『台北ストーリー』今更レビュー|過去を忘れられない男と過去を捨てたい女、ここは台北

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『台北ストーリー』
 青梅竹馬 Taipei Story

公開:1985年(日本公開2017年)
時間:119分  製作国:台湾

スタッフ 
監督:    エドワード・ヤン(楊徳昌)


キャスト
アジン:      ツァイ・チン(蔡琴)
アリョン: ホウ・シャオシェン(侯孝賢)
アキン:  ウー・ニェンツェン(呉念眞)
アグワン:   クー・スーユン(柯素雲)
シャオクー: クー・イーチェン(柯一正)
アジンの父:  ウー・ヘイナン(吳炳南)
アジンの母:    メイ・ファン(梅芳)
メイさん:チェン・シューファン(陳淑芳)

勝手に評点:3.0
  (一見の価値はあり)

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あらすじ

1980年代の台北、その古い問屋街で育った幼馴染のアリョン(ホウ・シャオシェン)とアジン(ツァイ・チン)は、恋人とも友達ともつかない関係にあった。

アリョンは、かつてリトルリーグのエースとして活躍した過去を持ち、今は家業の布地問屋を地道に営んでいる。

一方のアジンはキャリアウーマンとして不動産開発会社で仕事をしていたが、会社が大企業に買収されて職を失い、先を見失っている。

アジンは、アリョンの義理の兄を頼ってアメリカに行こうとアリョンに持ちかけるが、彼は煮え切らない。

今更レビュー(ネタバレあり)

日本では長らく劇場未公開だったが、エドワード・ヤン没後10年となる2017年に、4Kデジタルリストア版で劇場初公開された作品。

監督としては『海辺の一日』に続く長編二作目となる。本作に主演もしている盟友ホウ・シャオシェン監督が、借金までして製作費を捻出した。

結婚もせずに同棲生活を送る主人公の男女、アリョン(ホウ・シャオシェン)アジン(ツァイ・チン)

アリョンは、米国で成功している義兄の仕事を手伝いに渡米しようとしているが、少年野球のエースだった過去の栄光にしがみつき、前に踏み出せずにいる。

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一方のアジンは、勤務する建設会社が中国企業に買収されたことで会社を辞めるが、威張るだけで商売下手な父(ウー・ヘイナン)との折り合いも悪く、早く渡米したいと望んでいた。

台北での過去の栄光にすがる男と、台北の過去を切り捨てたい女の物語なのだが、どこか煮え切らない関係の二人に、なかなか感情移入がしづらい。

本作の翌年に公開される『恐怖分子』のスタイリッシュな突き抜け感や、それに続く代表作『牯嶺街少年殺人事件』の堂々たる大青春巨編に比べると、確かにこの初期の作品は青臭い。

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だが、この作品は1980年代の台北の時代の空気が、巧みに切り取られている。私はその時代の台北の何を知っているわけでもないが、映し出される光景は、懐かしい昭和感溢れる東京の原風景を思い出させる。

ノスタルジーに浸るという点では恰好の映画であるが、製作された1985年当時のバブル景気を前に勢いづいていた日本では、未公開となったのも無理はないか。

アジンは同じ建設会社に秘書的な役割で仕えているメイさん(チェン・シューファン)に、淡い恋愛感情を抱いている。だが相手には妻子がおり、深入りしそうにはない。ここはありがちな不倫ドラマっぽい演出。

一方のアリョンも、幼馴染のアグワン(クー・スーユン)が暮らす東京で密会している。アリョンがこっそり観ている野球試合のビデオが日本のものだったことで、アジンが彼の浮気に気づく。

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アジンは会社も辞め、メイさんともうまくいかず、アリョンとは浮気を責めて喧嘩別れ。自棄になっていたアジンは、若い男と意気投合し、一緒に踊り飲み明かす。

だが自宅に待ち伏せされるようになり、喧嘩中のアリョンに救いを求めるが、それが原因で悲劇が起きる。

ドラマとしては今ひとつ消化不良気味なのだが、映像の鮮烈さはそれを補って余りある。

  • 冒頭に出てくる、アリョンとアジンがアパートを物色するシーンの陽光の入り方
  • バスが通る繁華街のネオンや夕陽の美しさ
  • ガラス張りの無機質な高層ビルの内部から、色とりどりの屋台の混沌とした賑やかさ

そして最も印象的なのは、巨大な富士フィルム巨大なネオン広告を画面一杯のグリーンの背景にして、アジンと若者がシルエットとなって寄り添うショット。

アジンを演じたツァイ・チンは台湾の人気シンガーだそうで、『恐怖分子』では主題歌も歌っている。一時期エドワード・ヤン監督と結婚していたこともある。

アリョンを演じたのはホウ・シャオシェン。監督としては勿論有名だが、今回は珍しく俳優としても参加。

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以下、ネタバレになるので未見の方はご留意願います。

アジンにつきまとう若者を追い返したアリョンだったが、その後にタクシーで帰宅するところをバイクで追ってくる若者と、人気のない夜道で殴り合いの喧嘩となる。

気が付けば若者のナイフで刺されていたアリョンは路上に座り込む。朦朧とする彼の頭をよぎるのは、野球への思い。台湾が日本同様に野球好きの国民性であることを改めて思い出す。

翌朝にアジンの部屋の電話が鳴る。警察からの電話だと思えば、なんと新しい仕事へのオファーなのである。

その頃、路上ではアリョンが救急車に担ぎ込まれている。でも血だらけの舗道が彼の死を暗示している。医師が警察官と煙草吸って談笑しているところをみると、通報で現場に行ったがもう手遅れだったのだろう。

そんなことはつゆ知らず、渡米に気乗りしないアリョンを諦めて、アジンはここ台北で新しい生活に歩み出そうとする。何事もなかったように、台北の一日が始動する。