『ハッピーアワー』
濱口竜介監督が世間の注目を浴びるきっかけとなった5時間17分の超長編群像ドラマ。
公開:2015年 時間:317分
製作国:日本
スタッフ
監督: 濱口竜介
キャスト
あかり: 田中幸恵
桜子: 菊池葉月
芙美: 三原麻衣子
純: 川村りら
良彦: 申芳夫
拓也: 三浦博之
公平: 謝花喜天
鵜飼: 柴田修兵
日向子: 出村弘美
風間: 坂庄基
淑恵: 久貝亜美
栗田医師: 田辺泰信
柚月: 渋谷采郁
みつ: 福永祥子
河野: 伊藤勇一郎
葉子: 殿井歩
こずえ: 椎橋怜奈
勝手に評点:
(悪くはないけど)

コンテンツ
あらすじ
30代も後半を迎えた、あかり、桜子、芙美、純の4人は、なんでも話せる親友同士だと思っていた。純(川村りら)の秘密を知るまでは……。
中学生の息子がいる桜子(菊池葉月)は、多忙な夫を支えながら家庭を守る平凡な暮らしにどこか寂しさを感じていた。
編集者である夫をもつ芙美(三原麻衣子)もまた、真に向き合うことのできないうわべだけ良好な夫婦関係に言い知れぬ不安を覚えていた。
あかり(田中幸恵)はバツイチ独身の看護師。できの悪い後輩に手を焼きながら多忙な日々を過ごし、病院で知り合った男性からアプローチを受けるも今は恋愛をする気になれずにいる。
◇
純の現状を思わぬかたちで知った彼女たちの動揺は、いつしか自身の人生をも大きく動かすきっかけとなっていく。つかの間の慰めに4人は有馬温泉へ旅行に出かけ楽しい時を過ごすが、純の秘めた決意を3人は知る由もなかった。
やがてくる長い夜に彼女たちは問いかける。私は本当になりたかった私なの?
今更レビュー(ネタバレあり)
これが濱口メソッドだ
配信もレンタルも上映会もないので、ついにDVDを購入し観賞に至った、濱口竜介監督の5時間17分の超長編『ハッピーアワー』。演技経験のない主演の4人の女優が、ロカルノ国際映画祭にて最優秀女優賞を受賞する。
なるほど、これが濱口メソッドと呼ばれる演技指導の賜物か。その後に三大国際映画祭をグランドスラムする監督の原点を感じ取れる作品なのは興味深い。
◇
この映画が各国で高く評価されているのは喜ばしいのだが、いざ自分にとってはそこまで面白い作品だったかというと、正直微妙だった。私にとって濱口竜介監督の作品との相性がけして高いわけではないことも、背景にあるのだろう。

『寝ても覚めても』や『ドライブ・マイ・カー』には感服したが、『偶然と想像』や『悪は存在しない』は、映画祭の受賞結果と私の評価にはギャップがあった。濱口作品への理解が深まればと思って本作に臨んだが、簡単に溝は埋まらなかった。
◇
とはいえ、映画はけして退屈なわけではない。いやむしろ、どう転がっていくか分からない面白さがある。
5時間17分必要か?
演技経験のほとんどないワークショップ参加者を中心に、気が遠くなるような本読みをひたすら重ねるという演技指導法。その効果は、後に『寝ても覚めても』で東出昌大と唐田えりかを不倫の道に引きずり込んでしまうほどだ。
4人の主演女優はみな、これまで役者の経験がないとは思えないほどの、迫真の演技だった。
その他の出演者の中には、何人か棒読みというか、台詞を言わされている感が抜けない人物もいたが、これは監督のねらいなのか、役者の限界なのか、よく分からなかった。
◇
濱口竜介監督のジョン・カサヴェテス好きは良く知られているが、なるほど、本作が『ハズバンズ』を意識したのはよく分かった。
主人公がそれぞれ人生にトラブルを抱える妻たち(バツイチ含む)だから、男女の主客は逆になっているが、会話や展開が日常のドラマのようで、しかもどう転がるか想像できないハラハラ感は、インデペンデント系映画ならではだ。

ただ、5時間を超える上映時間は、さすがにどうなのかと思う。勿論、それだけの長尺に必然性があるドラマや歴史ものであれば話は別だが、この映画にそこまでの意義を私には見出せなかった。
例えば、序盤に登場するワークショップのシーンなどは、相当長いけれども、まだ観る方も元気だし、自分も参加しているような感覚になるので楽しめた。
だが、後半に出てくる、女性作家の朗読会シーンは、小さな声で著作を読み上げるのを延々と聞かされるのがつらかった(もう終盤で疲れているからか)。
イベントのあとの打ち上げで討論会のように意見をぶつけ合うのも、序盤と終盤で二回も登場するとちょっと食傷気味。
仲良し女子4人組
映画は冒頭、ケーブルカーに並んで座る女子4人。ポスタービジュアルにもなっている美しいショットだ。てっきり六甲ケーブルだと思っていたが、近隣の摩耶ケーブルで撮ったらしい。

山頂の公演で久々の女子会で盛りあがる30代後半の4人は、それぞれに相談できない悩みを抱えている。
◇
バツイチ独身の看護師あかり(田中幸恵)は、思ったことをズケズケと言わずにいられない直情型の姉御肌。覚えの悪い後輩看護師の柚月(渋谷采郁)を厳しく指導、同僚医師の栗田(田辺泰信)とは微妙な距離感、仕事に追われる毎日。
あかりは4人の中では一番男勝りなキャラだが、独身のせいか何人かに言い寄られ、モテキを迎える。駄目ナースの渋谷采郁は、『悪は存在しない』にも出演、最近では『ナミビアの砂漠』で箱庭療法の駄目カウンセラー役。

桜子(菊池葉月)は、多忙な夫・良彦(申芳夫)を支えながら家庭を守る平凡な主婦。中学生の息子・大紀(川村知)が彼女を妊娠させたことで、姑のみつ(福永祥子)と二人で相手の家に詫びに行く。
唯一の専業主婦だが、夫との夫婦関係は冷めている。嫁姑の関係が意外と温かいのが救い。菊池葉月は『悪は存在しない』にもうどん屋の妻で出演。
アートセンターPORTOのキュレーター、芙美(三原麻衣子)もまた、編集者である夫・拓也(三浦博之)とはうわべだけ良好な夫婦関係。
拓也は担当する若手作家のこずえ(椎橋怜奈)には、自分に見せないような明るい顔を見せる。ロン毛と無精ひげが違和感ありまくりの拓也は、『悪は存在しない』のうどん店主で、本作の桜子と夫婦役を演じている。

そして最後に、4人の中では一番社交的でみんなを牽引していく純(川村りら)。明朗なキャラとは対照的に、現在、学者である夫の公平(謝花喜天)とは離婚協議中。
浮気をしたのは純の方で、夫と別れたくて仕方がないが、夫は彼女を愛し続け、離婚を認めないという状況。川村りらは、本作の脚本・野原位の初監督作『三度目の、正直』に主演。同作には他にも『ハッピーアワー』出演者が多数登場。
重心を失った生活
5時間超の作品なので、物語を説明しきれないが、この4人が「重心とは」というワークショップに参加し、講師を務めたアーティストの鵜飼(柴田修兵)や、参加者の日向子(出村弘美)、風間(坂庄基)、淑恵(久貝亜美)と親しくなる。
親友4人はそれまで、ギリギリの状態で日々の生活に耐えていたが、鵜飼がその重心を崩してしまったことで、次々と日常に亀裂が入っていくように見えた。
◇
ワークショップで教わったように、4人は互いの腸に耳を当て、相手の本心を分かり合おうとするのだけれど、なかなか関係は修復しない。

彼女たちを取り巻く男たちは、あかりを口説く芸術家気取りの鵜飼も、昭和的亭主像の桜子の夫も、自分勝手な理想で純を追い続ける離婚調停中の夫も、若い作家に心揺れるロン毛男も、みんなポンコツばかりだ。
◇
だが、仲良し女子4人組の方も、あまり共感できそうな人物がいない。常にトゲトゲしているあかりに、夫にきちんと不満もいえず最後に爆発する桜子と芙美、純だって、離婚するために法廷で夫に対する嘘を並べ立てる。
ムシャクシャするからかワークショップの男たちに抱かれてしまう者もおり、関係性だけみれば、まるで金妻の世界のようだ。

冒頭のケーブルカーのほか、有馬温泉界隈の川や滝、純が神戸を離れるフェリー乗り場。神戸のロケ地を見ているだけでも楽しい。
この映画は、3時間くらいに短くしたら、もっと良くなるように思う。長時間並んで入った飲食店がおいしく感じられるように、5時間気合いれて観た映画は、褒めないと自分が損した気になるんじゃないか。
だからこの映画は世間の評価が高いのかも、そう考えてしまう私は、まだまだ本読みが足りていないのだろう。