『花とアリス殺人事件』
The Murder Case of Hana & Alice
鈴木杏と蒼井優の名作<花とアリス>が実写版と同じ声優陣でアニメ映画化。しかも殺人事件って、なによ、岩井俊二監督。
公開:2015 年 時間:100分
製作国:日本
スタッフ 監督・脚本: 岩井俊二 キャスト(声) 荒井花: 鈴木杏 有栖川徹子(アリス): 蒼井優 黒柳健次(アリスの父): 平泉成 有栖川加代(アリスの母): 相田翔子 堤ユキ(バレエ教室講師): 木村多江 矢上風子: 清水由紀 荒井友美: キムラ緑子 萩野里美: 黒木華 陸奥睦美: 鈴木蘭々 朝長先生: 郭智博 湯田光太郎: 勝地涼
勝手に評点:
(悪くはないけど)
コンテンツ
あらすじ
石ノ森学園中学校へ転校してきた中学3年生の有栖川徹子(アリス)は、1年前の3年1組で起こった「ユダが、4人のユダに殺された」という奇妙な事件の噂話を耳にする。
アリスの隣の家は「花屋敷」と呼ばれ、近隣の中学生に怖れられていたが、そこに住むハナという人物がユダについて詳しいはずだと教えられたアリスは、花屋敷に忍び込み、そこで不登校のクラスメイト・荒井花(ハナ)と出会う。
今更レビュー(まずはネタバレなし)
ロトスコープという名の奇手
岩井俊二監督が初めて挑む長篇アニメーション。そもそも、あの<花とアリス>に、殺人事件ってなによ、という異色組み合わせ感がハンパない。
だが、本作は鈴木杏と蒼井優の若さがまぶしい、映画『花とアリス』の前日譚として、当初から構想があったものなのだ。それゆえ、主演の二人は勿論、他の出演者も基本的には、実写版と同じ俳優が声優を務めている。
◇
いきなりテクニカルな話になるが、本作のアニメーションには、<ロトスコープ>という手法が採用されている。実際に俳優の演技を撮影したうえで、それをベースに、画像を一枚一枚なぞることでアニメーションとして描きおこしを行うものだ。
ただでさえ手間のかかる作画作業にさらに工程が加わっているように思うが、アニメーションの制作経験が不足していても、実写のように演出ができるという利点があるらしい。
アニメにしたねらいは何か
私はアニメの技術には疎いけれども、なるほどロトスコープには、キャラクターの動きに、いつも見慣れたアニメとは違うリアルさがあることはすぐに感じ取れる。少し古いが、イーサン・ホークの『ウェイキングライフ』(リチャード・リンクレイター監督)を思い出した。
ただ、本作は同作ほど顔の描写はリアルではない。それでは作品のテイストに合わないからか、あえて表情の情報量を落としているのだ。これにより、顔は2Dアニメだが身体の動きは本物っぽいという、独特の雰囲気を生み出している。
◇
面白いのは、リアルな動きというのは、無駄な動作も多分に含んでいるということだ。どうでもいい動きが目につく様子は、まるで『紙兎ロペ』のよう。声はさすがに違うけど。
ただ、岩井俊二はそういった効果をねらって本作をアニメにしたわけではないのだろう。『花とアリス』で二人の高校時代を撮りながら、いつか二人が出会った日のことを映画にしたいと監督は考えた。
だが、俳優は当然ながら歳を取る。同じキャスティングで実現するには、撮影を急ぐ必要があるが、アニメの声優としての起用であれば、本作のように10年経過したところで、さほど無理はない。それが、アニメーションを採択した最大のねらいなのだろう。
アニメは実写に勝てるのか
それにしても、映画と同じ役者たちが声優を務めているのに、どうして音声だけで実写とアニメは聞き分けられるのだろう。
私はアニメ特有の声優っぽい発声が苦手なので、ここまで本業の俳優が声をあてているのであれば、多少聴き取りにくくても、もっと実写っぽい発声で、映画を作ってみてほしかった。
◇
ストーリーに踏み込んだ話は、殺人事件ものなので、ネタバレありの次節に譲るが、アニメーションに関していえば、本作に関しては<実写には勝てない>というのが率直な感想だ。
分かりやすくいえば、いくらアリスのバレエが見事でも、それは蒼井優が実際に踊るからこそ、感銘を受けるのだ。
アニメは、実写ではできないことを映像化してくれるからワクワクするのであって、俳優が演じることを描きおこすだけでは、なかなか存在意義を見出しにくいのではないか。
声優陣について
声優陣に関しては、みんなかつて自分の演じていた役だからさすがに違和感はないが、それでも経年のせいか、花とアリスは中学生の声にしては低い気もした。
離婚したアリスの父親役の平泉成は、どういう意図なのか別の人物と二役の声を演じている。彼は声に特徴があるので、これは紛らわしい。
◇
次に本作の新キャラ、霊能力によってクラス中に恐れられている陸奥睦美。この娘、『Love Letter』で鈴木蘭々が演じてた謎の女生徒みたいだと思っていたら、ホントに彼女が声優だったので驚いた。
それに、担任の萩野先生が黒木華じゃ、『リップヴァンウィンクルの花嫁』だよ。声が小さいって生徒にからかわれて、授業でマイク使うのかと思った。
今更レビュー(ここからネタバレ)
ここからネタバレしている部分がありますので、未見の方はご留意願います。
ユダが、4人のユダに殺された
本作のタイトルは、アリスが転校してきた石ノ森学園中学校で、1年前に「ユダが、4人のユダに殺された」という事件の噂話から名付けられている。
ちなみに、前作は手塚高、本作は石ノ森中と、今回も学校名や駅名、社名、店名など、至る所に著名な漫画家の名前が登場する。
また、アリスが引っ越してきた家のすぐ向かいには、引きこもりの荒井花の住む、色とりどりの花に囲まれた通称<花屋敷>がある。
◇
中盤まではアリスが転校早々、この奇怪な殺人騒動に振り回される話がメインのため、ほとんど花は登場しない。前作は物語の主軸が花であったが、今回は真逆といえる。
前作では、バレエ教室仲間で写真好きの矢上風子が、花とアリスに「喧嘩しちゃ駄目だよ」と言いつつ、「引きこもりだった花をバレエに誘い入れたのはアリスだったね」と簡単に触れている。その詳細がこういう前日譚だったというのは、よく練られているとは思う。
警察の登場しない殺人事件
だが、殺人事件と銘打ってしまうのは、どうなのよ、と思う。だって、始めからおかしいとは思ったが、殺人事件になりそうな雰囲気もないし、警察だって登場しないし。
まあ、この二人の物語に殺人事件が起こらないからって、文句をいう気もないし、むしろ事件性はない方が自然なのだが、タイトルだけは誇大広告っぽい。
裏切り者ユダが湯田君なのも、文字にすれば同じだが、微妙にイントネーションは違う。学校ではこんないじられ方するものなのか、全国の湯田さんに聞いてみたいものだ。
私が本作で一番不思議に思ったのは、湯田父の勤めるコバルト商事にいた初老の紳士(平泉成)に関するエピソードだ。
アリスが人違いをしてこのオッサンをタクシーで尾行し、しまいには仲良くなって公演でブランコに乗ったりする(まるで黒澤明の『生きる』だ)。
100分の映画において結構尺を取っているのだが、これって湯田探しとどう関連しているのだろう。前作の父親との鎌倉半日デートのように、後半で伏線回収するものでもない。
◇
また、湯田幸太郎の住処を突き止めたあと、いくら彼の生死を確認したいからって、中学生の花とアリスが翌朝まで張り込んでしまうのはアリなのか。
それも、野良猫のように、近くの駐車場でトラックの下に入り込み暖を取りながら。こんな無茶な行動、アリスの母親・相田翔子は赦しても、花の母親・キムラ緑子は赦さないぞ、きっと。
あの痛み、一生忘れねえからな
さて、湯田幸太郎は生きているのか。花は一年前、幼馴染の湯田に、恋心からバレンタインにキットカットと(将来の)婚姻届をあげた。
湯田はあろうことか、その手を真似て、周囲の女子に婚姻届を乱発し、クラスには四人のユダの妻が。怒った花は彼の背中に蜂を入れる。
◇
蜂に刺された湯田はそのまま転校。死んでしまったのでは?と心痛のあまり、花は引きこもりになってしまったのだった。
岩井俊二監督の大好きテーマのひとつである<手紙>の登場か。離婚届を恋文にしてしまったのは連城三紀彦(『恋文』、映画化もしました)だが、婚姻届もまた<Love Letter>といえるのかもしれない。
◇
結局、湯田は生きていた。久しぶりに再会した花に彼はいう。「俺の背中に蜂入れたの、お前だろう。あの痛み、一生忘れねえからな」
その言葉が、ずっと覚えているよという愛の告白に聞こえてしまう花。ラストは、花とアリスがともに初のセーラー服で登場。互いに「似合わね~」と茶化す様子は、実写版につながっていく。
ここからヘクとパスカルの主題歌に持っていく流れは、岩井俊二ワールド全開。不思議な作品だったが、着地は美しい。でも、実写版を観ていない若者世代には、楽しいのだろうか、これ。