『花束みたいな恋をした』
そこらのラブストーリーとは純度が違う坂元裕二初の恋愛映画は自然派志向。有村架純と菅田将暉に見惚れる。
公開:2021 年 時間:124分
製作国:日本
スタッフ
監督: 土井裕泰
脚本: 坂元裕二
キャスト
山音麦: 菅田将暉
八谷絹: 有村架純
加持航平:オダギリジョー
羽田凜: 清原果耶
水埜亘: 細田佳央太
勝手に評点:
(オススメ!)コンテンツ
あらすじ (公式サイトより引用)
東京・京王線の明大前駅で終電を逃したことから偶然に出会った 山音麦(菅田将暉)と 八谷絹 (有村架純)。
好きな音楽や映画が嘘みたいに一緒で、あっという間に恋に落ちた麦と絹は、大学を卒業してフリーターをしながら同棲を始める。
近所にお気に入りのパン屋を見つけて、拾った猫に二人で名前をつけて、渋谷パルコが閉店しても、スマスマが最終回を迎えても、日々の現状維持を目標に二人は就職活動を続けるが。
レビュー(まずはネタバレなし)
最高純度で味わう坂元裕二脚本
坂元裕二のオリジナル脚本では、おそらく初めての恋愛映画。
主演は、『何者』でも共演した菅田将暉と有村架純。監督は『罪の声』の土井裕泰、あの傑作ドラマ『カルテット』でも坂元とタッグを組んでいる。これは、期待が高まる。
◇
「最高純度のラブストーリー」のキャッチコピーが付く本作は、イマドキの恋愛映画とはどこか違う。ドラマチックなハプニングも浮気沙汰もない、不治の難病も患わない。平板といえば、そうかもしれない。
二人の会話もそうだ。大事なことも気の利いたことも、あえて言葉にしない。
会話のほとんどが、サブカルや固有名詞こみの、あるあるネタで占められる。でも、現実社会の会話ってそういうものだ。だからこそ、親近感がある。
◇
有村架純が舞台挨拶で、初稿は3時間分くらいあったけれど、すっと読める脚本だったといったのも肯ける。会話も物語の展開も、とてもナチュラルだから。それゆえに、心にしみてくる。
劇中、絹ちゃんはらーめんブログを書きこんでいたが、本作はガツンと家系ではなくあっさり自然派志向なのである。
いつ恋からはな恋へ
麦と絹の二人は、京王線の終電に乗り遅れて偶然一緒になり、互いの共通項が増えていくうちに意気投合し、互いに惹かれ合っていく。
◇
有村架純が演じる八谷絹は、同じく坂元作品『いつかこの恋を思い出してきっと泣いてしまう』で彼女が演じた杉原音とどうしても重なる。
音ちゃんは朝ドラ『ひよっこ』のみねこと並ぶ、彼女の代名詞のような役だから、今回はそれを上書きする挑戦になるのかもしれない。
勿論キャラクターは違うが、本作で二人が共通点をみつけるたびに、『いつ恋』で音と練(高良健吾)が偶然撮っていた同じ写真(舗道の割れ目から咲いた花)の話を思い出した。
そういえば、ファミレスで楽しそうにメニューを選ぶのも、『いつ恋』と重なる。
◇
山音麦を演じた菅田将暉は、どんな役でも器用にこなす、この世代ではずば抜けた演技力の俳優だと思うが、逆に今回のように恋に舞い上がる普通の若者を演じることは珍しい。
坂元作品では、『問題のあるレストラン』のシェフ見習いのチャラい役で参加しているが、本作ほどの見せ場はない。
イラストレーターの夢を追う男だった麦が一念発起して就職すると、仕事の責任感からか、次第に顔つきも言動も変化していく。
◇
ちなみに、有村架純は『ビリギャル』、菅田将暉は『麒麟の翼』で、それぞれ土井裕泰監督の作品に出演している。
サブカルとあるあるネタの奥にある本題
渋谷パルコ閉店からSMAP解散、天竺鼠のルミネライブ、ミイラ展、今村夏子、牯嶺街、押井守、BAYCAMPにガスタンクと、多種多様なサブカルネタ、あるあるネタに心の中で共感するのもいい。
好きな言葉はという質問に、絹が「替え玉無料です」、麦が「バールのようなものです」という絶妙のバカバカしさが好き。京王線沿線に暮らす人には、より一層リアルに伝わる小ネタも多いのだろう。
◇
この引き出しの数と深さは『モテキ』のようだ。おっさんには分からず、ついていけないネタも多い。
ただ、これらの話題の奥にある、自分しか分からないと思っていたものが共感できる喜び、似ている価値観の発見、会えない時に相手を想う時間の愛おしさ。これが製作者の伝えたいものなのだ、きっと。
誰もが、こういう幸福なひとときに覚えがあるか、或いはこれから巡り合いたいと思っているだろう。だから、この作品は心に響く。
コロナ禍で、こういうマスクのない、恋人同士の日常をスクリーンでみるとほっとする。
坂元裕二は『最高の離婚』の中で、東日本大震災の影響で徒歩で会社から帰る二人の出会いを描いている。それは生々しい記憶だが、一人で生きることの不安や寂しさを伝える、効果的な設定となっていた。
ただ、まだ先の見えないコロナの日常を、リアルにドラマに取り込んでほしくはない。スクリーンの上では、坂元裕二の描く夢を見ていたい。
本作をカップルシートで観て、そのあと二人でカラオケ屋っぽく見えるカラオケ屋に行って歌いまくる。そんな当たり前のことが気楽にできる日常が、待ち遠しい。
レビュー(ここからネタバレ)
ここから、ネタバレしている部分があるので、未見の方はご留意願います。
麦の目標は、絹ちゃんとの現状維持!
さて、幸せいっぱいで同棲生活を始めた麦と絹。好きなものに囲まれ、夢を追いかける暮らしに満足はしていたが、就職し社会に出て生き方を改めるようになるのは、麦の方だ。
行きつけのファミレスのウェイトレスが、Awesome City Clubのボーカルとしてデビューし、メジャーになっていく(本人出演)。
だが、イラストレーターとしての単価交渉もいらすと屋相手では勝ち目がなく、麦は生計や結婚というものを、きちんと考え始める。
◇
「僕の人生の目標は絹ちゃんとの現状維持です!」
と新居のベランダで川を見下ろしながら宣言する麦。今の幸福感をキープしたい本心だと思うが、現状維持とは、志が低いと思えなくもない。
絹の反応は優しかったが、実際のところどう感じたのだろうか。
ただ、どんなに愛し合っている二人にも、幸福な日々は続かない。倦怠期はいつか必ず訪れる。場合によれば破局だってある。
きっかけは、ちょっとした会話のすれ違いだったか、老夫婦の営む焼きそばパンの店の閉店だったか。とにもかくにも、二人の間には、亀裂が入る。
絹との生活のために仕事にうちこむ中で、麦は、あんなに大好きで絹と語り合った本にもマンガにも、もはやのめり込めない自分に気づく。
◇
絹の転職先のイベント会社。社長のオダギリジョーは恋愛のコジラセ担当で手の早い男かと思ったが、そんな単純な展開ではなく、麦と音の関係はもっと純度が高く、そして繊細だった。いや、でも麦のあの酔い方は、デートドラッグを盛られたのか?
思えば、<絹ちゃんとの現状維持>という麦の目標は、なんとチャレンジングなものだったのだろう。
2020年までの5年間の愛の軌跡
観ているときにはつい忘れていたが、本作の冒頭は2020年のカフェのシーンから始まる。
ヘッドフォンのLRを分けあって二人で聴いている、見知らぬ若い二人に対して
「君たち、それでは、もはや一つの音楽ではないし、LとRで別なものを聴いていることを分かっている?」
そう教えてあげたいという、同じ気持ちで席を立ち上がるのが、それぞれ別のテーブルで恋人と座っていた、麦と絹なのだ。
◇
ドラマはそこから5年遡って出会いに戻る。つまり、冒頭で二人が語ろうとしているLRのウンチクだけは、他のネタと違い、偶然の共通項ではないのだ。
だって、以前にファミレスで告白直前に、隣の席の録音エンジニアらしき男に、二人して長々と教えられたことなのだから。
似た者同士の二人は、離れてしまっても同じように反応し、同じように手を振るのだな。別れた二人を冒頭で見せられているのに、私は二人が復縁するものと信じていた。
あんなに心が通じ合っていた二人でも、終わるときは終わるものなのだ。それは分かる。だが、二人がそれぞれに選んだ次の恋人は、とてもお似合いの相手には見えなかったよ。
タイトルは、過去形の恋なのか
『いつかこの恋を思い出してきっと泣いてしまう』は過去形の恋と分かる題名だが、『花束みたいな恋をした』は、過去形なのか完了形なのか微妙だ。だが、よく考えれば冒頭で気づけたのかもしれない。
花束はどういう意味なのだろう。心が躍る華やかなものということか、きらびやかだが短命ということか。
◇
友人の結婚披露宴に参加したとき、今日で自分たちは別れようと、二人はそれぞれ決心していた。けれど、観覧車に乗り、最後に二人で入ったファミレスで、何と麦は絹にプロポーズする。
この心変わりはどういうことだろう。二人の先は読めるのに、心の内面は読めない。
二人がいつも座っていた席には初々しい二人(清原果耶と細田佳央太)が座り、出会った頃の絹と麦と同じような会話で運命を感じ合っている。幸福に満ちた5年間が、二人の胸にフラッシュバックする。
結婚すると別れるは、対局ではなく、ほんの紙一重の違いなのだろうな。麦は何かを感じ取り、一緒にいたいと心変わりした。絹には、それでも覆せない何かがあった。
ウェットではなく、前を向いて生きていく二人の姿に、犬童一心の『ジョゼと虎と魚たち』のラストを思い出した。「実写の方かよ」と麦に突っ込まれるかもしれないけど。