『阿修羅のごとく』今更レビュー|波風を立てないのが女の幸せなのかしら

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『阿修羅のごとく』

森田芳光監督が向田邦子の脚本で描く、大竹しのぶ・黒木瞳・深津絵里・深田恭子の四姉妹。

公開:2003年 時間:135分  
製作国:日本

スタッフ 
監督:          森田芳光
脚本:         筒井ともみ
原作:          向田邦子
キャスト
三田村綱子(長女):  大竹しのぶ
里見巻子(次女):     黒木瞳
竹沢滝子(三女):    深津絵里
陣内咲子(四女):    深田恭子
竹沢恒太郎:       仲代達矢
竹沢ふじ:        八千草薫
里見鷹男:         小林薫
勝又静雄:        中村獅童
陣内英光:         RIKIYA
枡川貞治:      坂東三津五郎
枡川豊子:       桃井かおり
土屋友子:       紺野美沙子
赤木啓子:        木村佳乃

勝手に評点:3.5
(一見の価値はあり)

(C)「阿修羅のごとく」製作委員会

あらすじ

79年の冬、70歳を越える父の愛人に子供がいることを知った竹沢家の四姉妹は大騒ぎ。

この事件を契機に、長女の不倫、二女の夫の浮気、三女の嫁ぎ遅れ、四女の同棲とそれぞれの抱える問題が顕わになっていく。

今更レビュー(まずはネタバレなし)

向田邦子の原作ものを撮るのが昔からの夢だったという森田芳光監督が、ついに理想的なキャストで描き切った佳作。

  • 夫を亡くし、料理屋で華道を教えて生計を立てている長女の綱子には、『黒い家』大竹しのぶ
  • 夫との間に二人の子どもを持つ貞淑な専業主婦の次女・巻子『失楽園』黒木瞳
  • 図書館の司書をしている、男っ気のない生真面目で地味な三女の滝子『(ハル)』深津絵里

ここまでは、森田監督作品で主役を張った演技派女優がそろい踏み。

  • そして、ボクサーの恋人と同棲中の末っ子・咲子には、本作の翌年に『下妻物語』で女優としてブレイクする深田恭子
(C)「阿修羅のごとく」製作委員会

ある日、滝子が堅物の父親・恒太郎(仲代達矢)が女を囲って、隠し子までいるという証拠をつかんできた。

何があろうと、この件を、長年父や自分たちの面倒をみてきてくれた母・ふじ(八千草薫)に悟られてはいけない。ここから、四姉妹の混乱の日々が始まる。

向田邦子の原作は、近年でも是枝裕和監督がNETFLIX宮沢りえ、尾野真千子、蒼井優・広瀬すずのキャストでドラマ化しているが、元々は1979年にNHK和田勉の演出でドラマされて評判を呼んだものだ。

ドラマでは次女を演じた八千草薫が本作では母親役になり、長女を演じた加藤治子は本作のナレーターとして、「阿修羅とは猜疑心が強く、日常争いを好み悪口を言う、怒りの生命の象徴」などと冒頭で語ってくれる。

昭和54年の設定とあるから、このNHK放映時のリアルタイムを時代背景としている。

そのため、鏡開きでひびだらけの餅を揚げてみんなで食べたり、いい大人が正月に福笑いで遊んだり、年末には白菜を大きな樽で漬けたりと、昭和の家庭文化を懐かしくみることができる。

男どもが威張りくさっていたり、すぐに喫煙行為に走ったりと、今では鼻につく場面も多いが、スマホで何でも完結するような現代社会には描きにくい、味わいのある生活シーンが多数登場するのは面白い。

長女の綱子には、勤めている料理屋の亭主・枡川貞治(坂東三津五郎)という不倫相手がおり、その妻(桃井かおり)にも関係が薄々バレている。

次女の巻子は身持ちは固いが、旦那の里見鷹男(小林薫)が秘書の赤木啓子(木村佳乃)と怪しい関係にある。

四女の咲子はボクサーで新人王を目指す陣内英光(RIKIYA)を支え、おめでた婚。夫は有名選手になるが、試合の怪我で植物人間に。

そして三女の滝子は、父の身辺調査を依頼した興信所の勝又静雄(中村獅童)の誠実な人柄に惚れ、やがて二人は結婚する。

向田邦子の原作を大事にしているからか、森田監督は本作では得意の遊び心溢れる演出を封印し、終始落ち着いた雰囲気とカット割りでドラマを撮りきる。

豪華キャストではあるが、随所に大物俳優が登場して、ドラマに集中できないという愚を犯すこともない。これは、ネームや親しさに影響されず、きちんと役柄に合ったキャスティングを考えているからだろう。

だから、大竹しのぶ桃井かおりが男を巡ってぶつかり合う場面にも、『極妻』のような迫力を感じるし、黒木瞳木村佳乃にヤキモキする場面も、ともに出演していた『失楽園』と異なる緊張感が溢れる。

中村獅童はチック症のような動きがやや激しくてコミカルに見えるが、深津絵里の演技がカバーしているのか、作品全体から浮き上がってはいない。

なお、巻子の娘役に『セカチュー』でブレイク前年の長澤まさみが出演しているが、さすがに大女優陣に囲まれて、まだ何の爪痕も残せていないかな。

四姉妹が父の浮気で傷つけないようにと気遣う母親役の八千草薫は、映画になかなか登場しないのが面白い。

そして、母に内緒で女を作っているようにはとても見えない父親役の仲代達矢が、終始ヌボーっとした感じなのも昭和っぽくていい

現代では父親が娘たちと同じようにうるさく動き回るキャラになりがちで、そうなると『おいハンサム‼』みたいだからね。

さて、父親が囲っている女というのが紺野美沙子だよ。これはどうみたって、父と不倫しているキャラじゃないだろう。サレ妻だったら分かるけど。だから、これ、ホントに浮気なのか、なかなか信じられずにいる。

「調査結果は全て間違いでしたってならないか? 誰も幸せにならないだろ、これ」

と、興信所の勝又(中村獅童)に迫る鷹男(小林薫)

「一生懸命働いて、一軒家建てて、お前たち四人姉妹を成人させて。そんなお義父さんが女ひとり作ったくらいで、何が悪いんだ!」

終盤にこの台詞を言わせるためには、時代設定は昭和でなければならないのだ。

今更レビュー(ここからネタバレ)

以下、ネタバレがありますので未見の方はご留意願います。

この一家の騒動を書いたような投書が新聞に掲載される。一体だれが書いたのか、はたまた偶然なのか。

書き手は、「このまま家庭の平穏を守るために静観するのがよいか、あれこれ考える今日この頃である」と書き綴っている。

八千草薫が母親を演じていることで、いや彼女がそんな大胆なことをするはずがないと我々は考えてしまうし、紺野美沙子が不倫相手を演じているのもまた、何か不倫ではない事情があるはずと、考えたくなる。

だが、結果としては、父が女を作っていたことは事実だったのだ。

母親は父がこの女を住まわせている家を観察しにやってきたところで、発作で倒れて息を引き取る。そして、父親はこの不倫相手にフラれて家に帰ってきて、横たわったままの妻に詫びる。

何もできずに夫の浮気に傷ついたまま亡くなった母が不憫だと、子供たちは思っていたが、しばらくして、ようやく、例の新聞投書は母の仕業だと知る。

家族に何も言わないだけで、全てを知っていた母は、新聞に書くことでささやかな憂さ晴らしをしていたのだと、四姉妹は少し安堵して笑い合う。

こんなことで一矢報いたことになるのかは、ちょっとハラ落ちしないが、「女は阿修羅だな」と呟く小林薫には共感できる。