『裏アカ』
瀧内公美主演、SNSの裏アカで自分の肌を露出するうちに、増加するフォロワー数に自分を見失っていく女。
公開:2021 年 時間:101分
製作国:日本
スタッフ 監督: 加藤卓哉 脚本: 高田亮 キャスト 伊藤真知子: 瀧内公美 原島努: 神尾楓珠 佐伯崇: 市川知宏 新堂さやか: SUMIRE 北村圭吾: 田中要次
勝手に評点:
(悪くはないけど)
コンテンツ
あらすじ
青山のアパレルショップで店長を務める真知子(瀧内公美)は、どこか満たされない日々を送っていた。
ある日、彼女は年下のカリスマ店員・さやか(SUMIRE)の何気ない言葉がきっかけでSNSの裏アカウントを作り、胸元の際どい写真を投稿する。
表の世界では得られない反応に快感を覚えた真知子の投稿は過激さを増していき、やがてフォロワーの一人と会うことに。その相手は年下の男性(神尾楓珠)で、真知子は自分と同じように心の乾きを持つ彼にひかれていく。
レビュー(まずはネタバレなし)
どうにも共感できなかった
TSUTAYA CREATORS’ PROGRAMで準グランプリを受賞した企画を、瀧内公美を主演に迎え映画化。監督は、木村大作、降旗康男、原田眞人といった大物のもとで助監督を務めてきた加藤卓哉の監督デビュー作。
SNSの裏アカウントの映画というから、てっきり朝井リョウの『何者』みたいに毒を吐く女の話かと思ったが、そうではなかった。
◇
誰にも必要とされず孤独で満たされぬ思いを抱いた主人公が、肌を露出した自撮り写真をアップし、フォロワーの増加とともに写真も行動もエスカレートしていく。
採り上げたテーマは悪くないし、主人公のアパレル店長・真知子を演じる瀧内公美もとても良かったのだが、率直にいって、脚本の掘り下げが弱いのではないか。
或いは演出の不足なのかもしれないが、この主人公にも、彼女が知り合い惹かれていく<ゆーと>(神尾楓珠)にも、私はさっぱり共感できなかった。
前半はとてもいい感じに攻めてる
この二人が出会ってから関係を持つまでの前半部分は、スリリングな雰囲気もあって、とてもよい。誕生日特典でTSUTAYAで映画を無料レンタルするのはちょっと宣伝臭が強いが、気になったのはそれくらい。
◇
アパレルショップの古株として店長を務めてはいるが、仕事の気合が空回りし、かつてはバイヤーだったが強気な仕入れで失敗した真知子。職場でもちょっと扱いづらい存在というのが伝わる。
後輩店員のさやか(SUMIRE)に、「店長もスタイルいいんだから、もっと写真をあげればいいのに」と言われ、気がつけば彼女とはフォロワー数には大差が。
つい、<March>の裏アカで自分の胸の谷間の写真を投稿してみると、みるみる男が群がってくる。気がつけば、男たちに乗せられるまま、過激度を増していく画像。だが、これこそ、真知子が飢えていた承認欲求ではないか。
◇
やがて有象無象のメッセージの中で、<ゆーと>の言葉だけが、次第に彼女に刺さっていくようになる。
文字で示される<ゆーと>の柔らかいメッセージに対して、スマホに打つ<March>の返信は音声で。この組み合わせはうまい。SNSの話だからといって、スマホ画面の映像だけでは絵的につまらなくなるところを、しっかり映画らしく表現している。
ブラインドデートのドキドキ感
そしてついに二人が一度だけの約束で出会い、<ゆーと>の馴染みの大衆食堂でおっさんたちに囲まれ安酒を飲み、そして不動産屋のバイトで知った空き物件だという高層マンションの一室で、裸で抱き合う。
出会ってから先どういう展開になるかが見えない、敬語は罰金100円のミステリアスなブラインドデートはワクワクする。食堂のふせえりはじめ、ベテラン俳優たちの常連客も突然の停電もいい。
◇
そして何より、マンションで愛を確かめ合う二人のショット。『火口のふたり』とはまた違う瀧内公美がみられるし、店長姿の真知子と裸の<March>が対峙する幻想的な映像も美しい。
だが、急に熱が冷めたように、<ゆーと>は「もう会わないよ。一回きりの約束だろ」といい、物語も熱を失う。ここから先の失速感は意外だった。
レビュー(ここからネタバレ)
ここからネタバレしている部分がありますので、未見の方はご留意願います。
下降のふたり
マンションでの一夜が、映画の中ではピークだったと思う。あとは下り一方、『下降のふたり』だ。<ゆーと>と会えないストレスから、真知子は他の男とさかんに関係を持つようになるが、その心は満たされない。
だが、その心情変化が伝わってこない。いきなり見境なく男と寝る、発情期のようなシーンの連続で、<March>のフォロワー数は天井知らずだが、映画としては前半と別ものの荒んだ雰囲気。
◇
こうして主人公が堕落していく展開は、裏アカものとしては必須条件だというのは理解するとしても、それ以外の物語があまりに想定通りなので、萎えてしまった。
真知子が企画したプロジェクトに関わってくる百貨店の担当者・原島努が、あの<ゆーと>だったというのは、さすがにいただけない。
出会い系サイトでも、裏アカでもいいが、自分の名前を伏せてハンドルネームで会って関係をもった男女が、後日運命的に職場で出会う、このパターンって、さすがにベタすぎて、もはやコントのようだ。
思えば、瀧内公美の出ていたドラマ『大豆田とわ子と三人の元夫』にも、松たか子とオダジョーに、そういうベタな再会があったなあ。
マンハッタンの規模ならまだあり得るけど、東京は大きすぎてドラマのような偶然の再会はないんです。『伊藤くんAtoE』に出てきた台詞を思い出す。
読める、読めるぞ展開が
そのほかにも容易に読める展開が二つ。
まずは、真知子のプロジェクトが成功し、晴れの舞台であるパーティで、彼女の裏アカ活動や裸の映像が会場に流れること。これは前半で、<ゆーと>が彼女の裸体を動画で撮っている頃からほぼ想像できる、ありがちな展開。
ただ、あのシーンで真知子が崩壊してしまって、赤裸々に自分の裏アカ活動を語り始めるのは、ちょっと無理がないか? 彼女にあそこまで取り乱されると、プロジェクトが破綻したあとの社長(田中要次)が心配になってしまう。
◇
それから、マンションの部屋の窓ガラスに真知子が指で描いた花の絵の落書き。これは、後日違う女が息を吹きかけたら、また浮かび上がるんだろうなと思っていたら、案の定の展開だった。
高田亮の脚本にしては、今回はずいぶんと先が読めたのが不可解だが、これはもともと企画段階から決まっていたものだからなのか。
読めない、読めないぞ心理が
誰からも求められなかった自分に耐えらえれず、私には何もないと自暴自棄になって、裏アカの世界にはまっていく真知子。
彼女がなぜ、<ゆーと>という男性になぜ惹かれていったのか、そしてなぜ、多くの男に抱かれてフォロワー数を積み上げることが救済になったのか。この辺の内面が描ききれていなかったように思う。
◇
そして<ゆーと>はといえば、子どもの頃から何でも簡単に希望が叶い、泣いたり努力したりに共感もできず、「人生など何の意味もない」と達観している。
パーティで真知子の裏アカを暴露した犯人と疑われた際、「何にもわかってねえんだな」と言ったのは、俺にはそんなことをするほどの感情も湧かないのが分からないのか、という意味なのか。
終盤、窓ガラスに浮かんだ花の絵を見て、<ゆーと>は<March>のもとに走るのかと思えば、新しい恋人と暮らし始める。
一方、フラれたままの真知子は、ひとり大衆食堂で飲み、そのままゲロ吐くまで土手を激走し、川にスマホを投げ捨てる激しい荒れ具合。
うーん。<ゆーと>とくっつかないのなら、真知子は後輩バイヤーの佐伯(市川知宏)といい感じになるかと思ったんだけど、そこはさすがに読みをはずしてきたか。
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この手のジャンルは、本命は森田芳光の(ハル)、対抗は岩井俊二の「リップヴァンウィンクルの花嫁」あたりかな。
本作はカメラは良かったのだけれど、内容的にはちょっと消化不良気味な作品と言わざるを得ない。瀧内公美が健闘しただけに残念。