『ボーはおそれている』
Beau Is Afraid
アリ・アスター監督の妄想世界が炸裂する3時間にあなたは耐えられるか
公開:2024 年 時間:179分
製作国:アメリカ
スタッフ 監督・脚本: アリ・アスター キャスト ボー・ワッセルマン: ホアキン・フェニックス (若き日) アルメン・ナハペシャン ロジャー: ネイサン・レイン グレース: エイミー・ライアン セラピスト: スティーヴン・マッキンリー・ヘンダーソン モナ・ワッセルマン: パティ・ルポーン (若き日) ゾーイ・リスター=ジョーンズ トニ: カイリー・ロジャース エレーヌ: パーカー・ポージー ペネロペ: ヘイリー・スクワイアーズ ジーヴス: ドゥニ・メノーシェ
勝手に評点:
(悪くはないけど)
コンテンツ
あらすじ
日常のささいなことでも不安になってしまう怖がりの男ボー(ホアキン・フェニックス)は、つい先ほどまで電話で会話していた母が突然、怪死したことを知る。
母のもとへ駆けつけようとアパートの玄関を出ると、そこはもう“いつもの日常”ではなかった。
その後も奇妙で予想外な出来事が次々と起こり、現実なのか妄想なのかも分からないまま、ボーの里帰りはいつしか壮大な旅へと変貌していく。
レビュー(まずはネタバレなし)
期待度第一位らしい
『ミッドサマー』、『ヘレディタリー 継承』 のアリ・アスター監督の新作、製作はA24。まともな映画じゃないことは想像できるが、今回はどこまで異色作なのか。
主演はなんとホアキン・フェニックス。期待が高まるよね、分かります。公開月のFilmarks期待度第一位作品だって? それも肯ける。
でも、期待度が作品評価に直結するほど甘くはない。来月に落胆度のランキングも教えてほしい。本作はきっと上位に食い込んでいるだろう。
◇
ネタバレなしに語るには限界があるが、本作は何事にも怖がりな中年男ボー(ホアキン・フェニックス)が、独り暮らしのアパートから、不慮の事故で怪死したと思われる母のいる実家へと向かう旅の物語だ。
ただ帰省するだけなら容易だが、なぜか家を出てから数々の災難に見舞われ、身の危険に晒されながら、どうにか家路に着こうとするボーの怪奇な冒険譚とでもいおうか。
序盤の展開は快調だったが
冒頭、暗闇に遠くから女の騒ぐ声が聞こえる。これだけで相当怖い。さすがアリ・アスター監督。そこからぼんやりとした映像が浮かび始める。出産のシーンなのだ。
そしてすぐに数十年の歳月が流れ、ボーはオッサンになっている。何か精神安定の薬をセラピスト(スティーヴン・マッキンリー・ヘンダーソン)に処方され、「必ず水と服用しろ」と念を押される。
ここからボーが老朽化したアパートに戻り、そこからの生活描写がメチャクチャ面白い。
建物の周辺はホームレスや全身タトゥー男、ドラッグ中毒っぽいヤバい連中が半裸で徘徊。そこをラグビーのようにすり抜けてアパートに駆け戻るボー。
オンボロのアパートには、壊れかけたエレベータ、爆音で音楽を深夜に流す隣人、逃げ出した毒蜘蛛、おまけに断水で薬を服用する水がない!
寝過ごしたり、アパートの鍵を盗まれたりで、ボーは父の命日に実家に帰るフライトに乗れない。母に電話をしても、どうやら帰りたくないために、息子が嘘をついていると疑っている。このあたりから、珍妙な悲喜劇が始まる。
ここではネタバレはしないものの、ネタのキレが悪い。これが本作最大の難点だと思う。
ただの妄想映画だったらまだあきらめもつくが、中途半端にオチがある。これがどうもなあ。この内容で3時間は徒労感が大きい。若者ではないが、タイパは最悪だと嘆きたくなる。
途中で席を立ったら傑作
ただ、全編がダメなわけではない。
特に前半部分、オンボロアパートでボーが暴徒たちに苦しめられる序盤戦から、アパート前の路上でクルマにぶつかったり狂人に刺されたりでボーが死にかけ、ロジャー(ネイサン・レイン)とグレース(エイミー・ライアン)の医者夫婦に介抱され世話になるまで。
このあたりの、何か不都合な真実が隠されているかのような不穏な空気と、ボーの的外れな行動がメチャクチャ面白い。
ところどころで、答えに繋がるヒントみたいなものが与えられるのだが、それが明かされない中盤までのドラマ運びはA24作品っぽくて、嫌いじゃない。
もし映画の中盤、この辺で急用を思い出して劇場の席を立ったとしたら、きっと本作は高評価作品で終われたと思う。
◇
アリ・アスター監督は、「こういう作品が以前から撮りたかったそうだ。この作品が大嫌いだという人もいれば、大好きだという人もいる。そういう極端な映画なのだ」という。私とは、周波数が合わなかっただけなのだろう。
だから、この作品は薦めないというよりも、特に前半部分の厭世的な笑いを味わってほしい気もする。ついでに後半で落胆するかどうかも体感していただけたらと思う。
レビュー(ここからネタバレ)
ここからネタバレしている部分がありますので、未見の方はご留意ください。
母よあなたは強かった
以下、ネタバレというよりは、私の推論で書いているので、まったくの的外れかもしれないことをお断りしておく。
本作は前半、飛行機に乗り損ねて実家に帰れずボーが電話した母を、息子を愛する田舎住まいの優しい老母と私は勝手にイメージしていた。
◇
バイオレンス溢れるアパート周辺が現実社会なのか妄想なのか手がかりは少ない。だが、ボーが次に世話になったロジャーとグレースの郊外の住宅、そこには生意気な娘のトニ(カイリー・ロジャース)もいて、少しずつ真実が語られそうになる。
トニが「これはテストだったの!あなたは両親を奪ったの!」と叫んでペンキを飲んで自殺しようとしたり、グレースが「チャンネル78を見て」とボーに囁き、彼の生活が監視されていることを密告したり。
つまり、何者かがボーの日常をモニタリングしている。バブル世代なら、ジム・キャリーの『トゥルーマン・ショー』を思い出すかもしれない。
テレビを見て、自分が監視されていることに気づくシーンは、マイケル・ダグラスの『ゲーム』にもあったと記憶する。
ただ、これらの作品の切れ味の良さに比べると、本作はどうも分が悪い。ネタが明かされても、そうだったのかという納得感が得られないのだ。
母は生きていた
ボーは郊外の家を脱出し、森の中で不思議な劇団員たちと交流し、そしてようやく自宅に帰る。
亡くなったボーの母モナ・ワッセルマン(パティ・ルポーン)は、ただの田舎の老母ではなく、一大企業グループMWを経営する大富豪の会社オーナーだった。
ここで映画の序盤から町の広告やTVやネット上で、彼女のイニシャルで社名のMWのロゴが何度も登場していることに気づく。
モナはシャンデリアの落下で首がもげて死に、棺には首無しの遺体。そして葬儀の晩になって弔問に訪れたエレーヌ(パーカー・ポージー)。彼女は、ボーが少年時代に豪華クルーズで出会った初恋相手。今はなぜかMWの社員だった。
久々の再会で、母の葬儀の日に母の寝室で性行為に励む二人。そしてエレーヌは腹上死。驚くボーの前に、死んだはずの母モナが現れる。
小さい頃から、息子を溺愛するあまり厳しいしつけで縛り付けてきたモナは、家に帰りたくないために嘘をついた(と疑っている)ボーを許せなかった。
そのため、長年勤めていたメイドにカネを与えて首を刎ね、自分の事故死を偽装工作してボーを呼び寄せたのだ。
理性で観ていいのか、妄想なのか
ここまでくると相当に無理筋なおとぎ話展開である。ボーが子供の頃からこのヒステリックな母の影響で、強迫性の疾患があることは理解できる。だが、モナが実際にどういう手を使って、ボーをここまで連れてきたのかに、まるで納得感がない。
例えば、モナの邸宅に貼られたMWの従業員の顔写真。序盤のアパートでボーを苦しめたタトゥー男をはじめ、医者のロジャーや初恋のエレインの顔もある(この解き明かし方は『シャイニング』のようだ)。
また、ボーに薬を処方した主治医にもモナの息がかかっている。ロジャーがボーをクルマで轢き殺しかけたというのは、真実ではなく、モナの指示で彼を屋敷に連れてくる算段だったのかもしれない。
エレインがどういう経緯で社員になっているのかは不明だが、初恋相手となった生意気な少女を、カネで縛り付けたのか。
主人公をとりまく連中が、みんな敵の関係者のなりすましだったというのも、デヴィッド・フィンチャーの『ゲーム』的であるが、それを明かされても、どうやって仕組んだのかが頭に浮かばないために、このネタバラシは筋が悪い。
いっそのこと、はじめからデイヴィッド・リンチの映画みたいに幻想と明示して、解明無用と言ってくれると精神的に救われる。
モナがボーをトラウマとなっている屋根裏に閉じこめると、鎖に繋がれた双子の兄弟や巨大ペニス怪獣、更になぜか窓から退役軍人のジーヴス(ドゥニ・メノーシェ)が乱入してくる。
もうこうなると混乱の極み、まるで山本政志の『脳天パラダイス』だ(あっちには巨大女性器怪獣が出てくるな)。
◇
最後には、母を殺しかけ、ボートで水面を逃げるボーを取り囲むように円形劇場の客席が現れ、彼の裁判が始まる。うーん、そうきたか。これなら異色ホラー『ミッドサマー』の方が、余程爽快感があった。
「みんな、どん底気分になればいいな」
アリ・アスター監督はそう語っていたが、まんまと術中にはまってしまった。