『タロウのバカ』
愛された記憶も戸籍もない少年が本能の駆られるままに生きていくと、何を考え、どう成長していくのか。
公開:2019年 時間:119分
製作国:日本
スタッフ 監督: 大森立嗣 キャスト タロウ: YOSHI エージ: 菅田将暉 スギオ: 仲野太賀
勝手に評点:
(私は薦めない)
コンテンツ
ポイント
- ポイントというより追記だが、本作に主演のYOSHIが2022年11月に交通事故で亡くなった。ご冥福をお祈りします。
- 享年19歳はあまりに若い。彼の唯一の出演作である本作を私は褒めていないが、彼の演技に文句はない。むしろ瑞々しい才能を感じたことは記しておきたい。
あらすじ
少年タロウ(YOSHI)には名前がない。名前がない奴はタロウだという理由でそう呼ばれているだけで、戸籍すらなく、一度も学校に通ったことがない。
エージ(菅田将暉)とスギオ(仲野太賀)という高校生の仲間と、頭上を高速道路が走り、だだっ広い空き地や河川敷がある町をあてどなく走り回り、その奔放な日々に自由を感じている。
しかし、一丁の拳銃を手に入れたことから、得体の知れない死の影に取り憑かれていく。
レビュー(まずはネタバレなし)
絶叫と暴力の相乗攻撃
片親で育ち愛された記憶もなく戸籍すらない少年が本能の駆られるままに生きていくと、何を考えて、どのように成長していくのか。そういうことを感じながら観るような映画なのかもしれない。
ただ、登場人物たちが常に大声で叫ぶように会話し、暴力的に行動している映画はどうにも苦手だ。こればかりはどうしようもない。
申し訳ないが、辛口採点となってしまった。世間では結構高い評価を受けているようなので、アウェイではあるが、あくまで個人的なブログなので、独断ベースの評点とさせてもらった。
ポスターで三人が並ぶ姿だけで無邪気な思春期を想像していたのは迂闊だった。
また、大森立嗣監督は私の中では『日日是好日』は別格としても、『光』や『さよなら渓谷』レベルの過激さで認識していた監督。そこに、『ゲルマニウムの夜』のDNAが存在していることを忘れていた。
映画は画一的であっては面白くないので、過激性や暴力性が全面に展開される作品があってよいし、それが好きで評価するファン層も当然いるだろう。
なので、私は体質的にダメでした、というだけの話だ(しつこいか)。
キャスティングはすばらしい。菅田将暉と仲野太賀の二人については、今更私ごときが語るまでもなく、安定感抜群の演技をみせる。
キレまくっている菅田将暉も、良識と狂気の世界を綱渡りする仲野太賀も、この特異なキャラを自分のものにしているように見えた。
そして今回がデビューのYOSHIに至っては、この強豪二人にまったく引けを取らない体当たり演技で、堂々の主役っぷりだ。何をしでかすか分からないパワーがビンビンと伝わってくる。
レビュー(ここからネタバレ)
愛情を知らない子供
母親からの愛情も知らずに育ち、好きとは何かの答えもみつからないタロウが自暴自棄に生きている姿は、理解できないけれども、かといって同情を誘うわけでもない。
柔道を諦めざるを得なかったエージや、好きな娘が派手に援助交際に走っているスギオも、気の毒な状況ではあるが、それで好き勝手に暴れまわられてもたまらない。
◇
そんな三人がふざけ合ってつるんでいるときは、なにもかも忘れられて本当に楽しそうな時間だ。
エージが素っ裸のタロウとスギオに組体操を強要するところとか、ロケット花火で廃車を炎上させるところとか。
銃口を向け合ってふざけているときだって、このまま死んでしまう、或いは殺してしまう覚悟があって、いまという刹那を楽しんでいるのかもしれない。
◇
三人で動物マスクをかぶってチンピラを襲撃し拳銃を手にするシーンは、何とも言えない不穏な空気というか不安感をかき立てる。
タロウが公園のベンチでおばさんに話しかけて途中から拳銃を取り出してキレ始めるシーンも、先行きがまったく読めず怖い。
不快に耐えてみるべきものがあるか
だが、不快にさせるシーンも多い。まずは冒頭。今や重鎮である、私の敬愛する國村隼を、あんなに呆気なく殺していいのは、タランティーノ監督くらいだと思う。
それは冗談としても、冒頭に出てくる障害者虐待の施設や、ダウン症の少年と少女の扱い方は、微妙というか危険というか、嫌悪感を覚えるひとも少なくないのではないか(私はその一人だった)。
ダウン症の藍子が劇中で歌う「あいこでしょ」が大音量で延々と流れるのも、正直私には苦痛だった。ずっと耳に残るが、この起用意図が分からない。
◇
本作のベースになるような複数の猟奇的な凶悪犯罪が、現実問題として我が国でも発生している。本作は、そこに何らかの問題提起、あるいはメッセージを発信しているのだろうか。
回線を閉じてしまった私の脳には、何も訴えかけてこなかった。すぐにもう一度みるだけの気力は、今はない。