『幸福な食卓』今更レビュー|そして、オトンはやさぐれた

記事内に広告が含まれています。
スポンサーリンク

『幸福な食卓』

瀬尾まい子の同名原作を小松隆志監督が映画化。北乃きいと勝地涼の共演が初々しい。

公開:2007年 時間:108分  
製作国:日本

スタッフ 
監督:        小松隆志
脚本:       長谷川康夫
原作:       瀬尾まいこ

           『幸福な食卓』
キャスト
中原佐和子:     北乃きい
大浦勉学:       勝地涼
中原直:       平岡祐太
小林ヨシコ:      さくら
中原弘:       羽場裕一
中原由里子:    石田ゆり子
中学の担任教師:   中村育二

勝手に評点:3.0
  (一見の価値はあり)

あらすじ

「父さんは今日で父さんをやめようと思う」佐和子(北乃きい)の父・中原弘(羽場裕一)はある朝の食卓で言った。母の由里子(石田ゆり子)は家を出て、天才と呼ばれた兄・直(平岡祐太)は大学に行かず、突然農業を始めた。

戸惑いながら生きる佐和子は、転校生の大浦勉学(勝地涼)と出会う。驚くほど単純な性格の大浦だが、いつしか佐和子にとっては心の支えとなっていた。二人はそろって同じ進学校に合格し高校生活を始める。

今更レビュー(まずはネタバレなし)

吉川英治文学新人賞を獲った瀬尾まい子の同名原作を、北乃きいの初主演で映画化。監督は、自主映画界では名の知れた『いそげブライアン』を撮った小松隆志

昨年の『夜明けのすべて』(三宅唱監督)がとても良かったので、瀬尾まい子原作の映画を追いかけ始めた。

この映画は2007年の公開時以来18年ぶりに観たが、何といっても、オーディションで主人公の15歳の少女・中原佐和子役に選ばれた北乃きいのフレッシュな魅力に圧倒される。

(C)「幸福な食卓」ASSOCIATES

まだ、女優としては駆け出しの原石のような輝きだが、ここから『ラブファイト』(2008)、『ハルフウェイ』(2009)、『武士道シックスティーン』(2010)と粒揃いの作品の主演に起用され続け、活躍の場を広げていった。

彼女が本作で演じた佐和子は明るく素直な性格の娘だが、毎朝食卓を囲む家族は複雑な事情を抱えている。この辺の設定は、実に瀬尾まい子の作品らしい。

冒頭の朝食のシーンで、「父さんは今日で父さんをやめようと思う」と宣言する父の中原弘(羽場裕一)

動じる様子もなく、それを受け容れる兄の(平岡祐太)は、地元では知られた秀才だったが、大学進学もせず、農作業に精を出す。佐和子は兄の通った進学校の西高を目指し、受験勉強中だ。

一家の食卓に母親の姿はないが、母の由里子(石田ゆり子)は家を出て独りで暮らし、近くの和菓子屋で働いていた。教師だった父が三年前に、突如リスカで自殺未遂をおこしたことがきっかけらしい。

複雑そうな家庭環境にあって、マイペースで健やかに生きる元気な少女。

まるで『そして、バトンは渡された』の原型のような話だが、両親がバトンリレーをするように、次々と交代しながら少女を育てていく同作よりも、実際に家族が崩壊しかかっている本作の方が、深刻度合いは高い。

(C)「幸福な食卓」ASSOCIATES

『そして、バトンは渡された』は本屋大賞の原作こそ良かったのだが、人物設定やら終盤の展開をこねくり回して改悪した結果、映画は愛読者にはそっぽを向かれる内容に様変わりしていた。

それに対し、本作は瀬尾まい子ならではの原作の空気感を大切にし、忠実に映像化がなされていた。壁にぶつかりながらも、前を向いて家族と生きていこうという姿勢が、誇張されることなく伝わってきて、好感が持てた。

そこに『夜明けのすべて』のような映画的なアレンジが加われば更に嬉しいが、瀬尾原作の初映画化としては、十分満足できる出来だと思う。

佐和子と交際するようになる、転校生の大浦クン(勝地涼)がとても純情な中学生で、この二人の関係が見ていてとても微笑ましい。裕福な家のボンボンだが、まるで嫌味がない(塾にゼロハリのアタッシェケースは笑)。

当時、勝地涼は既に『亡国のイージス』(2005)等で注目されていたが、本作に登場する理屈っぽいのだが単純で憎めない大浦勉学というキャラは、彼以外に考えにくいほどのハマリ役。

勉も学も名前としては平凡だが、並べるだけで恐るべきインパクト。18年経った今でも、勝地涼を見ると思い浮かぶのは大浦勉学の名だ。前髪クネ男『あまちゃん』)ではない。

優しい兄の役には『スウィングガールズ』平岡祐太。もの静かな父親・にはドラマ・舞台を中心に活躍するベテラン、羽場裕一。この辺は雰囲気的にも家族に見える。

ただ、家を出てしまった母親の由里子役に石田ゆり子は、長男の年齢を考えると、ちょっと若すぎかな。でも、石田ゆり子は、令和の現在でも年取ってないというか、何なら今のが若く見えるって、凄くない?『ベンジャミン・バトン』かよ。

兄の直のぶっ飛んだ行動のカノジョ・小林ヨシコ役にはさくら。善人ばかりが登場する瀬尾まい子ドラマにおいて貴重な、憎まれ役である。ヨシコのおかげで、物語に毒気と刺激が注入される。ちなみに、さくら『そして、バトンは渡された』田中圭の奥さん。

今更レビュー(ここからネタバレ)

ここからネタバレしている部分がありますので、未見・未読の方はご留意ください

佐和子と勉学が西高の合格発表を見に行くのだけれど、受験番号の隣に名前まで掲示されてるのだが、そんな学校あるのか? 

ともあれ、揃って志望校に合格し、仲良くクリスマスに向けプレゼント交換の準備。新聞配達で労働してプレゼントを買うんだと張り切る勉学に、手編みのマフラーで応える佐和子。甘酸っぱい。

勉学の真似をして「おうっ」と独り言をいう佐和子が可愛い。雪の舞う富士急線の駅での別れ。

でも、クリスマスが近づくとともに上昇する幸福度の先に、唐突な悲劇がやってくるなんて。これは顛末を知っていても、いつも驚く。幸福の絶頂からの、雨の夜の葬式。

そう、あの明るく爽やかな大浦勉学は、新聞配達中にクルマに衝突し死んでしまう。何という喪失感だろう。佐和子とともに、我々は茫然自失する。この急転直下は衝撃的だ。

思えば、冒頭からここまで、この一家が「幸福な食卓」を囲んだことがあっただろうか。

「そろそろ家に帰ってこようかな」と切り出す母にも
「別にいいよ。どうにもならないし」と素っ気なく突き放し、
「死にたかった父さんが死なずに、死にたくない大浦クンがなんで死ぬのよ!」
と家族に毒を吐く佐和子。

でもそれを咎める者は誰もいない。みんな、彼女の心の傷の深さを知っている。そんな佐和子に立ち直りの道筋を示すのが、いがみ合っていたヨシコというのは心憎い展開だ。

ようやく心が落ち着いた佐和子は、大浦の母から息子の用意していたプレゼントと手紙を受け取る。

そこには、突然人生が終わることなど想像だにしていない勉学から佐和子への、長い人生を二人で歩むための一回目の宣言が書かれている。

ああ、手書きのラブレターって伝わるなあ。ベタな泣かせの演出にせず、ただ勉学の単純で憎めないキャラを際立たせているのがとても良い。

ラストは、川沿いの道を前を向いて歩く佐和子を映しながら、Mr. Children「くるみ」が流れる。

ミスチルの名曲のひとつだが、本作のオリジナルバージョンとなっている。歌詞とストーリーが重なっていき、つい聴き惚れてしまう。

フルコーラスで曲が聴けたのはよいのだが、台詞もなくただ歩くだけの佐和子の映像に、普通ならエンドクレジットを重ねるはずだ。むしろ、ここでエンドロールが出てこないのが不思議なほど、お膳立てが整っている。

だが、なぜか本作は、「くるみ」の曲が終わってから、わざわざ別なインストの主題曲でクレジットだけを見せる。それだけ、じっくりミスチルを聴かせたかったのかな。