『風のマジム』
原田マハの同名原作を伊藤沙莉主演で映画化。沖縄産サトウキビからラム酒を造って飲んでみたい!
公開:2025年 時間:105分
製作国:日本
スタッフ
監督: 芳賀薫
原作: 原田マハ
『風のマジム』
キャスト
伊波まじむ: 伊藤沙莉
後藤田吾郎: 染谷将太
儀間鋭一: 尚玄
糸数啓子: シシド・カフカ
仲宗根光章: 橋本一郎
知念冨美枝: 小野寺ずる
仲里一平: なかち
仲里志保: 下地萌音
瀬名覇仁裕: 滝藤賢一
朱鷺岡明彦: 眞島秀和
東江大順: 肥後克広
伊波サヨ子: 富田靖子
伊波カマル: 高畑淳子
勝手に評点:
(一見の価値はあり)

コンテンツ
あらすじ
伊波まじむ(伊藤沙莉)は那覇で豆腐店を営む祖母カマル(高畑淳子)と母サヨ子(富田靖子)と暮らしている。祖母がつけた「まじむ」という名は、沖縄の方言で「真心」を意味する。
ある時、祖母とともに通うバーでラム酒の魅力に惹かれ、その原料がサトウキビだと知ったまじむは、契約社員として働く通信会社「琉球アイコム」の社内ベンチャーコンクールに、南大東島産サトウキビを原料としたラム酒製造の企画を応募する。
やがてその企画は、家族や会社、南大東島の島民をも巻き込む一大プロジェクトへと発展していく。
レビュー(若干ネタバレあり)
サトウキビからラムの素
7月公開の『木の上の軍隊』があり、9月には大作『宝島』が公開予定と、沖縄舞台の話題作が続く中、肩ひじ張らずに観られるほっこりした沖縄映画がこの『風のマジム』だ。
主人公で契約社員の伊波まじむ(伊藤沙莉)が、社内ベンチャーとして企画を出した、南大東島産サトウキビを原料としたラム酒製造ビジネス。
せっかく沖縄には上質なサトウキビという特産品があるのに、すべて製糖に使われて、ラム酒は輸入品ばかり。
酒好きのまじむは、沖縄で新しい産業を産み出すという高邁な思想ではなく、沖縄生まれのラムが飲みたいという思いだけで突き進む。
沖縄でラム酒造りに成功した実在の人物をモデルにしているという。実に単純明快な物語だが、原田マハの同名原作はとても引き込まれる。
グイグイと読み進むうちに、猪突猛進する主人公に元気をもらっていることに気づく。だから、これが伊藤沙莉主演で映画化されると聞いて、楽しみに待っていた。
予備知識なく本作を観るひとは、きっと素直に楽しめると思う。だが、期待過剰だった分、私のレビューは若干辛口になってしまう。
それを差し引けば、本作がデビュー作となる芳賀薫監督は、原作を尊重し初監督作品としては手堅くまとめているようにも思う。
分かり易いにもほどがある
この映画をみてすぐに感じたのは、なんと分かりやすく説明的なのだろうということだ。
別に伊藤沙莉が主演だからというわけではないが、まるで朝ドラを観ている感覚に陥る。忙しい朝に家事や出勤準備の傍らにチラ見するだけでも、ドラマの筋書きを追いかけられるよう。
小説ならば気にならないが、全てを台詞で語っているように思え、映画ならではの、表情や役者の動きだけで観る者に行間を読ませる演出は少ない。
沖縄でロケしているのに、炎天下にのっぺりと広がるサトウキビ畑以外には、せっかくの大自然を目や耳で感じさせるカットが少なかったのも勿体ない。

それに、多くの役者が、脚本通りに台詞をいうことに一生懸命になっているように私は感じた。段取りを急ぎ、間が足らない。
例えば、まじむがサトウキビ畑の視察に大東島に訪れ、立ち寄ったそば屋で学生時代の後輩の一平(なかち)に何年かぶりに偶然再会するシーン。入店した一平がまじむに気づくのが早すぎる。
或いは、ラム製造事業に総反対する大東島の農家連中が、あることを境に一気に軟化するシーン。ここもあまりに予定調和すぎて、もう少し丁寧に島民の心理変化を描いて欲しかった。
キャスティングについて
まじむの伊藤沙莉、母親の富田靖子、祖母の高畑淳子と、ゆし豆腐や島豆腐を代々作っている女系家族を演じる三人は、みな実力派女優だけあって、安定感は抜群。笑いの中にも感動がある。
ただ、三人はみな沖縄出身ではないので、一生懸命に沖縄の方言を耳で覚えて話している。それが伝わってしまう。例えば、大阪が舞台の『花まんま』などは、出演者がほぼ全員関西人だったので、会話がイキイキしていた。
本作にも、まじむの上司の儀間部長(尚玄)や大東島の商工会長(ダチョウ倶楽部・肥後克広)など、地元出身者は何人かいるが、少数派。もう少し増やせばよかったのに。
◇
伊藤沙莉は特徴的なハスキーボイスがいかにも酒やけ声っぽくて、まじむ役にピッタリではあるのだが、マジメ一本槍のキャラなので、思いのほか朝ドラ『虎に翼』の主人公とイメージが被るのだ。

けして誰が悪い訳でもないのだが、これは既視感がキツイ。やっぱり、彼女はボソボソっと軽い毒舌を吐くくらいの役が好きだなあ。
◇
さて、良かった点もあげなくてはいけない。沖縄どころかメキシコ出身のシシド・カフカが演じる、まじむの会社の厳しい先輩、糸数啓子。本作で数少ない憎まれ役だが、これはハマってた。

そして常連の店のバーテンダー、後藤田吾郎役の染谷将太も、まじむや祖母とはいい親近感。
醸造家としては、都会派でがめつそうな眞島秀和と、沖縄人で善人丸出しの滝藤賢一という対照的なキャスティングも絶妙。
◇
あとは歌だなあ。森山直太朗による主題歌は、冒頭とエンディングでバージョンが異なるのだが、いずれも聴かせる。作品の雰囲気にも合っている。
彼の歌だけで良かったと思うのだが、なぜだか劇中で富田靖子と高畑淳子が家のなかで合唱する場面が目立つ。沖縄言葉で歌うのだが、さすがにそこだけ浮いていたように思う。
最後まで分かりやす過ぎ
以下、少しネタバレになるので、未見の方はご留意願います。
まじむが社内コンペで沖縄産ラム酒製造の企画プレゼンをやる際に、社長や役員たちにモヒートを提供する。
「このシークワーサーは沖縄産ですが、ラムの黒糖は輸入品なので、このままでは沖縄風モヒート。ここから”風”を取り除きたいんです!」と、熱弁を奮う。
原作では何度も語っていたこの思いを、映画では終盤まで温存していたのはうまい。でも、個人的にはラムもいいけど、おばばのゆし豆腐の方に食指が動いたな。

映画は原作同様、予定調和のまま最後まで進む。そこまでは良かったが、ご丁寧にも、最後の大団円で、これまでの名場面をダイジェストでリフレインする。
これは興ざめするほどくどい。それでなくても、分かりやすすぎるドラマなのに、わざわざこれ要るか?半年続く朝ドラの最終回ではなく、100分の映画なのに。
また、余計なお世話だが、最後にまじむたちが完成させたラム酒のボトルのラベルが大写しされるのだから、それをエンドロール前に出す映画のタイトルとしてそのまま使えば良かったのにと思った。
という訳で、このところ毎月のように仕事で沖縄に足を運び島人と接しているせいか、つい不自然さが目についてしまったのと、原作を愛するゆえに手厳しいレビューとなってしまったが、心温まる映画であったことは、最後に書いておきたい。