『浅田家!』
我が家から始まり、ただ家族写真を撮り続けるニノの演技に新境地を感じる。浅田家はほっこり温かい。前半の脱力系コメディから、後半の被災地の写真返却ボランティアと様変わりし、笑い泣きとはこの事かと知る。
公開:2020 年 時間:127分
製作国:日本
スタッフ 監督: 中野量太 原案: 浅田政志 『浅田家』『アルバムのチカラ』 キャスト 浅田政志: 二宮和也 (少年時代:岩田龍門) 浅田幸宏: 妻夫木聡 (少年時代:中川翼) 浅田順子: 風吹ジュン 浅田章: 平田満 川上若菜: 黒木華 小野陽介: 菅田将暉 外川美智子: 渡辺真起子 渋川謙三: 北村有起哉 姫野希美: 池谷のぶえ
勝手に評点:
(一見の価値はあり)
コンテンツ
あらすじ
浅田家の次男・政志は、父の影響で幼い頃から写真に興味を持ち、やがて写真専門学校に進学。卒業制作の被写体に家族を選び、浅田家の思い出のシーンを再現した写真で学校長賞を受賞する。
卒業後しばらくはくすぶっていたものの、再び写真と向き合うことを決意した政志が被写体に選んだのは、やはり家族。
消防士、レーサー、ヒーロー、大食い選手権。それぞれが<なりたかった職業>や<やってみたかったこと>をテーマにコスプレし、その姿を撮影したユニークすぎる家族写真が、写真界の芥川賞・木村伊兵衛写真賞を受賞する。
写真家としてようやく軌道に乗り始めたとき、東日本大震災が起こる。かつて撮影した家族の安否を確かめるために向かった被災地で、政志が目にしたのは、 家族や家を失った人々の姿だった。
レビュー(まずはネタバレなし)
底抜けに明るく温かい一家の物語
様々なシチュエーションでコスプレ撮影する家族写真で注目を集めた写真家・浅田政志の実話がベースになっている。
父の影響で写真家を志す次男の二宮和也、そのフラフラした生き方を叱りつつもどこか優しい兄の妻夫木聡、看護師として一家を支えるしっかり者の母に風吹ジュン、主夫業に専念する頼りないが温かい父に平田満。
この四人家族の日常の、なんと底抜けに明るくて、楽しいことか。
◇
妻夫木聡がいるからという訳ではないが、どこか山田洋次の家族コメディを観ているような錯覚に陥るが、会話や動きで笑いをとるスタイルではない。あくまで、写真で勝負なのである。
彼らのコスプレ家族写真の愉快さには、つい顔が緩んでしまうが、その1枚1枚の写真とそれを撮るまでのプロセスを見せてくれるだけで、どうにも楽しい心持になる。
写真がメインで物語は添え物のような映画なのかもしれないが、それはそれで斬新で面白い。
一生にあと一枚しか撮れないとしたら
卒業の危うい写真専門学校の課題を考え抜いた末に、政志(二宮和也)が出した答えは<家族>。男三人が同時にケガをして母の病院に転がり込んだ日の思い出のショットを再現する。
それが評価され卒業を果たした政志だが、母に代わり家事を担う父が昔、消防士になりたかったことを知り、そこから、みんなの夢を実現させた家族写真を撮り始めるのだ。
それにつきあう家族たちが、自分たちも楽しんでいるところが、このドラマの温かい部分である。
卒業作品の高評価に加え、個展で作品に爆笑していた出版社赤赤舎の姫野社長(池谷のぶえ)の好意で写真集の出版に漕ぎつけ、ついには権威ある木村伊兵衛写真賞まで受賞してしまう。
名前が売れれば、全国各地から、家族写真の撮影依頼が舞い込んでくる。どうにも出来過ぎの展開だが、事実に基づくと言われてしまうと、反論できない。
◇
そうか、これは写真家・政志のサクセスストーリーだったかと思い始めたころに、東日本大震災が突然起こる。
正直、このままホンワカした気分で映画が突き進んでも、不満はなかったのだが、震災後はまるで別の映画が始まったように、ドラマは暗転する。
最初に自分達以外の家族写真の依頼を受けた、岩手に住む一家の安否を確かめに政志は被災地に向かい、そこでボランティア活動を始めるのだ。ここからが、『湯を沸かすほどの熱い愛』の中野量太監督の真骨頂である。
以下、ネタバレになりますので、未見の方はご留意願います。
レビュー(ここからネタバレ)
防波堤ラブストーリー
幼馴染の若菜(黒木華)と政志の関係が面白い。子供の頃、政志が若菜を撮った1枚が自分のベストショットだと、若菜はその写真を後生大事にしている。だが、いつまでも定職につかない政志には愛想をつかしている。
好き同士なのに、煮え切らない政志が釣り竿を垂らして寝そべる防波堤で、若菜がズバッと斬り込む。
「200万円返すか、私と結婚するか、はっきりしなさい」
ここまで押し切られた時の悩み方と返し方が、いかにも政志らしい。しかし、こんなキャラの人物が、唐突に両腕にその筋の者のような刺青を彫ってしまうというのは、俄かには信じがたい。ここも実話ベースなのか。
家族写真のチカラ
写真の持つチカラというのはすごい。「浅田家」の家族写真はコスプレで笑いを狙った確信犯的な作品ともいえ、楽しくはあるが、やはり感動を呼ぶのは、政志がほかの家族を撮るようになった<家族写真>だろう。
被写体の家族とよく話し合い、最高の1枚を考える。満開の桜の下の写真も良かったし、重病の息子を挟んで、虹の絵のTシャツで全員が横たわる写真にも泣かされた。
子供の母親役の篠原ゆき子は、『罪の声』でも母親役だったが、その演技の幅には感服する。彼女は『湯を沸かすほどの熱い愛』でも重要な役を演じていたのを思い出した。
被災地の写真返却活動
そして、写真のチカラに加え、アルバムのチカラを思い知るのが、被災地ボランティアによる写真返却活動である。
実際に、浅田氏は泥だらけになったアルバムや写真を洗浄返却するボランティア活動に取り組む人々を撮影した「アルバムのチカラ」という写真集を出している。
◇
被災地に来ても、政志は写真を撮らない。報道カメラマンが復興の自衛隊活動を、ヤラセ的に撮っているのを横目に、自分はひたすら、瓦礫の下の泥まみれの写真の洗浄作業を続ける。
仲間には、小野(菅田将暉)と外川(渡辺真起子)がいる。本作での菅田将暉は役者オーラを隠しての、まじめそうな色白青年を演じきっていて、当初気づかない位の静かな役。
一方中野量太監督の長編デビュー『チチを撮りに』で好演していた渡辺真紀子は、本作でも自然体の演技で周囲を明るく和ませる。
そして、中野監督『長いお別れ』からは北村有起哉。彼は被災者であり、娘の行方を探し続けている。被災地のエピソードはどれも重たいが、最後に政志が撮ろうとする海辺の家族写真もまた、幸福に満ちた感動的な一枚だった。
アルバムのチカラ
家族の安否は最大の関心事だが、その次に失いたくないものは、家財道具よりも、おカネでは買えないもの、即ち家族のアルバムなのだろう。それは家族が生きてきた証なのだ。
だから彼らは懸命に写真を洗浄しては掲示し、所有者のもとに戻そうとしている。
山田太一の懐かしの名作『岸辺のアルバム』でも、国広富之が流された家から取り戻そうとしたのはアルバムだった。そういえば、あのドラマにも風吹ジュンが出ていたっけ。
東日本大震災を扱った映画は数多いが、写真返却に的を絞った本作の取り扱い方は興味深い。被写体家族の安否を確認し続けた政志が、最後に見せる表情がいい。そのまま相手に会わずに帰るところもよい。
◇
ラストについては語らない。葬式で始まり、葬式で終わる映画なのだとだけ書いておきたい。父の遺影の消防服姿の写真が、とても微笑ましい。
エンドロールにはこれまでの写真が一通り紹介されるので、途中で席を立つ人は少ないと思うが、最後の一枚は本物の浅田家の写真なので、お見逃しなく。
以上、お読みいただきありがとうございました。浅田家の本物の写真集を、映画と見比べてみるのも一興です。