『ボーン・アイデンティティー』一気通貫レビュー①|記憶のない暗殺者

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『ボーン・アイデンティティー』
The Bourne Identity

マット・デイモン主演、記憶を失くした殺人兵器ジェイソン・ボーンのシリーズ第一作

公開:2002年 時間:119分  
製作国:アメリカ

スタッフ 
監督:          ダグ・リーマン
脚本:         トニー・ギルロイ
      ウィリアム・ブレイク・ヘロン
原作:        ロバート・ラドラム

               『暗殺者』
キャスト
ジェイソン・ボーン:  マット・デイモン
マリー・クルーツ:  フランカ・ポテンテ
コンクリン:      クリス・クーパー
アボット副長官:  ブライアン・コックス
ウォンボシ:

     アドウェル・アキノエ=アグバエ
プロフェッサー:  クライヴ・オーウェン
カステル:       ニッキー・ノーデ
マンハイム:     ラッセル・レヴィー
ニッキー:     ジュリア・スタイルズ
ダニー・ゾーン:    ガブリエル・マン
船医:     オルソ・マリア・グェリニ
イーモン:       ティム・ダットン

勝手に評点:3.5
(一見の価値はあり)

あらすじ

嵐の夜、イタリアの漁船がマルセイユ沖で瀕死の男(マット・デイモン)を救助する。男は記憶を失っており、自分の名前も経歴も思い出せない。

手がかりとなるのは皮膚に埋め込まれたマイクロチップのみで、彼はそこに記された銀行名を頼りにスイスを訪れる。銀行の貸金庫には多額の現金と拳銃、そして彼の写真が貼られているが名前も国籍もそれぞれ異なる複数のパスポートが預けられていた。

やがて暗殺者たちに命を狙われた彼は、偶然出会ったマリー(フランカ・ポテンテ)に協力を求め、彼女の車でパリへと向かう。

一気通貫レビュー(ネタバレあり)

心因性の健忘に苦しむ元CIAの暗殺者、ジェイソン・ボーンのスパイ・アクション映画、主演はマット・デイモン。一作目にあたる本作の大ヒットで、シリーズ化。

メガホンを取ったダグ・リーマンは本作のみで監督を退くが、以降のシリーズ作品でも製作総指揮に携わる。

原作はロバート・ラドラム『暗殺者』ダグ・リーマン監督が高校時代から惚れこんでいたこの原作を自ら映画化に企画。私も読んでみたが、記憶は失ったが身体が条件反射的に動いて敵を倒してしまう主人公という設定は確かにユニークで面白い。

映画は原作に忠実というわけではなく、2時間枠に収まるよう、かなりコンパクトな内容に濃縮されているが、一方でアクション部分には相当こだわっており、なかなか見応えがある。

この映画が観客を魅了したのは、スパイ・アクションにリアリティを持ち込んだことだと思う。公開時期は2002年、『ミッション・インポッシブル』イーサンジョン・ウー監督の二作目で派手なアクションをやってた頃だ。

ジェイソン・ボーンと同じイニシャルの英国の同業者007は、ピアーズ・ブロズナンが最終作『ダイ・アナザー・デイ』で、ボンドガールのお相手に忙しい。スパイの仕事って、こんなに現実離れした派手なものなのか。

映画の嘘臭さに辟易していた者たちの目に、質素な服装で派手さと縁遠いジェイソン・ボーンはとても新鮮に映った。その後、ジェームズ・ボンドダニエル・クレイグに交代しシリアス路線になったのは、本作ヒットの影響もあるのだろう。

映画は冒頭、地中海上に浮かぶ男性(マット・デイモン)が漁船に救助される。背中に弾痕、記憶はなく、手掛かりは体内に埋め込まれたマイクロカプセルのスイス銀行の口座番号のみ。

船医(オルソ・マリア・グェリニ)に救われた男は、銀行の貸金庫に行き「ジェイソン・ボーン」という自分の名前を知るが、同時に6冊の偽造パスポート大量の札束、そして一丁の銃を見つけ、自分の正体に不安を覚える。

貸金庫に預けたもので記憶を探っていく過程は、マット・デイモンの盟友ベン・アフレック主演、フィリップ・K・ディック原作の『ペイチェック 消された記憶』と、どことなく似ている。

まるで謎解き脱出ゲームのように、一つずつ自分のアイデンティティの手がかりを見つけていくボーン。何も分からないのに、自分のことを知っている連中に襲われ始める。

鋭い勘と反射神経で、襲われそうになると俊敏に身体が動き、気づけば相手は倒れている。人を食ったようなこのキャラ設定が何とも痛快だし、真面目くさった顔でマット・デイモンがそれを演じているミスマッチさもいい。

スイスで職質してきた警官を叩きのめしたことがきっかけで、逃げ込んだ米国領事館で大勢の警備兵に追われる羽目になるボーン。

非常口の地図を壁から剥がし、奪った無線で敵の動きを知り、高層階の窓からパルクールのように何の道具もなく壁を降りてくる。すぐに銃で反撃ではなく、まず知性と肉体で勝負するところが、浦沢直樹『マスター・キートン』のようだ。

ボーンの正体は、CIAの極秘作戦「トレッドストーン」の暗殺者の一人。彼はアフリカの亡命独裁者ウォンボシ(アドウェル・アキノエ=アグバエ)暗殺に失敗し、背中を撃たれ海に落ちたのだった。

CIAのコンクリン(クリス・クーパー)は証拠隠滅の為にボーンを葬ろうと暗殺者達を送り込む。

所属組織に命をねらわれる憂き目に遭うパターンは、『ミッション・インポッシブル』にもあったし、キアヌ・リーヴス『ジョン・ウィック』などもその系統といえる。

 

CIAのボスは副長官のアボット(ブライアン・コックス)

『アダプテーション』(2002、スパイク・ジョーンズ監督)でもコックスと共演しているクリス・クーパーだが、公開時はまだ『アメリカン・ビューティー』(1999、サム・メンデス監督)の強烈な印象濃厚で、CIAの管理職としては頼りなくみえる。

孤軍奮闘のボーンにとってたった一人の味方となったのは、領事館で偶然出会った女性マリー(フランカ・ポテンテ)。多額の金を支払い彼女の古いミニ・クーパーでパリまでの同行を頼むだけのはずが、いつの間にか惹かれ合う仲に。

フランカ・ポテンテといえば『ラン・ローラ・ラン』(1998、トム・ティクヴァ監督)だなあ。最近見かけないせいか、懐かしい。

ボーンをねらうトレッドストーンの殺し屋たちの中で、際立つ存在感をみせたのが、クライヴ・オーウェンの演じる、<教授>の名を持つスナイパー。ぶっちゃけ、ボーンよりもカッコいいっす。

ジェームズ・ボンド役の候補にも挙がったクライヴ・オーウェンだけあって、スパイ役はお手の物だが、寡黙で腕の立つ狙撃兵なのが憎い。ボーンとの対決も魅せてくれるし、散り際がまた潔く美しいのだ。

飛行機からスカイダイビングすることも、高速走行中の列車の屋根で戦うことも、地下に造られた敵の要塞もこのスパイ・アクションにはない。

だがそこには、オンボロのミニでパリの細い舗道を白バイから逃げ回るチェイスがあり、目にもとまらぬ速さで敵の攻撃を封じるボーンの反射神経があり、知りたくない自分の過去を捨てて彼女と新しい人生を歩みたいと願う主人公のナイーブさがある。

「記憶はないが自分は凄腕の暗殺者だった」という設定を、お気楽なスパイアクションに仕立てるのではなく、しっかりとボーンの苦悩や葛藤も描いているところに、ダグ・リーマン監督の原作へのレスペクトを感じる。

敵を倒したら海の上の救命ボートで女と乳繰り合う英国スパイに比べ、再会した彼女とハグするジェイソン・ボーンのエンディングは、何と爽やかなのだろう。