『散歩する侵略者』
黒沢清監督が長澤まさみ・松田龍平・長谷川博己ら豪華キャストで贈る、地球侵略SFスリラー
公開:2017年 時間:129分
製作国:日本
スタッフ
監督: 黒沢清
原作: 前川知大
『散歩する侵略者』
キャスト
加瀬鳴海: 長澤まさみ
加瀬真治: 松田龍平
桜井: 長谷川博己
天野: 高杉真宙
立花あきら: 恒松祐里
明日美: 前田敦子
丸尾: 満島真之介
車田: 児嶋一哉
鈴木: 光石研
品川: 笹野高史
勝手に評点:
(一見の価値はあり)

コンテンツ
あらすじ
数日にわたって行方がわからなくなっていた夫・真治(松田龍平)が、まるで別人のように優しくなって帰ってきたことに戸惑う妻・鳴海(長澤まさみ)。
それ以来、真治は毎日どこかへ散歩に出かけるようになる。同じ頃、町で一家惨殺事件が発生し、不可解な現象が続発。
取材を進めるジャーナリストの桜井(長谷川博己)は、ある事実に気づく。不穏な空気が町中を覆う中、鳴海は真治から「地球を侵略しに来た」という衝撃的な告白を受ける。
今更レビュー(ネタバレあり)
黒沢清監督と劇団イキウメ
黒沢清監督のSFスリラー。公開時に観ているはずだが、長澤まさみと松田龍平が並んで海を眺めている横顔のポスタービジュアルと、郊外都市に自衛隊車両が何台も走り抜けていく場面以外は、なぜか記憶が抜け落ちている。
別に宇宙人に頭の中の何かを盗まれたわけでなく、私の記憶機能が経年劣化してきただけなのだが、同じ2017年公開の三島由紀夫原作SF『美しい星』(吉田大八監督)の内容と、混同しているのかもしれない。
あちらは本当に宇宙人がいたのかは怪しいものだが、こちらは確実に三体の異星人が侵略目的で地球にやってくる話。
本作に前川知大の同名原作があることは今回初めて知り、再観賞前に読んでみた。もとは、彼が主宰を務める劇団イキウメの舞台として書かれたものだ。
残念ながら舞台は観ていないが、原作だけでもとても面白かった。そして不思議に思った。あれ、クロサワの映画って、こんな内容だったか?
その概念、もらうよ
この物語の特徴的な部分は、宇宙人たちが地球侵略にあたり標的について理解しようと、人間の頭の中の物事の概念を集め始めることだ。
「仕事」や「家族」、「自分と他人」といった概念を誰かに明確にイメージさせ、それをその人間から奪ってしまう。奪われた者はもう、その概念を理解できなくなり妙な行動をとり始める。
郊外都市に侵入した三体の宇宙人は、こうして散歩をしながら周囲の人々の概念を盗み続け、町には異常者が溢れてくる。このように、静かに侵略準備が進んでいく。

派手な動きといえば、当初に一家猟奇殺人事件が起きたくらいで(当然、宇宙人の仕業)、あとはまるでホームドラマのような日常感で、物語が進んでいく。だが、原作は、そこがとても面白い。
映画は何が違うのか。基本的なストーリー運びも登場人物も大きくは変わらない。
最初に間違えて金魚に憑依した宇宙人は、女子高生の立花あきら(恒松祐里)に乗り替わって、解剖ついでに一家惨殺。
仲間の美少年、天野(高杉真宙)はフリージャーナリストの桜井(長谷川博己)をガイドとして引き入れ、三人で行動し、侵略のための通信機を製作しようとする。
◇
一方、地球に派遣された三体のうちのもう一人は、加瀬真治(松田龍平)に憑依する。
夫婦関係が崩壊していた妻の鳴海(長澤まさみ)は、真治との突如噛み合わなくなった会話にブチ切れるが、謎の健忘症だという医師の診断に、仕方なく疎遠だった夫と生活を再開する。
原作との違いはどこか
黒沢清監督が撮るのだから、映画は全編、不穏な雰囲気に包まれたサスペンス・スリラーのタッチになっている。どの場面も薄暗くて、不気味で、何か不吉なことが起きそうな雰囲気に満ちている。
これこそクロサワ映画の醍醐味だと思うし、私だってそれを望んでいるくせに、この不気味な雰囲気は、前川知大の原作とはどうも相性が良いといえない気がする。
◇
誰かにイメージさせた概念を、松田龍平や高杉真宙が「それ、もらうよ」と相手の額に指を当てて盗むシーンは、仮面ライダーの演出に出てきそうでちょっとコミカル。

一方で、恒松祐里の背後で大型トレーラーが横転したり、自衛隊の戦闘機が爆撃してきたり、終盤にはついに宇宙から無数の火の玉が降ってくる侵略が開始されたりと、カネのかかってそうな特撮シーンも多い。
そのため、映画全体はゴージャスだが、ずいぶんとうるさく慌ただしい印象。黒沢監督の『岸辺の旅』が好きな私としては、真治と鳴海の夫婦の会話劇だけでも十分満足できるのだが、あまり落ち着いて観ていられない。
◇
キャスティングの肝は何といっても、加瀬真治役の松田龍平だろう。
理屈っぽい会話と無反応かつ飄々としたリアクション。普段の演技がこれほど宇宙人っぽく見える俳優も珍しいのだから、今回も地でやっているようにしかみえない。

ボケ味絶妙の夫を相手にする妻の鳴海役に長澤まさみ。
浮気していた夫とは冷え切った仲だったが、頓珍漢な受け答えにはじめはキレ気味だった彼女が、以前と違い素直に返答する夫に新婚時代を思い出し、忘れかけていた感情を取り戻す。
前は箸もつけなかった手料理を美味しく食べてくれる夫にちょっとはにかむ長澤まさみが可愛い。夫に「目的は地球侵略だ」といわれる長澤まさみが、『シン・ウルトラマン』の浅見隊員を思わせる。

おい、俺に乗り移るか?
面白いのはジャーナリストの桜井役の長谷川博己。
はじめはスクープ欲しさに、宇宙人天野のガイドを引き受けるが、「これはいよいよ地球のピンチだ」とショッピングモールで街頭演説を始め危機を訴える。でも、当然誰も真に受けない。
結局桜井は、駆逐される人間でありながら、なかば投げ槍になって、天野たちの侵略準備に手を貸す。離婚後会っていない息子の姿を、同じ年ごろの天野に重ねたせいかもしれない。

狂気を帯びる長谷川博己は『MOZU』でお馴染みだが、『シン・ゴジラ』の主人公の時とは真逆の行動。銃撃で死にそうになった天野に、「おい、俺に乗り移るか?」とロックな生き様を見せる。
実際、天野や立花あきらが死に、ひとりで侵略の準備を整えた桜井は、憑依されているように見えた。
◇
宇宙人たちは相当強いらしい。人類を滅亡させて地球を侵略する。ある程度概念が集まれば、およそ人類のことは理解でき、あとは滅ぼすだけ。侵略が始まれば、早くて3時間、遅くとも3日で方がつくという。

そうとも知らず、厚生労働省の高官(笹野高志)が、SWATみたいな部隊を操り、宇宙人駆除を試みる。
重鎮・笹野高志がひとりだけ場違いなスーツ姿で真面目な芝居をするだけで、妙に面白い。宇宙人たちより彼の正体の方が怪しい気さえする。
「愛」の概念を奪って
以下、ネタバレになるので、未見の方はご留意願います。
原作では、終盤に地球侵略が避けられないと観念した鳴海が、「もうあなたに会えなくなるのなら、いっそ私から『愛』の概念を奪って」とすがる。
愛さえなければ、ようやく心が通じ合った夫が宇宙に戻っても、また寂しい思いをしなくてすむからだ。渋々ながら、それを奪った夫は、初めて地球人の愛を知り、この星に留まろうとする。
こうして地球侵略は阻止される。そんな展開が、ごくあっさりとさりげなく書かれている。
私はこの切れ味のよい終わり方が好きだったが、映画はそこにオマケが加わる。
まずはカネをかけた<侵略>そのもののシーン。確かに迫力はあるし、実に黒沢清監督らしい映像となっているが、この場面は必ずしも必要ではなかったのでは。
その2か月後に、愛の概念をなくし、入院治療している妻の鳴海に真治が「ずっとそばにいるよ」と寄り添うシーン。これも余計だ。原作の切れ味が損なわれてしまう。
◇
彼女から奪った愛で侵略を思い留まるところで終わって欲しかった。ここはちょっと残念。小泉今日子をカメオで出したかったのは分かるけど。
黒沢監督らしいスリラーにはなっているが、やはり、舞台用に書かれたオリジナルを映画で超えることは難しい。