『インサイダー』考察とネタバレ!あらすじ・評価・感想・解説・レビュー | シネフィリー

『インサイダー』今更レビュー|銃撃戦なしでもマイケル・マンならスリル十分

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『インサイダー』
 The Insider

マイケル・マン監督がアル・パチーノとラッセル・クロウの共演で撮った、緊迫感溢れる内部通報者の神経戦。

公開:1999年  時間:157分  
製作国:アメリカ

スタッフ 
監督・脚本:       マイケル・マン

キャスト
ローウェル・バーグマン: アル・パチーノ
ジェフリー・ワイガンド:ラッセル・クロウ
マイク・ウォレス:
        クリストファー・プラマー
リアーン・ワイガンド:
          ダイアン・ヴェノーラ
ドン・ヒューイット:
      フィリップ・ベイカー・ホール
シャロン・ティラー: リンゼイ・クローズ
デビー・デ・ルカ:    デビ・メイザー
エリック・クラスター:
      スティーヴン・トボロウスキー
ヘレン・カペレッリ: ジーナ・ガーション
トーマス・サンドファー:
           マイケル・ガンボン

勝手に評点:3.5
  (一見の価値はあり)

あらすじ

CBSの人気報道番組「60ミニッツ」のプロデューサー、バーグマン(アル・パチーノ)の元に匿名でタバコ会社の極秘書類が届けられた。バーグマンはこの書類を調べ、ワイガンド(ラッセル・クロウ)なる人物に行き当たる。

ワイガンドは大手タバコ会社、B&W社の研究開発部門の副社長だったが、上層部と対立し解雇されていた。彼の握る秘密とは、タバコ業界の存在を根底から崩し得る決定的な証拠だった。

ワイガンドがマスコミと接触したと知ったB&W社は、ワイガンドと彼の家族に圧力をかけ始める。

今更レビュー(ネタバレあり)

『インサイダー』と聞くと、内部情報による不正な株取引の映画かと思いきや、タバコ業界の内部告発ものであった。

ジャーナリズムを貫く報道番組のプロデューサーアル・パチーノ、不当解雇された会社を相手に、真実の告白をしようとする内部告発者ラッセル・クロウという組み合わせ。監督はマイケル・マン

冒頭、目隠しされた男がイスラム教シーア派の政治組織ヒズボラの長老の前に連行される。取材を依頼しているのだ。男はCBSの看板ドキュメンタリー報道番組”60ミニッツ”のプロデューサー、ローウェル・バーグマン(アル・パチーノ)

命がけで取材の実現に成功するが、インタビュアーのマイク・ウォレス(クリストファー・プラマー)も老齢とはいえ超強気なジャーナリスト。いつ銃を向けられてもおかしくない状況で、彼らは普段通りのスタイルで番組作りを進める。

一方、大きな会社の研究所からアウディで大きな屋敷に帰る重役のジェフリー・ワイガンド(ラッセル・クロウ)。幸福そうな家庭だが、幼い姉妹のひとりが喘息を患っている。

クルマのトランクにはたくさんの荷物。「これは何?」と妻リアーン(ダイアン・ヴェノーラ)の問いかけに、「解雇された」と告げるジェフリー。

ここで初めて、彼の不自然な帰宅の謎が解ける。彼はタバコ大手のB&Wの副社長だったが、突然にクビになったのだ。

バーグマンはフィリップモリスの社員から匿名で送られてきたタバコ産業に関する極秘資料の内容が理解できず、伝手を辿ってワイガンドにコンタクトをとる。

はじめは接触を拒んでいたワイガンドだが、バーグマンの強引な交渉術で、ついに秘密裡に面談することに。

会社との守秘義務で、解雇後も話せることは限られる」と言っていたワイガンドだが、彼に何かを話されては困るB&Wは更に厳しい守秘義務を課してくる。

こんな風に物語は展開していく。冒頭のヒズボラの場面から、マイケル・マン監督お得意のバイオレンス作品を漠然とイメージしていたが、それっぽいのは導入部分だけで、あとは完全に社会派映画だ。

だが、アル・パチーノ高層ビルの窓ガラス越しに地上を見下ろすカットの緊迫感は、まさに『ヒート』のそれである。マイケル・マンには、銃撃戦などなくとも同じスリルを与えられるのだ。

(c)Photofest / Getty Images

熱血ジャーナリズム映画の傑作といえば、古くは『大統領の陰謀』から、近年なら『ペンタゴン・ペーパーズ』。新聞記者が主人公のパターンが多いが、本作では報道番組の製作者。

CBS”60ミニッツ”は硬派な報道番組で、日本でもかつてピーター・バラカン吉川美代子がキャスターとなって放送していた。

日本での放送は終了して久しく、看板記者のマイク・ウォレスもとうに亡くなってしまったが、私は今も番組をポッドキャストで愛聴している。

そのため、つい“60ミニッツ”を英雄視して観てしまうが、後半になると、CBS内で内部分裂を始める点が実に意外であり、また面白かった。

(c)Photofest / Getty Images

本作のユニークな点は、バーグマンが正義の報道のために突っ走ることよりも、ニュースソースであるワイガンドをいかに保護するかに主眼が置かれている点だ。

ホイッスル・ブローワー。内部告発の警笛を吹く人は、どれほど法で保護されようが、不当な扱いを受けたり、それこそ身の危険を感じることさえある。

バーグマンと接触したことから、B&Wに目を付けられ、身の危険も感じるようになったワイガンド。「俺は絶対に、人を売らない!」と自分の潔白を叫ぶバーグマン。

だが、ワイガンドと家族は、何者かにつけ狙われる。夜間営業のゴルフの練習場、ワイガンドの背後で球を打ちながら彼を睨んでいるスーツ姿の大男。広い練習場に不気味な男と二人だけ。雰囲気だけで十分怖い。

ラッセル・クロウがそんな男たちの存在に恐れるような繊細な人物に見えるのか。

いや、本作の彼はまだ『グラディエーター』で一躍ブレイクする前年であり、全身から力強さが漲っているイメージとはだいぶかけ離れている。『ビューティフル・マインド』で演じた教授キャラに近い。

(c)Photofest / Getty Images

ワイガンドは一体どんな内部情報をつかんでいるのか。今では信じられないが、当時、米国タバコ産業の大手7社のトップは「ニコチンに中毒性はない」と口々に証言している。

当然そんなはずはなく、B&Wでは更にニコチンの中毒性を増強するような成分を注入していることまで、ワイガンドは把握していた。

守秘義務違反に問われずワイガンドに語らせるにはどうすればよいか。真実のみを語ると宣言し、法廷で証言させればいい。

バーグマンたちはこの手で彼に語らせようとするが、B&Wの差し金で、他の州から情報の公開禁止命令が出てしまう。強行すれば、ワイガンドは投獄されかねない。

(c)Photofest / Getty Images

会社からは退職金も喘息の娘のために不可欠な健康保険も断たれ、ワイガンドは家を手離し、引っ越し先の学校で教鞭をとり始める。邸宅が人手に渡り泣く妻が不憫だが、新しい家だって日本人の目には豪邸に見えるのが悲しい。

全てを投げ売って、真実を証言したワイガンド。帰宅すると妻は娘たちを連れて出て行っていた。

大企業に立ち向かう内部告発ものの映画といえば、トッド・ヘインズ監督の『ダークウォーターズ 巨大企業が恐れた男』を思い出す。どちらの内部告発者も、すべてを失う覚悟で、真実のために戦い続けるのだ。

裁判での証言も、マイク・ウォレスとのインタビューも胸を打つ。だが、いつ放映するかを決めようとしていると、CBS上層部から、違法行為への関与で訴訟リスクがあるため、インタビューを再編集しろとの指示がくる。

“”60ミニッツともあろうものが、会社の方針でスクープをもみ消してしまうのか。これはどうやら事実に即しているらしく、驚かされる。しかも、正義の人マイク・ウォレスさえも、会社側になびいて、バーグマンが孤立無援になってしまうのだ。

(c)Photofest / Getty Images

情報ソースの人物を護るためには手段を選ばないバーグマンの美学。アル・パチーノの渋さ。クリストファー・プラマー演じる重鎮ウォレスが、後半に敵か味方か分からなくなるのもいい。

宿敵B&Wの社長トーマス・サンドファー役には、『ハリポタ』ダンブルドア校長でお馴染みマイケル・ガンボン

結局、バーグマンが編み出したのは、CBSが訴訟リスクを恐れてインタビューをお蔵入りにしたことをNYタイムスにリークして記事に書かせる奇策。これにより外堀が埋められたCBSは、インタビューの放映を決める。

反響は大きく番組は信用回復するが、バーグマンとワイガンドが喜び合うことはない。それどころか、二人が再会することもないのが潔い。

「俺は情報提供者を護りきれなかった」

引き留めも虚しく、バーグマンは番組を去る。四半世紀前、青臭いジャーナリズムがまだ生きていた時代の話だが、痺れる。