・カーウァイ監督の『ブエノスアイレス』を観るそうだ。余程好きなのだろう。確かに、同作へのオマージュのようなシーンが本編に散見される。
例えば、同作でトニー・レオンが働いている大きな料理屋の厨房。人気のない広い厨房で勝手に料理を作ったり、せっせと機器の清掃をしているシーンは、本作で主人公が厨房で季節労働しているシーンと重なる。
更には、チャン・チェンが金をためてはるばる地の果てまで行き、写真を撮るシーンなども、本作の辺境の地でツバメの写真を撮るシーンに重なる。
生きている限り、会いたい人とは会えるのだというメッセージさえ、両作品には共通するように思う。
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クロエ・ジャオ監督の待機作は、なんとマーベルのMCU作品『エターナルズ』、これまでの監督作とは全く毛色の違う作品のようだ。
さすがに今度は、全員俳優なしで本物を使うわけにはいかない。どんな仕上がりか見当もつかないが、楽しみに待ちたい。