『新聞記者』
政権に反旗を翻す河村光庸プロデューサーと藤井道人監督による気迫の一本
公開:2019年 時間:113分
製作国:日本
スタッフ
監督: 藤井道人
原案: 望月衣塑子
河村光庸
キャスト
吉岡エリカ: シム・ウンギョン
杉原拓海: 松坂桃李
杉原奈津美: 本田翼
倉持大輔: 岡山天音
関戸保: 郭智博
神崎俊尚: 高橋和也
神崎伸子: 西田尚美
陣野和正: 北村有起哉
多田智也: 田中哲司
勝手に評点:
(一見の価値はあり)

コンテンツ
あらすじ
東都新聞の記者・吉岡エリカ(シム・ウンギョン)のもとに、医療系大学新設計画に関する極秘情報が匿名FAXで届く。
日本人の父と韓国人の母のもとアメリカで育ち、強い思いを秘めて日本の新聞社で働く彼女は、真相を突き止めるべく調査に乗り出す。
一方、内閣情報調査室の官僚・杉原(松坂桃李)は、現政権に不都合なニュースをコントロールする任務に葛藤していた。
ある日、杉原は尊敬するかつての上司・神崎(高橋和也)と久々に再会するが、神崎はその数日後に投身自殺をしてしまう。
真実に迫ろうともがく吉岡と、政権の暗部に気づき選択を迫られる杉原。そんな二人の人生が交差し、ある事実が明らかになる。
今更レビュー(ネタバレあり)
戦うプロデューサー河村光庸
これは、配給会社スターサンズを立ち上げた戦うプロデューサーである故・河村光庸の執念で生まれた映画だ。
2018年、まだ政治に無関心で知名度も低かった藤井道人監督にアプローチを開始し、「政治に興味のない君が撮るから、時代を作るかもしれないんだ」とついに口説き落とす。
原案は東京新聞の名物記者、望月衣塑子の『新聞記者』。それを独特のソリッドな画質で、気骨あるジャーナリズムの映画に仕上げている。
文科省ではなく、内閣府が中心に新設しようとしている医療系大学院の極秘文書。はたして特ダネのリークか誤報の罠か。同調圧力に屈せずペンの力を信じる新聞記者、吉岡エリカ(シム・ウンギョン)。
一方、外務省から出向した内閣情報調査室で、葛藤を抱えながら怪しい情報操作に加担するエリート官僚の杉原拓海(松坂桃李)。
◇
映画はヒットし日本アカデミー賞の主要部門を総ナメにしたが、その後に藤井道人監督、米倉涼子主演でNETFLIX配信されたドラマには遺族が痛烈批判するなど、ネガティブな話題も多かった。
今回はドラマ版や外野の議論とは切り離し、あくまで映画版に対するレビューとしている。

フィクションだから何でもあり、か
題材が内閣府肝入りの大学新設のスクープとあっては、当然に元ネタはモリ・カケ疑惑ということになり、つまり本作は安倍政権批判の映画といってよい。
映画人の気骨として、与党政権を痛烈に批判し問題を提起する姿勢は、立派なものだと思う。河村光庸の戦う姿勢がなければできなかった作品だし、藤井道人監督も、映画人として将来を失う覚悟があったはずだ。
ただ、そこまでの覚悟と、実際に自殺者を出してしまったスキャンダルを題材にするのであれば、いたずらにエンタメ路線に走るのではなく、もっとシリアスな内容で攻め込んでほしかったというのが、私の率直な感想。

古くは『大統領の陰謀』から『ペンタゴン・ペーパーズ』、邦画なら『クライマーズ・ハイ』など、新聞記者のジャーナリスト魂を描いた作品に秀作が多いのは、実在の事件の真相を追求しているからだろう。
だが、本作はその肝心な部分を、「フィクションだから何でもあり」にしてしまっている。これが惜しい。
◇
まずもっての大きな違和感は、内閣府情報調査室でスーツ姿の公務員たちが、上司の多田(田中哲司)の指示で内閣の敵となりそうな人物に不利な情報を次々とネットに流し、国民を誘導していくこと。
それがエスカレートし一般人まで信用失墜させようとする多田のやり方に、杉原は次第に反感を抱き始める。薄暗い会議室で中高年の男たちが無言で端末を叩いている姿が何とも不気味だが、これはさすがに嘘くさい。

『MOZU』や『SP』のようなエンタメ・フィクションならそれでも良いが、本作の世界観とは相性が悪い。悪役に徹する田中哲司と、キャリア組の善人エリート松坂桃李という配役も、テンプレ通りで驚きがない。
「この国の民主主義はカタチだけでいいんだ」
田中哲司は不気味な上司役に徹するが、その裏に潜む伏魔殿の連中をもう少し登場させてくれないと、悪い奴らの層が薄すぎる。
シム・ウンギョンはいいけれど
主人公の新聞記者、吉岡エリカを演じているのがシム・ウンギョンというのも違和感ありまくりだ。日本語がたどたどしい記者が大手新聞社に実在するものなのか。

いや、シム・ウンギョンは実力派女優だし、好演していたのは認めるが、『リンダリンダリンダ』のペ・ドゥナのように、日本語が不得手でも通用する役柄ではない。
中盤に吉岡は韓国生まれの米国育ちという出自が明かされて辻褄合わせに入るが、その設定にする必然性がない。
与党政権に憎まれるような役の引き受け手が、主演を張れるクラスの日本の女優にはいなかったというのが実情なのだろう。有力な芸能事務所はみな腰が引けたというわけか。何とも情けない話だ。
以下、ネタバレになるので未見の方はご留意ください。
杉原の外務省時代に世話になった元上司の神崎(高橋和也)が、上からの命令に逆らえずに大学新設の不正に加担したことを苦に、身投げ自殺してしまう。
国会議事堂を見下ろせる位置に屋上がある建物は、今はなきNTT日比谷ビルだろうか。一体神崎はどのような不正に手を染めざるをえなかったのか。
ここは気になるところだったが、なんと新設予定の医療系大学には、軍事転用で生物兵器も開発できる施設を極秘裏に作ろうとしているというものであった。
これはさすがに荒唐無稽ではないかと思うが、実際のところどうなのだろう。吉岡たちが他紙を抜く一面トップの記事にするためには、このくらい大風呂敷のネタが必要だったのか。
ダークサイドから逃れられるか
ジャーナリストの映画には、主人公の記者に気の合うバディと頼れるタフな上司が不可欠だが、本作では吉岡の先輩に岡山天音、上司に北村有起哉を配置。

この二人もそれなりには彼女をサポートしてくれるのだが、援軍としてはイマイチ頼りない感じ。
◇
映画は終盤、「私は国側の人間だぞ」と言いながらも、不正を暴く吉岡に協力しようとする杉原。自分のふがいなさで、尊敬する神崎の自死を防げなかったことを悔やみ、情報リークの行動に出る。
だが、その動きを察知した多田は、吉岡の妻・奈津美(本田翼)が出産したばかりという事実をつかみ、「家族の幸福が欲しければ忠誠を誓え」と婉曲に圧力をかける。

映画は、杉原と必死に連絡を取ろうと携帯電話を片手に国会周辺を疾走する吉岡が、深刻な面持ちで内閣情報調査室を後にする杉原と首相官邸前の交差点で向かい合う場面で終わる。
げっそりと痩せこけた杉原の唇が、吉岡に「ごめん」と言っているようにみえる。それに気づき慌てた吉岡のアップでエンドロール。これはつまり、杉原は敵に屈したということだ。
藤井道人監督は杉原が正義に目覚める過程を、『スター・ウォーズ/フォースの覚醒』で主人公フィンがストームトルーパーのヘルメットを脱ぐ場面を意識して撮ったという。
これは興味深い。結局杉原は最後にダークサイドから逃れられずに終わるのだから。