『四月物語』(1998)
『ARITA』(2002)
『四月物語』
岩井俊二監督が松たか子を撮った『四月物語』、広末涼子を撮った短編『ARITA』の二作品レビュー。
公開:1998 年 時間:67分
製作国:日本
スタッフ 監督・脚本: 岩井俊二 キャスト 楡野卯月 : 松たか子 山崎先輩 : 田辺誠一 北尾照子 : 藤井かほり 深津 : 津田寛治 佐野さえ子 : 留美 画廊の紳士: 加藤和彦 サラリーマン: 光石研 卯月の後輩 : つぐみ 劇中劇<生きていた信長> 織田信長: 江口洋介 明智光秀: 石井竜也 斎藤利三: 伊武雅刀
勝手に評点:
(一見の価値はあり)
あらすじ
北海道の親元を離れ、大学に通うために上京した卯月(松たか子)。新しい人々との出会いなど小さな冒険の中で、卯月は東京の生活に少しずつ慣れていく。そんな彼女には、憧れの先輩と同じ大学を選んだという人には言えない不純な動機があった。
今更レビュー(ネタバレあり)
四月物語だがストーリーは二の次
一時間程度の作品であり、長篇映画というよりは、まだ初々しい松たか子のビデオクリップといった感のある作品である。岩井俊二監督は、前作『スワロウテイル』のスケールの大きさから解放され、小さな作品を撮ってみようと、本作を手掛けたという。
そのせいか、かっちりとした脚本はない。そうはいっても、あらすじを書ける程度の骨格となる話はあるが、言ってしまえば、憧れの先輩と同じ大学を受験し、晴れて北海道から上京して再会するだけのシンプルなストーリーだ。
ただ、タイトル通りに春を感じさせる桜の花びら舞い散る武蔵野の美しい町並みや、立ち姿の美しい松たか子がはつらつと動き回る姿を見ているだけで、岩井作品を観たという充実感は得られる。
冒頭、いきなり北海道(旭川だったか)から列車で上京する娘を見送る一家。父・松本幸四郎を筆頭に母・藤間紀子、兄 ・市川染五郎に姉・松本紀保。本物の家族総出演が度肝を抜く。
だが、肝心の主人公・楡野卯月 (松たか子)は、なかなか顔を見せない。引っ越し荷物が部屋に届く場面まで、彼女は顔をきちんとみせないのだ。何とも奥ゆかしい。
キャンパスライフも二の次
卯月は独り暮らしを始め、武蔵野大学に通い始める。入学式からサークルの勧誘、クラスの自己紹介。キャンパスライフに定番のこのようなシーンは、近年ではコロナ禍で手に入らないものとなっている。多くの学生はオンライン授業に明け暮れ、新入生同士が知り合う機会さえ限定的だ。卯月の学生生活が羨ましい。
ちなみに、本作公開時には架空の存在だった武蔵野大学だが、その後に武蔵野女子大学が校名変更して今では実在するらしい。『踊る大捜査線』の湾岸署みたいなものか。
◇
大学で知り合った友人・北尾照子(藤井かほり)の誘いで釣りサークルに入った卯月。といっても、部長(津田寛治)の指導で、原っぱで新体操のように釣り竿を振り回し、キャストの練習をするだけだ。
どうも、岩井俊二はキャンパスライフをドラマに組み込む気はあまりないらしい。思い付きで、いろいろなシーンが大して脈絡なく飛び込んでくる。でも、それはそれで楽しい。
菅野美穂のBS社製自転車(ラ・クッション)の立て看板に張りあうように並ぶ卯月が、買ったばかりの自転車で町を走るシーン。周囲に制服姿の女児たちが大勢登場するショットは、山口智子の『undo』 以来お馴染みの構図だ。
◇
劇中劇で映画を見せるのも、常套手段になってきたのかもしれない。本作では「生きていた信長」なる時代劇。
『ACRI』の製作に関わった縁で石井竜也が光秀役で出てきたり、のちに大河ドラマ『軍師官兵衛』で演じるのに先立って信長役を江口洋介がやっているのも面白い。ただ、一時間程度の映画の中で、劇中劇に結構時間を割いている意味はよく分からない。
ネット書店じゃこうはいかない
さて、卯月が足繁く通う大学近くの書店・武蔵野堂。ここに憧れの先輩・山崎(田辺誠一)がバイトしているが、とても自分から声はかけられない。
ある日、卯月は意を決して、探している本を彼に頼んで取ってもらい、接近を図る。ドキドキする瞬間。レジでもう一度彼女を凝視した先輩は、「きみ、北高じゃないよね?」
おおー、ひとつ学年が下の自分を、先輩は覚えていてくれた! 甘酸っぱい瞬間。観ている方も、顔がにやけてしまう。本作の田辺誠一は、まだまだ爽やか路線ど真ん中。
◇
二人の仲は、何がどうなる訳でもなく、ただ本屋のレジ前で互いを同じ高校と大学だと認識し合い、突如降り出した雨に、赤い傘(客の忘れ物だけど)を貸してあげるだけなのだ。
ここで潔く映画が終わるあたりも、本作に似合っている気がする。松たか子のファンなら宝物にしたい作品。