『天気の子』
愛にできることは まだあるかい
公開:2019年 時間:114分
製作国:日本
スタッフ 監督・脚本: 新海誠 声優 森嶋帆高: 醍醐虎汰朗 天野陽菜: 森七菜 天野凪: 吉柳咲良 須賀圭介: 小栗旬 須賀夏美: 本田翼 須賀萌花: 香月萌衣 安井刑事: 平泉成 高井刑事: 梶裕貴
勝手に評点:
(一見の価値はあり)
コンテンツ
あらすじ
離島から家出し、東京にやって来た高校生の帆高。生活はすぐに困窮し、孤独な日々の果てにようやく手に入れたのは、怪しげなオカルト雑誌のライターの仕事だった。
そんな彼の今後を示唆するかのように、連日雨が振り続ける。
ある日、帆高は都会の片隅で陽菜という少女に出会う。ある事情から小学生の弟と二人きりで暮らす彼女には、「祈る」ことで空を晴れにできる不思議な能力があった。
一気通貫レビュー(ネタバレあり)
前作の路線踏襲ではない
メガヒットの前作『君の名は。』の次にどのような作品を持ってくるのか、興味深く待っていたが、コンサバな同系統の作品というわけではなかったのは意外。
前作では隕石落下、本作では異常気象、そして『すずめの戸締まり』では大地震。人間の力では抗いようのない自然災害のような相手に対し、徒手空拳で挑んでいくような物語のプロットには通底するものがあるといえる。
だが、童貞臭がすると揶揄された前作の男女のお花畑的なファンタジーから大きく路線変更し、本作は現実社会の厳しさが強く打ち出されている。
離島から家出してくる少年、未成年で職探しにも苦労し続け、歌舞伎町の路地で膝を抱える。貧困と飢餓。
少年がそんな境遇なら、少女もまた、マックのバイトをクビになり、金欠で風俗系のスカウトにひっかかりそうになる。おまけに、少年はちょっとした偶然で、ゴミ箱に捨てられた拳銃を拾い、威嚇目的とはいえ発砲までする。
◇
このリアルワールドには驚く。新海誠と川村元気がさんざん議論を重ねた末の方向性なのだろう。だが、少年少女相手に健全なアニメ映画を提供し、保守的な社風で知られる東宝にしては、思い切った設定を認めたものだ。
この危険な香りのするリアル設定と、品の良い坊ちゃん嬢ちゃん風キャラクターデザインは、けしてマッチしてはいないのだが、新鮮ではある。
傷だらけの天気
人物描写以外は、とことんディテールにこだわった舞台や小道具はいつもの新海スタイル。スマホの活用は前回で飽きたのか、今回はYahoo!知恵袋が大活躍。
今回も新海誠の代名詞ともいえる空や雲の映像が堪能できるが、天気の話であるだけに、過去作以上に晴れと雨、そして雲の描写が素晴らしい。
ファーストショットが雨にかすむ新宿の俯瞰ショット、そして病室の窓にピントが送られる。この映像処理だけで、(少なくとも天候に関しては)他のアニメ作品とのレベル差がはっきりと感じ取れる。
雨天の中でそこだけ一条の光がさしている、代々木の廃ビル。屋上に神社の鳥居がある。
このビルは筆者世代にはショーケンと水谷豊の名作ドラマ『傷だらけの天使』の舞台として既に聖地であったが、本作により再び脚光があたることとなる(解体されてしまったが)。
◇
お金に困っている陽菜を助けようと、帆高は特定のエリアに晴れを呼び込むビジネスを思いつく。晴れ1回、5000円。それじゃ高いか、じゃあ3400円。何せ、陽菜は<100%の晴れ女>なのだ。
映画化もされた村上春樹の短編に、『4月のある晴れた朝に100パーセントの女の子に出会うことについて』というのがあったが、関係ないか。村上翻訳の『キャッチャー・イン・ザ・ライ』の本は出てきたけど。
人類か、愛する女か
さて、長く雨続きの異常気象のなかで、この晴れ女ビジネスは盛況となる。人々はひと時の晴れ間に歓喜する。
ずっと雨天が続いたあとでの、少しずつ陽光がさしてくる映像表現は実に神々しい。神宮の花火大会も美しいし、お台場のフリマ会場もまぶしく輝いている(今はなき観覧車やヴィーナスフォートも姿をみせる)。
だが、楽しい時間は長くは続かない。特殊な力を使ったあとで、その代償が求められるのは世の常だ。天気の巫女は人柱であり、彼女が犠牲になり彼岸の向こうに行かなければ、東京に晴れ間は来ない。
地球温暖化や異常気象といったテーマは全世界的に注目を集める題材であるが、本作のようなアニメで取り扱うのは珍しいのではないか。
本作で帆高は、人柱となって天へと姿を消した陽菜を取り戻そうと懸命になる。彼女が消えたおかげで、東京にはようやく晴天が戻り、平和な日常が帰ってきた。
彼女を連れ戻すことができたとしても、再び豪雨が続くことになり、それは望ましいことといえるのか。だが、帆高に葛藤はない。
人類を選ぶか、愛する一人の相手を選ぶか。これは新海誠が、初期の作品『雲のむこう、約束の場所』(2004)でも取り扱ったテーマだが、結論は揺るがない。
◇
なお、陽菜がこの特殊能力を得たのは、病室の母の回復を祈って、屋上神社の結界を越えてしまったのがきっかけだ。新海誠は、陽菜の母の死や帆高の家出の理由等、主人公の過去を本作ではあえて語らないようにしたという。
だが、陽菜の母にも、この天気の巫女の能力があったのではないか。だからこの母が病床に伏してから、東京は雨続きとなった。一族が特殊な力を受け継ぐのは、巫女の家系の『君の名は。』や、封印の石を置く『すずめの戸締まり』でもお馴染みの設定だ。
気になった点
厳しい現実社会を描いた設定ならば、もっとエッジを効かせてもよい気はしたが、気になる点もいくつか。
帆高の面倒を見てくれる雇用主の須賀圭介はいかにもアニメに登場しがちな、ややひねくれ者だが実は優しいという、大人の男の定番キャラ設定に思えた。
「もう大人になれ少年。人柱一本で狂った天気が戻るなら俺は歓迎だぜ」
『エヴァ』でいえば加持リョウジのポジションですな。
漫画のようなリーゼントの高井刑事は拳銃不法所持の高校生を何度も取り逃がすマヌケぶりだ。
また、人情派の安井刑事は、声優が平泉成ではあまりに特徴があり、分かりやすすぎる。かつて、あのクセの強い語りの吉岡秀隆でさえ、声優仕事の際には個性を消させた新海誠にしては違和感あり。
◇
音楽は『君の名は。』に続きRADWIMPS。前作はMVのようなドンピシャの高揚感があったが、本作では違う線をねらっている模様。どちらかといえば、しっとりとした感じの曲と詩が胸に沁みていく。女性ボーカルとして女優の三浦透子を起用したのも的を射ている。
絶対大丈夫
ラストシーンは当初に野田洋次郎が作った歌詞にある「大丈夫」というフレーズが使われた。メッセージ性が強すぎてしばらく新海誠は敬遠していたが、最後になってこの言葉に戻ってきたという。
「陽菜さん、ボクたちはきっと、大丈夫だ」
二人が再会を果たした後のこの決め台詞が、私にはしっくりこなかった。
その後、スワローズ優勝で高津監督の唱え続けた「絶対大丈夫」が有名になりすぎてしまったこともあるが、メッセージ性が強いというより、言葉としてありふれすぎているから、印象に残らない。いくら、台詞と重ねて、そしてエンディングテーマで大きく歌が流れても、効果は変わらない。
ラストで、田端駅近くの坂道で雨天のなか祈りを捧げていた陽菜。もはや天気の巫女ではないのに、そうせずにはいられないのは、彼女の誰かの役に立ちたいという切なる思いからなのだろう。
そんな彼女を抱き締めて帆高がいうべき言葉には、もっとパワーワードが入っていてほしかった。「天気なんて異常のままでいい!」と言っていた帆高少年の、心の叫びよもう一度。