『言の葉の庭』
「愛」よりも昔、「孤悲」のものがたり。
公開:2013年 時間:46分
製作国:日本
スタッフ 監督・脚本: 新海誠 声優 秋月孝雄: 入野自由 雪野百香里: 花澤香菜 秋月翔太(兄): 前田剛 松本: 井上優 相沢: 小松未可子
勝手に評点:
(一見の価値はあり)
コンテンツ
あらすじ
靴職人を目指す高校生タカオは、雨が降ると学校をさぼり、公園の日本庭園で靴のスケッチを描いていた。
そんなある日、タカオは謎めいた年上の女性ユキノと出会い、二人は雨の日だけの逢瀬を重ねて心を通わせていく。
居場所を見失ってしまったというユキノのために、タカオはもっと歩きたくなるような靴を作ろうとするが…。
一気通貫レビュー(ネタバレあり)
本来の作風に戻ってくれた
本作は46分の中編で公開と同時にDVD販売が上映館で行われる特殊な興行形態だったそうだ。
尺としては短いが、前作『星を追う子ども』で結局宮崎駿路線に行ってしまい個性を失ってしまうのかと危惧された新海誠が、大きなお世話だと言わんばかりに、独自の世界観を見事に具現化してくれた。
彼が初期作品からこだわり続けた新宿の街並みは、今回高層ビル群ではなく、新宿御苑の美しい日本庭園を中心にふんだんに描かれる。
新宿御苑のベンチでいつも雨の日に出会う男子高校生のタカオと、会社に行かないOL風の女性・ユカリ。
大学に進学せず、靴職人を目指しているタカオと、「歩き方を忘れた」と昼間から庭園でビールを飲んでいるユカリ(公園は飲酒禁止だと最後に注意書き)。
彼女が少年に残した一篇の万葉集の歌。梅雨の季節に出会った二人は、夏が来れば会う機会を失う。ろくに言葉も交わさないが、やがて、二人は気になる存在になる。
そして少年は、その女性は女生徒のいじめで学校をやめるはめになった、自分の高校の教師と知る。
新海作品の風景描写の美しさは今更言うまでもないが、本作の雨降る新宿御苑の描写は、実に見事で思わず見惚れてしまう。雨に濡れた床の映り込みや、ネオンの灯りの取り込みなど、雨の匂いが漂ってきそうなリアル感。
そういえば、出会ったときにもらった万葉集の短歌の返歌をしなければ。靴職人をめざす少年は、彼女に靴を作る。ああ、純愛。新宿の緑が目に清々しい。
歩く練習をしていた二人
タカオが幼い頃、母の誕生日に父と一緒にプレゼントしたハイヒール(ダイアナ製)。家族が幸福だったあの頃の想い出が、少年を靴職人の道に歩ませる。
一方、ユカリがチョコと酒ばかりを好み料理下手なのは、味覚障害のせいだと明かされる。彼女は、心身がズタズタになるトラブルで疲弊していた。
◇
生徒と教師の恋愛というと古臭い設定に聞こえるが、少年はその事実を知らなかったし、知った頃には彼女は退職しているから、倫理観は問題なかろう。
でも、靴の型取りのために彼女の素足に触れたり、そのあとには二人で朝食をとるシーンもあったりと、深い関係になったと思わせる演出はあり、新海作品では珍しいか。
靴がなくても歩けるようになる練習をしていた女教師と、自分もまた、歩く練習をしていたのだと気づかされる少年。大都会のなかで出会い、今まで生きてきて一番の幸福をかみしめ、互いのことを求め合う。
◇
最後に流れてくる曲は<Rain>。大江千里の曲だが、ここでは秦基博が伸びやかに歌い上げる。
『秒速5センチメートル』の山崎まさよしの曲でも感じたことだが、普通であればエンディングで流す曲の入り方があまりにあざとい感じになり、世界観が途切れたように思うところ。
だが、新海作品では不思議とスムーズに映像から歌詞に気持ちが移り変わる。これはとても心地よい。
新海誠監督が、この手の二ッチな世界を美しく、そしてリアルに描いてくれていれば、観ている者は満足だ。
そう思っていた人は多かったのではないかと思うが、いよいよ次作から、アニメの興行記録を塗り替えるメガヒットが続いていくことになる。