『長いお別れ』考察とネタバレ!あらすじ・評価・感想・解説・レビュー | シネフィリー

『長いお別れ』考察とネタバレ|少しずつ忘れていくのも、少し死ぬこと

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『長いお別れ』 

だいじょうぶ。忘れることは悲しいだけじゃない。

公開:2019 年  時間:127分  
製作国:日本
  

スタッフ 
監督:   中野量太
原作:   中島京子『長いお別れ』

キャスト
東昇平:  山﨑努
東曜子:  松原智恵子
東芙美:  蒼井優
今村麻里:竹内結子
今村崇:  杉田雷麟/蒲田優惟人
今村新:  北村有起哉

勝手に評点:3.5
(一見の価値はあり)

(C)2019「長いお別れ」製作委員会 (C)中島京子/文藝春秋

ポイント

  • 厳格な教育者だった父の認知症で、妻と娘たちは再び結束する。全編通じた温かいユーモア精神が沁みる。つらくても明るい中野監督らしさが詰まった作品は、新たな認知症映画のスタンダードだ。強面の山崎努がいい。

あらすじ

父の70歳の誕生日。久しぶりに帰省した娘たちに母から告げられたのは、厳格な父が認知症になったという事実だった。

それぞれの人生の岐路に立たされている姉妹は、思いもよらない出来事の連続に驚きながらも、変わらない父の愛情に気付き前に進んでいく。

ゆっくり記憶を失っていく父との7年間の末に、家族が選んだ新しい未来とは――。

レビュー(まずはネタバレなし)

長きにわたる家族との別れ

ロング・グッドバイといっても、チャンドラーのハードボイルドとは関係がなく長期間にわたって認知症が進むにつれ、家族を忘れていくという意味のタイトルだ。

父の認知症をきっかけに、自分自身の人生と向き合う事になる家族の7年間を、あたたかな眼差しをもって優しさとユーモアたっぷりに描いた作品は、けして重く暗い話でないところが救われる。

『湯を沸かすほどの熱い愛』中野量太監督初の原作ものなのだが、実は中島京子の原作を読んでから、鑑賞を一旦見合わせた経緯がある。原作自体は楽しく読んだのだが、ちょっと映画化には不向きかなと感じたためだ。

だが、最近観た中野監督『浅田家!』の出来が良かったので、やはり本作も観てみたくなった次第。

結果からいえば、本作も良かった。中野監督は、原作のアレンジが見事だと思う。

実は私が映画化で不安視していたのは、この東家の娘や孫たちの人数が多すぎてワチャワチャしすぎなことだったが、監督は娘を二人、孫を一人に絞り込んだ。これで家族にまとまり感が出た。

そして、原作でも冒頭に出てきた遊園地シーンは心温まるエピソードだが、映画ではこれを最大限効果的に活用していた。

(C)2019「長いお別れ」製作委員会 (C)中島京子/文藝春秋

息の合った家族のキャスティング

認知症の父・昇平山﨑努を持ってきたところは監督の慧眼だ。厳しい表情で黙りこまれると、元校長先生というのも納得であり、次第に症状が進んでいく様子も、さすが名優の演技。

ほとんど笑わない父親だからこそ、ここぞという場面での破顔一笑が、生きてくる。本人は真剣だからこそ、取れる笑いがある。友人の通夜の場面がその好例。

また、結構はっきり映していた下の世話のシーンには驚いたが、ああいうカットもないと、介護の苦労が伝わらないということか。

妻・曜子松原智恵子は、ちょっと意外なキャスティングに思えたけれど、こちらもとても良かった。育ちの良さやおっとりとした部分を持ちながらも、夫への愛情を強く感じさせる可愛い女性。

優しい母だが、時には厳しく、一家を支える。網膜剥離の手術後にずっと下を向きながら、歩いたり怒ったりする様子も、彼女が演じるから面白い

夫にGPS携帯を持たせるときに、「お父さんも、男として居場所を知られたくない時があるのでは」と気遣うところが微笑ましい。

次女の芙美(蒼井優)は、惣菜店で働きながら、キッチンカーで仕事を始める。父の期待に沿えず教職にはつかなかったが、認知症の父には仕事を褒められる。

頭がよく校長先生もやった父を誇りに思い、慕う娘の心情が泣かせる。『スパイの妻』ではすっかり妻だったが、本作では完全に娘である。さすが、蒼井優

中野監督『浅田家!』妻夫木聡の演技は山田洋次ドラマを思わせたが、同じ『家族はつらいよ』ファミリーでも、彼女からそういう雰囲気は感じなかった。演じ分けているのだろう。

長女の麻里(竹内結子)は、夫や息子とカリフォルニアに暮らしていることもあり、頻繁に帰国はするが、映画の中ではどうしても隔たりがあった。

ただ、米国でも疎外感を感じており、スカイプで無言の父と語らい、「父さんと母さんみたいになりたかった!」というシーンはグッとくる。彼女が思い悩むシーンを今観るのはつらいが、最後には笑顔も見られホッとする。

レビュー(ここからネタバレ)

恍惚の人を看取る家族のつらさと寂しさ

堅物で厳格な教育者として人生を歩んできた昇平が、症状が進行するにつれ、得意だった漢字もかけなくなり、いろいろなことが困難になっていく。

大事な娘たちのことや愛する妻のことも、どこまで認識できているのか。

古くは認知症という概念のなかった『恍惚の人』から、若年性の存在を知った『明日の記憶』、洋画なら『アリスのままで』など、この身近にある病気を描いた名作は多い。

忘れていくことを避けられない本人もつらいが、忘れられてしまう家族は一層つらく寂しい。若い頃に戻ってしまい、妻を実家の両親に紹介しようとする昇平が愛おしい。

『チチを撮りに』から『浅田家!』まで、中野量太の映画の多くは、厳しい状況ながらも湯を沸かすほどの愛のある家族の物語だ。

生ぬるい話はないが、救われない話もないところが良い。

(C)2019「長いお別れ」製作委員会 (C)中島京子/文藝春秋

中野組常連メンバーの活躍もいい

『浅田家!』でインパクトのあった北村有起哉池谷のぶえは、本作ではわりとおとなしめな役で登場する。

そして、同作でも気迫あふれる演技を見せた子役・後藤由依良は、本作でも冒頭の遊園地シーンで存在感を示す(ついでに遊園地の従業員は藤原季節!)

昇平の持っていた3本の傘と、メリーゴーランドでの満面の笑みは、映画ならではの見せ場だ。

配役といえば、芙美といい雰囲気になりかけた同級生の道彦(中村倫也)が、結婚話には発展しなかったので、出番が少なかったのはちょっと残念。

(C)2019「長いお別れ」製作委員会 (C)中島京子/文藝春秋

無理があった点も少々

フラれた芙美が、「つながらないって切ないね」と泣くと、「そうくりまるなよ。そういうときはゆーっとするんだ」と父が言う。

この、日本語を超越した父娘の愛ある会話は、さすがに、小説のように字を見せないと、理解不能。というより、<聞き取れてない!>と誤解してしまう。

無理があったという点では、麻里の家族の西海岸暮らしも難点あり。全て日本でのロケで、外人俳優を2~3名付け足しただけにしか見えない。

カリフォルニア州モントレーが舞台の設定なら、美しい街並みと家族を遠景でワンカットくらい撮ってくれないと低予算のテレビドラマみたいだ。麻里が何度も帰国する割には、空港さえ出てこない。

(C)2019「長いお別れ」製作委員会 (C)中島京子/文藝春秋

昇平がずっと、夏目漱石「こころ」を熱心に読んでいるので、彼にも妻を友人から奪って自殺に追い込んだような、人に言えない過去があるのかと思った。ここは難点ではなく、深読みしすぎ。

あっさりめのラストに好感が持てた

終盤でスカイプ越しに、米国にいる孫の(杉田雷麟)が病室の昇平に、よぉっと手を上げ、昇平も無言で手を上げて答える。この言葉のないやりとりがいい。

無反応と思っていた強面の男が、インディアンのように手を上げる姿は、まるで『カッコーの巣の上で』のチーフのようだ。

(C)2019「長いお別れ」製作委員会 (C)中島京子/文藝春秋

本作の東家も、監督最新作の浅田家もそうだが、どんなにつらい状況でも、家族の中にあるユーモア精神が素晴らしいし、温かい。もう1回、原作を読みかえしてみたくなる。

以上、お読みいただきありがとうございました。原作もぜひ。