『喜劇 愛妻物語』
脚本家・足立紳が自らメガホンを取り、情けない夫と恐妻との私小説を濱田岳と水川あさみで映画化。これだけ笑えない喜劇は珍しい。つまらないという意味ではなく、怖いのだ。
公開:2020 年 時間:115分
製作国:日本
スタッフ 監督・脚本: 足立紳 キャスト 豪太: 濱田岳 チカ: 水川あさみ アキ: 新津ちせ 吾妻: 大久保佳代子 由美: 夏帆
勝手に評点:
(一見の価値はあり)
コンテンツ
あらすじ
売れない脚本家・豪太は、妻チカや娘アキと三人で暮らしている。倦怠期でセックスレスに悩む豪太はチカの機嫌を取ろうとするが、チカはろくな稼ぎのない夫に冷たい。
そんなある日、豪太のもとに「ものすごい速さでうどんを打つ女子高生」の物語を脚本にするという話が舞い込む。
豪太はこの企画を実現させるため、そしてあわよくば夫婦仲を取り戻すため、チカを説得して家族で香川県へ取材旅行に行くことに。
しかし、取材対象の女子高生はすでに映画化が決まっていることが判明。出発早々、旅の目的を失ってしまう三人だった。
レビュー(まずはネタバレなし)
悲劇 恐妻物語
脚本家・足立紳が2016年に発表した自伝的小説『乳房に蚊』を改題し、自ら脚本・監督で映画化した作品。自伝的といえば聞こえはいいが、ここまで自分のみならず妻との生活の実態をさらけ出す作品は珍しい。
それも、苦労の結果が報われて、何か家族で乗り越えた感のある作品ならいざ知らず、仕事にも芽が出ず情けない夫と、それに鞭打つ鬼嫁の話という印象が強い。
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売れない脚本家の豪太(濱田岳)がチカ(水川あさみ)と結婚して10年。5歳の娘のアキ(新津ちせ)がいるが、脚本家としての年収は50万円程度で、生活費はチカのパート頼り。
実際に『百円の恋』が高く評価されるなど、脚本家として実績をあげている足立紳の経歴が頭をよぎれば、これは夫の才能を信じる妻が頑張って貧しくも幸福な家庭を支える美談かと早合点しそうになる。
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だが、豪太の情けなさに呆れ果てて罵倒の言葉が無限に出てくるチカを見ていると、<悲劇 恐妻物語>の誤植なのではと疑いたくなる。
いつもヘラヘラしてるダメ亭主
そもそも、新藤兼人監督の『愛妻物語』からタイトルを拝借しただけで、さしたる愛妻家感はない。
実情はともかく、映画の中にあるのは、何とかしてセックスレスが続く数か月間にピリオドを打ちたいという、豪太の本能的欲望だけである。
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足立紳監督が本作で狙っているイメージの例で挙げている作品が、『風花』と『フレンチアルプスで起きたこと』とあった。
前者は彼の師事した相米慎二監督の遺作であり、苦労ばかりの人生を背負った男女のロードムービーという点、後者は妻子を残してアルプスの雪崩から一目散に逃げ出す夫の情けなさを描いた悲劇で、なるほど本作とも共通する部分がある。
そう、主人公の豪太は相当に情けないダメ男なのだ。仕事には精を出して売れる日を目指して頑張っているものの、妻の小言は聞き流し、何を言われてもヘラヘラしている。
いくら誘っても妻が相手にしてくれないものだから、挙句には以前に関係を持った人妻(大久保佳代子)にまで触手を伸ばす。
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娘のアキと二人で海水浴場に行き、浮気相手にケータイで「もう話しながらビンビンで、第一我慢汁が・・」みたいなバカを言っている間に、アキがいなくなってしまうのだ。実にクズな父親なのである。
こんなキャラクター、なかなかモデルである書き手本人以外に遠慮なく演出もできず、足立紳自ら監督を買って出たのは正解。
夫婦のキャスティングについて
豪太を濱田岳が演じたのは、どことなく風貌も近く、理想的な配役だったと思う。
本人は主演映画ということでもう少し<いい役>を期待したようだが、こういう情けない役が似合う俳優となれば、彼は筆頭格であろうし、豪太が時折みせるずる賢い一面も、濱田岳なら得意とするところだ。
ただの<情けないけどいい人>という枠に収まらない、やんちゃな所がないと、本作のように途中で警察の世話になったりもしないだろうし。
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妻のチカを水川あさみが演じたのは意外な気もしたが、観てみると本当に恐妻にしかみえない。いきなり赤いパンツのアップのバックショットから始まったのは度肝を抜いた。
あの体重を5キロ増やして撮影に臨んだという迫力のリアリティと、険しい表情から所かまわず容赦なく夫に浴びせる罵詈雑言は、さすが女優。新婚時代と現在との夫への接し方のギャップもまた、夫婦の歴史を感じさせてリアルだ。
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娘アキ役の新津ちせも、さすが天才子役の名に恥じない落ち着いた仕事ぶり。本作では、夫婦仲をとりもつ、子はかすがい的な役目も若干あるか。
彼女はアニメ監督の新海誠の実娘という肩書も不要な活躍ぶりで、「パプリカ」の音楽ユニットFoorinのメンバーでもある。
レビュー(ここからネタバレ)
ここからネタバレする部分もありますので、未見の方はご留意願います。
ダメ亭主だって妻としたい
「ダメ人間を描く際に甘やかしてはいけない」というのが足立紳監督の信条のようで、本作でも、自身のダメ男ぶりを、徹底して描いている。
その結果、チカも終始彼に罵声を浴びせることになるので、この夫婦キャラは相当強い印象を残していく。
それが彼の次の著作『それでも俺は、妻としたい』にも繋がっていくし、今後、この豪太・チカ夫婦の10年後みたいな作品が生まれる可能性を作り出す。
チカの穿いているのが幸運を呼ぶ赤いパンツだというのも、ちょっとほっこりする。
◇
本作は高松にうどんの映画のシナハンを兼ねて家族旅行に行くロードムービー的な構成だ。
小豆島の砂浜を水着姿の娘と並んで、能天気にニヤける夫・豪太を背負った妻・チカが険しい顔で歩いているショットがポスターなどに使われている。
これはおそらく本編では使われていない宣材用ショットだと思う(だってチカはビーチに来ていないし)。だが、夫の情けなさや妻の力強さを感じさせる、うまい絵作りだ。
喜劇 ローマの休日
豪太の勝手気ままな言動やチカの厳しい罵倒に、少なからず男性諸氏は耳が痛いところもあるのではないか。
でも、最後は夫婦が笑い合ってハッピーエンドであってほしいという、喜劇という題名からくる予定調和に期待するところがあったと思う。
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実際、すし屋のカウンターで家族三人楽しく会話しているあたりまでは、その雰囲気は濃厚だった。だが、一本の電話で、見込んでいた彼の脚本仕事はみんなコケる。そこから先は泣きながらの修羅場である。
その後、川のほとりで泣きながらついに豪太に別れを切り出すチカ。ダメな男は、一緒にいると甘えちゃうから、別れた方がいい。泣き崩れる母のもとに駆け寄ったアキももらい泣きする。
この場面においても、まだ豪太の顔からは薄ら笑いが消えない。何となく、駆け寄ってうずくまる母娘の肩を抱き、一つの塊になる。
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これって、キュアロン監督の『ROMA/ローマ』で、家族みんなが砂浜で抱き合って一つになる宗教的な感動シーンと同じ構図じゃないか。
それなのに、この温度差は凄い。さすが、喜劇というだけはある。この場面で感動を求めないのだ。チカの涙と本気のパンチで、豪太はノックアウト寸前のふらつき状態だ。
そして、赤パンのバックショットで始まった映画は振出しに戻る。放屁付きである。