『Cloud クラウド』
黒沢清監督の最新作は、原点回帰したような粗削りの恐怖と不条理の世界。
公開:2024 年 時間:123分
製作国:日本
スタッフ
監督・脚本: 黒沢清
キャスト
吉井良介: 菅田将暉
秋子: 古川琴音
村岡: 窪田正孝
佐野: 奥平大兼
三宅: 岡山天音
滝本: 荒川良々
殿山: 赤堀雅秋
矢部: 吉岡睦雄
井上: 三河悠冴
勝手に評点:
(一見の価値はあり)
コンテンツ
あらすじ
町工場で働きながら転売屋として日銭を稼ぐ吉井良介(菅田将暉)は、転売について教わった高専の先輩・村岡(窪田正孝)からの儲け話には乗らず、コツコツと転売を続けていた。
ある日、吉井は勤務先の工場の社長・滝本(荒川良々)から管理職への昇進を打診されるが、断って辞職を決意。郊外の湖畔に事務所兼自宅を借りて、恋人・秋子(古川琴音)との新生活をスタートさせる。
地元の若者・佐野(奥平大兼)を雇って転売業は軌道に乗り始めるが、そんな矢先、吉井の周囲で不審な出来事が相次ぐように。
吉井が自覚のないままばらまいた憎悪の種はネット社会の闇を吸って急成長を遂げ、どす黒い集団狂気へとエスカレート。得体の知れない集団による“狩りゲーム”の標的となった吉井の日常は急激に破壊されていく。
レビュー(まずはネタバレなし)
原点回帰したか、粗削りの魅力
初期の黒沢清監督の面白さと不穏さが戻ってきたような作品だった。『蛇の道』はセルフリメイクされたことで画質も美しくなり洗練されたが、オリジナルのもつ粗削りな魅力が失われてしまった。
その意味では、最新作でその風合いを取り戻してくれたことは喜ばしい。
◇
本作は黒沢監督と菅田将暉との初タッグ。町工場でまじめに働く一方で転売屋としての副業が忙しい、主人公の吉井良介を菅田将暉が演じている。
これはというものをみつけると、安く買いたたいて大量購入しては、ネットで高額で売り抜いてサヤを抜く。けして違法な商売という訳ではなさそうだが、かといって健全にもみえず、おそらくギリギリの線を渡って日銭を稼いでいるのだろう。
PC画面一杯に並んだ出品商品の画像が、眺めているうちに次々と高値で売れていく様子には、高揚感とともに背徳感が漂う。PC画面だけでどこか不気味な『回路』の雰囲気。
目新しいキャスティング
吉井は工場の滝本社長(荒川良々)から昇格の打診をされるが、自分は管理職に向かないと辞退し、転売に注力する。
彼に転売ヤ―のノウハウを教えた、ヤバそうな先輩の村岡(窪田正孝)、そして恋人の秋子(古川琴音)。ああ、何かみんな裏の顔がありそうな連中で、クロサワ作品向きだ。
◇
若手の実力派、菅田将暉と窪田正孝の組み合わせは豪華だ。共演は『銀魂2 掟は破るためにこそある』以来6年ぶりか。
菅田は『あゝ、荒野』、窪田は『初恋』や『春に散る』等でボクサー役を演じているせいか、二人とも痩躯で筋肉質と雰囲気が似ている。
古川琴音は黒沢映画のヒロインとしてはやや異質かと思ったが、初期作品に重用した洞口依子の系譜と言えるかもしれない。
◇
町工場からアパートまで、今回も不気味なロケ地を探してきては惜しげもなく使う。この舞台とカメラアングルのおかげで、何も起きなくたって怖いのがクロサワ映画だ。
意味もなく怖がらせるシーンもいくつかみられたが、まあ細かいことは言いっこなし。個人的に本作で一番怖かったのは、工場を退職し転売業を大きく始めようとしている矢先、吉井のアパートを滝本社長が訪ねてくる場面。
突然の停電で部屋が真っ暗になった時に、窓の外の暗闇に荒川良々が無表情で立っている。それだけなのに、不気味さがハンパない。
あんた、転売屋なんだって?
群馬県の湖畔に事務所兼自宅を借りて、吉井と秋子との新しい暮らしが始まる。
「こんな広いキッチン初めて!」とはしゃぐ秋子だが、ここで美味しい手料理がふるまわれ、幸福な新生活が始まるはずがない。だって、この広くて寒々しい部屋は、いかにも黒沢清が好みそうな、不吉な物件に見えるもの。
◇
吉井は地元の若者・佐野(奥平大兼)をアシスタントに雇って、商売を拡大させていく。佐野は好青年のようにみえるが、はたして本性はどうなのだろう。そう思っていると、湖畔の生活にも次々と不審な出来事が相次ぐようになる。
警察に被害届を出しに行くと、「あなた、転売屋なんだって。偽ブランドとか扱ってないよね。今度見せて」と警官(矢柴俊博)に言われ、慌てて帰宅すると、証拠隠滅のため、大量のバッグを安値で売りさばく。
もう、この頃には吉井の扱う偽物商品で、彼のハンドルネーム「ラーテル」は、被害者の会ができるほどに叩かれまくっていた。
狩りゲームが始まる
こうして後半戦には、吉井の知らぬ間に彼を憎悪する連中が寄せ集まって、みんなで吉井を血祭にあげる計画が動き出す。随分とバイオレンス寄りで銃の撃ち合い中心の展開は、黒沢清というより三池崇史っぽいテイストに思える。
気がつけば標的となっている吉井に、匿名集団が襲いかかる。どうみても素人集団の彼らが、手に手に銃やライフルを持って獲物の吉井を追い詰める。
- 吉井に偽ブランドをつかまされて痛い目に遭った三宅(岡山天音)
- 自社の医療機器を買い叩かれた殿山(赤堀雅秋)
- 集団でゲームのように獲物を襲うリーダー格の矢部(吉岡睦雄)
- 若手の井上(三河悠冴)、そしてなぜかライフル片手に吉井を追う滝本(荒川良々)
安物の紙袋を被って顔を隠す『箱男』ならぬ「袋男」の岡山天音のクズっぷりがいい。『笑いのカイブツ』以来、この男のキレた行動は読めないな。
あの作品では、お笑いのハガキ職人だった岡山天音の数少ない理解者が菅田将暉だったのに、今回はまったくの敵対者。
リーダー格の吉岡睦雄は顔つきと高めの声質で正名僕蔵と一瞬間違えたが、黒沢清監督の前作『Chime』でも主演している人物。入江悠監督の『シュシュシュの娘』で怪演していたひとか。
レビュー(ここからネタバレ)
ここからネタバレしている部分がありますので、未見の方はご留意ください。
後半は、狩りゲームで追い詰められる吉井の逃亡劇とガンバトルが繰り広げられるが、武器と人数では優勢にあるとはいえ、彼を襲うメンバーの顔触れをみても、どこか頼りない。
このまま悪運の良い吉井が逃げ切れるのか、あるいは制裁をくらうのか判然としない中に、敵陣営に黒幕の村岡(窪田正孝)が姿を現す。
これで勝負あったかと思っていると、孤軍奮闘の吉井のもとに、転売アシスタントで雇った(しかも解雇した)若者・佐野(奥平大兼)が颯爽と登場。
本作でいちばん意外なキャラだったのは、この佐野かもしれない。彼には隠れた素性もあり、滅法強く、しかも銃の使い手。さすが、『赤羽骨子のボディガード』が務まるだけはある。
◇
最後には秋子まで参入しての乱戦模様。古川琴音が拳銃握ると、『リボルバー・リリー』のワンシーンかと思ってしまう。
どんなに激しい銃撃戦でも、血が飛び散ったり、死体がグシャグシャだったりというウェット感は控えめで、さっぱりドライなのが黒沢清監督流。
それにしても、転売ヤーは生死をさまようときでも、商品の売上と在庫管理が気になるものなのか。これもまた、シビアな商売だなあ。