『銀の匙 Silver Spoon』今更レビュー|牛に願いを、豚に名前を

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『銀の匙 Silver Spoon』

荒川弘の人気原作を吉田恵輔監督が映画化。酪農高校の生活ってこんな感じなのか。中島健人と広瀬アリスの恋愛薄目な青春映画。

公開:2014 年  時間:111分  
製作国:日本
  

スタッフ 
監督: 吉田恵輔
脚本: 吉田恵輔・高田亮
原作: 荒川弘
  「銀の匙 Silver Spoon」
キャスト
八軒勇吾:   中島健人
        (Sexy Zone)
御影アキ:   広瀬アリス
駒場一郎:   市川知宏
常盤恵次:   矢本悠馬
小野寺:    前野朋哉
稲田多摩子:  安田カナ
吉野まゆみ:  岸井ゆきの
栄真奈美:   北浦愛
中島先生:   中村獅童
富士先生:   吹石一恵
校長:     上島竜兵
南九条あやめ: 黒木華
八軒の父:   吹越満
八軒の母:   宮本裕子
アキの父:   竹内力
アキの祖父:  石橋蓮司
アキの叔父:  哀川翔
駒場の母:   西田尚美

勝手に評点:3.5
      (一見の価値はあり)

あらすじ

進学校に通いながらも受験に失敗し、逃げるように大蝦夷農業高校に入学した八軒勇吾(中島健人)

将来の目標や夢を抱く同級生のアキ(広瀬アリス)や駒場(市川知宏)に劣等感を感じつつ、農業高校の生活に悪戦苦闘の日々。

サラリーマン家庭に育った八軒は、家畜の命を経済動物としか思わない級友たちに、割切れない思いを抱いていた。

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今更レビュー(ネタバレあり)

親から逃げてエゾノーへ

『鋼の錬金術師』で知られる荒川弘による原作コミックもアニメも知らないので、恥ずかしながら、原作比どうなのかは分からない。

だが、北海道の酪農高校の若者たちの日常を通じて、あまり知らなかった酪農家の生活や経済動物と呼ばれる家畜との接し方など、大いに勉強になり、また楽しめた作品。今回久々に観直してみても、その印象は変わらない。

吉田恵輔監督が、ドロドロした人間関係やバイオレンス無しで、ここまでのんびり平和な映画を撮るのは、『空白』『BLUE』など最近の作品を観た後だと、意外に感じる。

「もう、お前には何も期待しない」と、碇シンジ君ばりに父親(吹越満)に見放された八軒勇吾(中島健人)は、全寮制という理由だけで札幌の進学校から大蝦夷農業高校(エゾノー)に入学し、周囲の酪農家に育った子供たちの意識の高さに驚かされる。

自分には彼らのような、夢がない。

ここで学内の陰湿ないじめでも始まると嫌だなと思っていたが、みんなカリキュラムをこなすのに必死でそれどころではない。

そして八軒も、牛の搾乳直腸検査豚の屠畜等、さまざまな実習に加え、馬術部の馬の世話で朝4時起床、敷地1周20kmとハーフマラソン並みの体育授業で鍛えられる中、次第に彼らに溶けこんでいく。

銀の匙 映画 予告

なんとも楽しい配役は原作忠実?

人生に絶望するヘタレ男子だが暗算速度だけは速い八軒に、Sexy Zone中島健人天性の王子様キャラを封印しての黒ぶちメガネの演技は、ファンの目にはどう映ったか知らないが、とても好感が持てた。

八軒が好意を寄せる級友の御影アキに健康美がまぶしい広瀬アリス、そしていつもピチピチのシャツでバストを強調している鬼教官っぽい富士先生吹石一恵

けして偏見があるわけではないが、こんないい女、実際に酪農高校にいるものなのか。こりゃ、吉田恵輔監督お得意の、趣味によるキャスティングだろうと思ったが、コミックをみると、意外と原作に忠実なのかもしれない。

広瀬アリスの都会的な風貌に、牛舎で牛の世話はミスマッチだと当時は思っていたが、その後に妹の広瀬すずも朝ドラ『なつぞら』酪農家の娘を演じており、今となってはあまり違和感はない。

(C)2014 映画「銀の匙 Silver Spoon」製作委員会

アキの隣家(8キロの距離だが)の幼馴染で人気者の駒場(市川知宏)、お調子者の常盤(矢本悠馬)をはじめ、多摩子(安田カナ)まゆみ(岸井ゆきの)など、いつも一緒にいるメンバーのバランスもよい。

酪農あるあるなのか知らないが、牛(バルブ締め忘れで搾乳ダダ洩れ)、豚(可愛がっていた子豚をベーコンにしてみんなで食す)、馬(金策のため売られていく)、鶏(逃げたのを必死で捕獲)と、各経済動物にも、それぞれにエピソードが用意される。

きちんと屠畜シーンを作品に収めている点は、妻夫木聡の『ブタがいた教室』(前田哲監督)より攻めていた(教材用映像だったようだが)。岸井ゆきの実際に牛の直腸検査をやらされてたシーンは、壮絶で女優根性を感じる。

アキの父親(竹内力)が腰を痛めたために、八軒がひと夏彼女の家に住み込んで働くという、恋愛発展必至の展開なのに、安易にそうしていない点も好感がもてる。

(C)2014 映画「銀の匙 Silver Spoon」製作委員会

<豚丼>を通じた八軒の成長

「経済動物はペットじゃねえんだぞ!」「中途半端な同情見せんな!」

周囲の連中のようには割り切れない八軒。名前を付けたら情が移るから駄目だと忠告され、それならばと、子豚に<豚丼>と名付け、育てる。

結局、大きくなった<豚丼>は食肉になるが、八軒はそれを一頭買いして、自ら調理し仲間に振舞う。この行動は、彼の成長を感じさせる。

八軒は担任の中島先生(中村獅童)と校長(上島竜兵)「夢とかそういうのもなくて…」と打ち明ける。校長先生から思いがけない答えが返ってくる。

「夢がない…それはいいですね」

夢がないから、挫折もしないし、何にでもなれる自由がある。そう前向きに考えられることに彼はこの学校での生活で気づき、「やれば出来るよ…無理な事なんかないって」そう、アキや駒場を元気づけることができるほど、逞しくなっていく。

日常生活は当初コミカルに描いているものの、きちんと節度を保っている。校長役の上島竜兵にも、必要以上に笑いを求めず、ちゃんと役者の演技になっているのは、𠮷田監督の演出のうまさだと思う。

(C)2014 映画「銀の匙 Silver Spoon」製作委員会

ばんえい競馬からの意外な展開

後半、駒場の家が資金難で離農することとなり、その影響で、アキの家も彼女の可愛がっていた馬を売らなければならなくなる。

最後にひと花咲かせようと、八軒は学園祭のイベントとしてばんえい競馬を提案する。競走馬がそりをひきながら力や速さなどを争う、世界でも帯広市のみで開催されている競馬である。

ばんえい競馬といえば、根岸吉太郎監督の『雪に願うこと』、その騎手は吹石一恵だったではないか。今回彼女は騎手ではないが、余程ばんえい競馬と縁があるのだろう。

そして、本作では、その騎手を広瀬アリスと、中学時代から彼女をライバル視する、巻き髪のズッコケ令嬢・南九条あやめ(黒木華)が務める。

(C)2014 映画「銀の匙 Silver Spoon」製作委員会

ばんえい競馬の試合内容、そして伏線回収の試合結果もさることながら、その会場の設営が一大事業なのだ。障害物というにはあまりにも巨大な山を二つ作る必要があり、土木工事のような規模の作業を馬術部員数名で死にそうになりながら続ける。

それを率先垂範しているのが八軒。いつしか、背中が大きく見える。そして、彼が<豚丼>のベーコンを振舞った級友たちが、彼に借りを返そうと手を貸し始める。青春学園ドラマの感動。こうして、ついにコースが出来上がる。

Silver Spoon (銀の匙 Silver Spoon) (2014) - LIFE

アキの一族が、父の竹内力に祖父の石橋蓮司、叔父の哀川翔となんとも濃厚民族である。祖母の稲川実代子も普段はインパクト大の女優なのに、本作では目立たないほどだ。

八軒の父の吹越満も最後には少しだけ息子を認めた風だった。駒場の母の西田尚美も、泣く泣く酪農家を手離すが、ここはさほど悲壮感を出さない演出になっている。

全体を通じてみると、吹越満黒木華も含めて、登場人物は全員いいひと揃いのめでたい作品なのである。これを物足りないとみる向きもあるかもしれないが、この手の作風は結構好き。いかにも正月向きな一本だし。