『阪急電車 片道15分の奇跡』
有川ひろの人気原作を豪華キャストで映画化。阪急今津線、各駅停車の旅。
公開:2011年 時間:120分
製作国:日本
スタッフ
監督: 三宅喜重
脚本: 岡田惠和
原作: 有川ひろ
『阪急電車』
キャスト
高瀬翔子: 中谷美紀
羽田健介: 鈴木亮平(西宮市出身)
小峰比奈子: 安めぐみ
萩原時江: 宮本信子
萩原亜美: 芦田愛菜(西宮市出身)
森岡ミサ: 戸田恵梨香(神戸市出身)
カツヤ: 小柳友
マユミ: 相武紗季(宝塚市出身)
マユミの兄: 高橋努
伊藤康江: 南果歩(尼崎市出身)
門田悦子: 有村架純(伊丹市出身)
遠山竜太: 玉山鉄二
権田原美帆: 谷村美月(大阪府出身)
小坂圭一: 勝地涼
樋口翔子: 高須瑠香(大阪府出身)
勝手に評点:
(一見の価値はあり)

コンテンツ
あらすじ
兵庫・宝塚市の宝塚駅から西宮北口駅までを結ぶ阪急今津線を舞台に、婚約中の恋人を後輩社員に奪われたアラサーOL、恋人のDVに悩む女子大生、息子夫婦との関係がぎくしゃくしている老婦人らの人生が交錯する。
今更レビュー(ネタバレあり)
阪急今津線各駅停車の旅
人気作家・有川ひろ原作の初映画化作品。関西テレビ・三宅喜重の初監督作品でもあり、以降三宅監督は『県庁おもてなし課』、『レインツリーの国』と、3本の有川原作でメガホンを取る。
久々に観て、この原作が映画化されることは必然だと思った。全国的に知名度の低い阪急今津線だけを舞台に豪華キャストで映画を撮るなんて、普通なら企画が通らないが、何せ沿線には<阪急宝塚駅>を抱え、いわば東宝にとっては総本家のお膝元である。
他社に奪われるわけにはいかず、有川ひろ原作なら客は入るだろうと、話が進んだのに違いない(想像です)。
個人的な話で恐縮だが、このローカルな阪急今津線には多少親近感がある。
沿線内にある二駅の住宅街で、親族が暮らしており、姪っ子が通っていた中高もあり、原作も出版当初、沿線の書店に平積みされていたのを買って読んだ記憶がある。沿線の駅には(8駅しかないが)ほとんど降り立ったことがある。
◇
そんなことから、個人的には親しみがわいて楽しめる作品なのだが、はたして縁もゆかりもない人の目には、どう映るのかは正直気になるところ。
この物語は沿線に暮らす何人かの乗客たちが、同じ車両に乗り合わせることで多生の縁を袖擦り合わせる群像劇だ。
豪華キャストが同じ舞台(車両)に集まるグランドホテル形式になってはいるが、全体の軸となる大きなアクシデントのようなものがないので、観終わるとどうしても総花的でとっちらかった印象が強いのだ。
各駅ごとにエピソードが進む原作は短編小説集のように読めるので、さほど違和感はなかったが、映画となると話は別。
各エピソード
群像劇の各エピソードは、宝塚が舞台だけあって女性がメインだが、さすがに豪華なキャスティングだと改めて感じ入る。
寝取られ相手の披露宴に出席
最も目立つ扱いになっているのが、婚約者をいつの間にか後輩社員に寝取られ、妊娠したので別れ話を持ち出される美人OLの話。
披露宴に新婦より目立って着飾って出席する嫌がらせ女を中谷美紀。浮気男役がなんと鈴木亮平。計算高い奪略女に安めぐみ。
純白のドレスで式出物の袋を持って電車に乗っている中谷美紀が絵的には面白いわけだが、この役に中谷美紀はいい女すぎて説得力がない。
恨みがましく披露宴で報復するより、ほかの女を妊娠させる鈴木亮平をひっぱたいて、安めぐみにコップの水でもかけて婚約解消する方が似合っているから。

孫にも厳しい粋なお祖母ちゃん
息子夫婦とギクシャクした関係ながら、孫(芦田愛菜)といつも出歩いている祖母(宮本信子)。孫を甘やかすでもなく、何ごとにも手厳しい祖母。天才子役・芦田愛菜と宮本信子のコンビに安定感。
本作の多くのエピソードに宮本信子はちょっとずつ絡み、時には啖呵を切り、時には助言をし、狂言回しのような役割を担う。彼女の毅然とした老母キャラは、ここから『あまちゃん』に繋がっていったのかも。
なお、芦田愛菜と宮本信子は近作『メタモルフォーゼの縁側』でも共演。

自分の意志で涙を止めなさい
イケメンだけどDV男(小柳友)にすがりついて、耐えながら半同棲中の女(戸田恵梨香)。こんな男からはさっさと逃げればいいものを、見た目がいいから離れられない女。
電車内で大声を出し威嚇する男に孫を泣かされ、「くだらない男ね」と彼女に囁く宮本信子。そうなんだよなあ。戸田恵梨香にせよ中谷美紀にせよ、何でこういうゲス男に引っかかるかな。
親友役の相武紗季が、DV男のガラケーへし折って水に漬けたのは痺れた。

女子高生とアホな社会人
一方、見どころのある男性もいて、受験生の有村架純が付き合っているアホな社会人の玉山鉄二。
社会常識は苦手でも、彼女を大切に思う気持ちは人一倍で、受験前に投げ槍になっている彼女に誘われてホテルに入っても、最後の一線は越えない。
有村架純は映画初出演。フレッシュだけど、受験生役は『ビリギャル』の方が活き活きして似合っていた気もする。

マルーン電車にもオバサン族
家計を切り盛りして夫や息子と質素ながらも楽しく暮らしている主婦(南果歩)が、PTAの付き合いで迫力満点のうるさいオバサン連中に付き合って豪華な昼食会に連れまわされる。このオバサンたちは社内でも大騒ぎ。
映画は原作以上の迷惑行為で、やや過剰気味。この付き合いで胃が痛くなった南果歩は、戸田恵梨香に助けられ、一方オバサンたちは、宮本信子にお説教をくらい、そそくさと逃げ出す。

軍オタから権オタに
沿線の名門大、関西学院に通う山菜オタクの田舎出身女子大生に谷村美月、パンクで軍オタの同級生に勝地涼。二人は車内で知り合うが、名前を聞かれても無言でいる彼女に男は傷つく。
ハラハラするが、彼女は権田原という苗字がからかわれるので言えなかったという事情が分かり、キャンパスで浮いていた者同士が交際開始。これは本作で屈指の、微笑ましいエピソード。

最後に、私立校に通う女子小学生の中で、女生徒たちに意地悪されるも毅然とした態度で返す女の子(高須瑠香)の話。それを見てた中谷美紀が「あなた、カッコよかったわよ」と声をかけ、駅のベンチで語り合う。
キャストもスタッフも関西圏で
全体を見渡すと、今津線沿線でなければ成り立たない話というのは、小林聖心がある<小林駅>と、関学がある<甲東園駅>、披露宴会場の宝塚ホテル。
その他は特に沿線固有の話ではないのだが、こういう文化的な匂いのある駅ばかり、片道15分で走る電車というのは、他にはあまり見当たらないのかも。
芦田愛菜をはじめ、キャスト・スタッフの多くが兵庫県出身で固められているのには驚いた。

谷村美月と南果歩は、本作と同じようなグランドホテル形式で函館の町を描いた『海炭市叙景』(2011)にも出演しているのだが、二人ともまるで別人のような演技なのが面白い。宝塚と函館の気候の違いからくるものなのか。
エンドロールにはaikoの「ホーム」が流れる。彼女には「三国駅」なんて曲もあって阪急電車への思い入れも強いのだろう。だから、ここにaikoが来るのも、ちょっと嬉しい。