『ロスト・ハイウェイ』
Lost Highway
デヴィッド・リンチ監督の本領発揮の倒錯的な不条理スリラー
公開:1997年 時間:135分
製作国:アメリカ
スタッフ
監督: デヴィッド・リンチ
キャスト
フレッド・マディソン:ビル・プルマン
レネィ・マディソン/ アリス
パトリシア・アークエット
ピーター: バルサザール・ゲティ
エディ/ ディック・ロラント:
ロバート・ロッジア
ミステリー・マン:ロバート・ブレイク
アンディ: マイケル・マッシー
シェイラ:
ナターシャ・グレグソン・ワグナー
勝手に評点:
(一見の価値はあり)

コンテンツ
あらすじ
平凡な生活を送るサックス奏者フレッド(ビル・プルマン)は、ある朝、自宅のインターホン越しに「ディック・ロラントは死んだ」という謎の声を聞く。
それ以来、彼と妻レネィ(パトリシア・アークエット)の生活を盗み撮りしたビデオテープが届くなど、不可解な出来事が相次ぐように。やがて妻の惨殺死体が映ったビデオテープが届き、彼は妻殺しの容疑で逮捕されてしまう。
今更レビュー(まずはネタバレなし)
ディック・ロラントは死んだ
90年代前半から『ツイン・ピークス』のTVドラマや映画で世間の注目を集めていたデヴィッド・リンチ監督が、久々に放った、彼らしさの際立つ不条理スリラー。
考察の掘り下げのやりがいはあるが、さすがに風呂敷を広げすぎだと感じていた『ツイン・ピークス』より、個人的には断然好みの作品。
◇
映画は冒頭、夜のハイウェイをひたすら激走するクルマに照らされたアスファルトの路面が背後に流れていき、デヴィッド・ボウイの曲とともにクレジット。
『ワイルド・アット・ハート』のような激しく熱いロックな映画かと思いきや、舞台は夫婦の住む屋敷、一転してサスペンスの雰囲気に。
ある朝、テナーサックス奏者のフレッド(ビル・プルマン)は、謎の男から「ディック・ロラントは死んだ」とインターホン越しに告げられる。
貞子風の粗い画質が怖い
やがて、家に怪しげなビデオが届くようになる。はじめは玄関風景のみ。だが、二本目ではカメラは家の中に侵入し、妻のレネィ(パトリシア・アークエット)と夫婦で寝ている様子を写している。驚いた二人は警察に通報する。
粗い画質のビデオ映像が、貞子風で怖い。
そして、更に不思議なことが起きる。レネィの知人アンディ(マイケル・マッシー)の盛大なホームパーティに二人で訪れたフレッドは、そこで顔面蒼白の死神のような男(ロバート・ブレイク)と出会う。
「以前にも会ったことがあります。私は今もあなたの家にいますよ」と言われ、自宅に電話をすると、確かにこの男らしき人物が受話器を取る。
このあたりから、徐々にリンチお得意の倒錯世界の匂いが漂い始める。
家に戻っても誰もいないが、部屋の隅の暗がりが、暗黒空間のようになっていて、そこにフレッドが消えていく場面がある。これはうまい。後の黒沢清の『回路』にもこんな演出があった気がする。
独房で起きる不思議な出来事
一体、謎の男は何者なのか。そう考えている矢先に、更に事態は急転する。翌朝届いたビデオでは、フレッドが寝室で妻を惨殺。次のカットでは、彼は刑事に逮捕され、死刑判決で独房入りするのだ。
刑務所の中で頭痛に苦しむフレッドだったが、ある朝、看守が独房を覗くと、全く別人のピーター(バルサザール・ゲティ)になっている。
狐につままれたような話だが、結局身元確認の末、自動車整備工の若者ピーターは両親と住む自宅に戻され、フレッドは忽然と消えたままとなる。ここまでが導入部分といえる。

『イレイザーヘッド』から始まり『ブルーベルベット』、『マルホランド・ドライブ』と続いていくデヴィッド・リンチの倒錯ワールドは、観る者の無駄な考察を寄せつけない、彼ならではの独自の世界観を映像化したものだ。
それゆえにカルトの帝王であり、世間の好き嫌いも分かれる監督だったといえる。途中から訳が分からなくなる物語を苦手とする人には苦行だからだ。
だが、この作品は、人物が他人になってしまうという大胆な設定さえ受け容れてしまえば、あとは割と考察しがいがある。意味不明な映画とは一線を画しているからだろう。
今更レビュー(ここからネタバレ)
ここからネタバレしている部分がありますので、未見の方はご留意願います。
ピーターと狼
整備工のピーターに目をかけてくれる上顧客でマフィアのボス・エディ(ロバート・ロッジア)。交通ルールにやたらうるさく、煽り運転してきた男を半殺しにするのは笑。
このエディの正体が、映画の冒頭に名前の出たディック・ロラントだと分かる。そして彼が連れてきた情婦アリス(パトリシア・アークエット)とピーターはすぐに親密になり、アリスとともに金を奪って逃走する計画を実行に移す。

ピーターはアリスが客をとらされた裕福な男の屋敷に侵入。二人で金を奪うだけのはずが、誤って殺してしまったその男は、レネィの知人でパーティを開催したアンディだった。
ピーターがみつけた写真には、ロラント、レネィ、アリス、アンディが並んでいる。ここでついに、フレッドとピーターの世界が重なってくる。
フレッドの妻レネィとアリスの酷似。ディック・ロラントという名の男。殺してしまったアンディも双方に関係がある。さらに、蒼白顔のミステリー・マンもまた、ピーターに「以前に会ったことがある」と言ってきた。

ピーターが独房に現れた夜、彼の実家で何があったのか、両親は口を閉ざす。
だが、その晩ピーターは恋人シェイラ(ナターシャ・グレグソン・ワグナー)とともに見知らぬ男と帰ってきたようだ。そして何者かの死体のフラッシュバック。ピーターはミステリー・マンに殺され、独房に転生したのか。
キャスティングについて
フレッド役には『インデペンデンス・デイ』のビル・プルマン。ロラント役のロバート・ロッジアとも、同シリーズで共演している。
レネィとアリスの二役を演じたのは、『6才のボクが、大人になるまで。』のパトリシア・アークエット。当時は『ワイルド・アット・ハート』主演のニコラス・ケイジと結婚してたことで声がかかったのかも。
ピーター役のバルサザール・ゲティの実父は、有名な大富豪ゲッティ家の誘拐事件の少年だったジョン・ポール・ゲティ3世だ。耳を切り落とされた凄惨な話は、どうしても『ブルーベルベット』と結びつく。
◇
この映画の企画には、元プロフットボール選手、O・J・シンプソンによる殺人事件が影響を与えているという。パトカーが派手にサイレンを鳴らして犯人を追いかける様子が、それにあたるのかもしれない。
なお、ミステリー・マン役のロバート・ブレイクは、本作公開後、実生活で妻殺害容疑で有罪となり、結局真相が不明という運命を辿っている。まるでO・J・シンプソン事件の再来のようで薄ら寒くなる。
結局、どういうことなのか
映画は結局、アンディを殺した後にアリスとセックスした末に意識混濁となったピーターがフレッドに戻る。
ミステリー・マンに唆されたような形で、結局フレッドはレネィと不倫していたロラントをロスト・ハイウェイ・ホテルから引きずり出して殺害する。
こうして「ディック・ロラントは死んだ」と自宅インターホンに語りかけ、彼は警察に追われながらハイウェイを疾走し映画は終わる。
アンディの死体のそばにある写真からは、アリスの姿が消え、ロラントとレネィ・アンディの三人になっている。これが現実。つまりアリスとはフレッドの産んだ妄想。
日頃から妻レネィの浮気を疑っていたフレッドが、その相手ロラントと仲間のアンディを殺害し、妻までも殺してしまったというところか。
記憶に振り回されるのもビデオに撮るのも嫌いだというフレッドは、都合の悪い記憶を消してしまうことができる人物なのだろうか。そんな彼の多重人格のような存在がミステリー・マンとなった。
ピーターと入れ替わってしまったのはさすがに説明困難だが、すべて理屈が通るようではリンチの作品とはいえないか。