『紀子の食卓』
園子温監督の野心作。過激と狂気の廃墟ドットコムをのびやかに生きぬく、吹石一恵と吉高由里子の姉妹。あなたは、あなたの関係者ですか。
公開:2006年 時間:159分
製作国:日本
スタッフ
監督: 園子温
キャスト
島原紀子/ミツコ: 吹石一恵
島原ユカ/ヨーコ: 吉高由里子
島原徹三: 光石研
島原妙子: 宮田早苗
クミコ/上野駅54: つぐみ
勝手に評点:
(一見の価値はあり)
コンテンツ
あらすじ
退屈な日常や家族との関係に嫌気がさしていた女子高生・紀子(吹石一恵)。
ある日、廃墟ドットコムというサイトを発見した彼女は、家出して東京へ行き、サイトを通して知り合ったクミコ(つぐみ)が運営するレンタル家族の一員となる。
一方、紀子と廃墟ドットコムの関連に疑いを持った妹ユカ(吉高由里子)も東京へと向かう。
レビュー(まずはネタバレなし)
『自殺サークル』から続くストーリー
公開当時に観ているので、15年近い年月が経過しているが、ストーリーはうろ覚えでも、いくつかの場面は鮮明に覚えていた。
前日譚にあたる『自殺サークル』を先日観たので、勢いでこちらも再観賞したところ、続けて観たことで分からなかった謎がようやく見えてきた。
前作で広げられた謎の伏線は、本作で一応回収されたのではないかと思う。かといって解答が与えられるだけでなく、相変わらず園子温ワールドの狂気の濃度はかなり高めだ。
◇
本作は、女子高生の紀子(吹石一恵)が、大学に受かったら伊豆の田舎町から上京して一人暮らししたいという希望を、父・徹三(光石研)に全面的に却下されるところから始まる。
自分の名前を捨てて、日本中の同年代の女の子たちともっとコンタクトして、世界を広げたい。
そんな紀子はハンドルネーム<ミツコ>となり、廃墟ドットコムというサイトで仲間をみつける。
ついには家出して、意気投合したクミコ<上野駅54>(つぐみ)と東京で会い、クミコの運営するレンタル家族ビジネスのメンバーに入る。
◇
前作『自殺サークル』の映画の中で社会問題となった、新宿駅の女子高生54人集団自殺は、紀子が上京してほどなく発生する。
失踪してしまった紀子も、この自殺者に含まれているのではないかと心配する妹のユカ(吉高由里子)は、探しあてた自殺ドットコムのサイトではマルの数が自殺者を示すこと、廃墟ドットコムと姉とのつながりなどを理解し始める。
絶妙なキャスティング
『自殺サークル』では女性が次々に自殺してしまうので、刑事たち男性陣が主体のキャスティングだったが、今回は女優陣が大活躍。
主演の吹石一恵は野暮ったい田舎の女子高生をうまく演じていたし、吉高由里子は本作がデビューとは思えない、初々しくも堂々たる演技(なんじゃそれ)。
吉高は『僕等がいた』では無理があった制服姿も、この時は当然ながら実に自然な着こなし。本作はモノローグ形式で各キャラの語りが多いのだが、姉妹二人の声質や話し方がまるで違うので、聴いていても分かりやすい。
◇
つぐみはその後引退したりAVに転向したりだが、本作では主演顔負けの存在感を見せている。
そして悲哀を感じさせる父に光石研。何でもこなせる名バイプレイヤーだが、この、家族に平和と幸福を押し付ける勘違い野郎な父親役は、ハマっていた。
今回発見だったのは、レンタル家族の顧客に手塚とおる。『半沢直樹』で名を売って個性派俳優でご活躍中だが、当時観た時は認識していなかった。それから、女子高生<決壊ダム>を演じた安藤玉恵も若い。
マイク真木の<バラが咲いた>を血まみれシーンの曲に使うあたり、ねらいすぎな気はするが、園子温監督らしいとも言える。
◇
レンタル家族という題材は本当に映画的だと感心する。クミコの両親や弟にみえる連中と一緒に<ミツコ>が向かう先は、孫に会って喜ぶ祖母だったり、臨終間際の祖父だったり、娘と再会する父親だったり。
いちいち設定が分からない面白さもあれば、盛り上がったところでタイマーが鳴って時間切れになるところも驚かされる。
こんな仕事を続けるうち、<ミツコ>として役になりきる紀子と、姉を追いかけて仲間に加わり<ヨーコ>となったユカは、次第に演技と現実が混然としていくのだ。
レビュー(ここからネタバレ)
レンタル家族ビジネスにはまる
紀子は、田舎町で父親に抑圧されている自分に嫌気がさし、<ミツコ>として廃墟ドットコムに参加することで自分を解放できる居場所をみつける。
そして尊敬するクミコの誘いで、レンタル家族ビジネスのメンバーとして、与えられる様々な役割をこなすように成長していく。
◇
クミコは自分が捨てられた<上野駅54>番のコインロッカーをハンドルネームとし、自分を捨てた親や社会を憎みながら、自殺クラブや廃墟ドットコムを立上げ、レンタル家族ビジネスも軌道に乗せる。
<ミツコ>と出会って半年のうちに、廃墟ドットコムの仲間だった<決壊ダム>(安藤玉恵)は顧客の依頼で刺殺され、他の三名は新宿駅で集団自殺してしまう。
これらは全て、クミコが仕組んだことだった。クミコに役目を与えられ、みんな喜んで死んでいったのだ。
<上野駅54>であるクミコは、<ミツコ>をもっとステージの高い役に抜擢しようと、新宿では彼女をあえて目撃者として温存した。
前作『自殺サークル』で発生した女子高生54人の新宿駅集団自殺が、なぜ54人で、誰が引き起こしたのか、ようやく今明らかになった。54人の由来が、コインロッカー54番だったとは。
関係者以外、立ち入り禁止です
あなたは、あなたの関係者ですか。
このマントラのように繰り返される問いかけも、本作でまた登場する。
『自殺サークル』と同様の解釈だが、この問いかけは、
<本来のあなた自身と、社会の中で役割を演じているあなたは、同じものではない>
ということを自覚させ、そして
<本来の自分と関係なく、与えられた役割を演じること>
に喜びを感じさせることが、ねらいなのではないかと思う。
だからこそ、みんな喜んで死んでいったし、<ミツコ>に続いて、妹のユカまで<ヨーコ>としてレンタル家族ビジネスに参加してきたのだ。
失踪した娘たちを追って、サークルの中核にやっとコンタクトできた父徹三は、サークルの男(古屋兎丸)に「確固たる砂漠で生き抜くこと、それが役割です」と説かれる。
本作では明示的に出てこないが、『自殺サークル』で煽動者だったアイドルグループDesert(ユカの部屋にポスターあり)と、砂漠が、ここで初めてつながったのだ。
そして徹三は砂漠の夢をみる。
ライオンがシマウマを食い、シマウマが草を食う。
その食物連鎖の輪のように、自殺の役割を担った者が死ぬだけです。
だから自殺クラブなどありません。あるのは自殺サークルです
この理屈を、徹三は拒絶できなかったはずだ。なぜなら、彼は平和な町や幸福な家族、厳しい父といった固定観念に安住することが何より好きだから。
ユカが失踪しても、娘の期待に反して退職し娘を探すこともせず、地方紙の編集長の座に恋々としていたのだ、妻が自殺してしまうまで。
最後の晩餐にはスキヤキだ
徹三が苦労して友人の協力を得ながらレンタル家族の<ミツコ>と<ヨーコ>を引っ張り出し、伊豆の自宅と似た間取りの家を借りて家財一式を自宅から移し、自殺サークルの男どもをナイフで切り刻んでも、娘たちを紀子とユカに戻すことはできなかった。
◇
二人とも、身勝手な父のいる家庭に戻るよりも、それぞれに役を与えられて、現実ではありえない平和ボケした会話の飛び交う、虚構の食卓でスキヤキを囲む一家団欒を選んだのだ。
徹三も同様だったのだろう。娘の懇願に押され、クミコを妻として、このままレンタル家族を延長すれば幸せに暮らせるのではないかと考え始める。
平和な家庭という固定観念に沿った役割を、みんなが演じてくれれば、それだけで満足なのだと言わんばかりに。
◇
ストーリーと無関係に思えるイメクラ嬢ミカンちゃん(三津谷葉子)が終盤にも登場するが、彼女こそ、役割を演じることの充実感を紀子に最初に伝えた人物かもしれない。
そしてラストシーン。妹は、ユカも<ヨーコ>も捨て、新たな自分を演じ始めるが、姉は、<ミツコ>を捨て、紀子に戻ってくる。姉妹は、それぞれ別の道を歩みだすのだった。