『箱男 The Box Man』考察とネタバレ!あらすじ・評価・感想・解説・レビュー | シネフィリー

『箱男 The Box Man』考察とネタバレ|これぞ、安部公房の箱男dism

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『箱男 The Box Man』

安部公房の代表作「箱男」を27年越しの執念で石井岳龍監督がついに映画化。

公開:2024 年  時間:120分  
製作国:日本

スタッフ 
監督:        石井岳龍
原作:        安部公房

『箱男』
キャスト
わたし:       永瀬正敏
ニセ医者:      浅野忠信
葉子:        白本彩奈
軍医:        佐藤浩市
ワッペン乞食:    渋川清彦
女刑事:       中村優子
刑事の上司:     川瀬陽太

勝手に評点:4.0
   (オススメ!)

(C)2024 The Box Man Film Partners

あらすじ

ダンボールを頭からすっぽりと被った姿で都市をさまよい、覗き窓から世界を覗いて妄想をノートに記述する「箱男」。それは人間が望む最終形態であり、すべてから完全に解き放たれた存在だった。

カメラマンの“わたし”(永瀬正敏)は街で見かけた箱男に心を奪われ、自らもダンボールを被って箱男として生きることに。そんな彼に、数々の試練と危険が襲いかかる。

レビュー(まずはネタバレなし)

安部公房の代表作『箱男』。かつて、今思えば相当過激なバラエティ番組『電波少年』の中で、芸人が鉄製の箱に入って、見知らぬ人の善意で移動する企画があったことを覚えている人もいるかもしれない。あれの元ネタも、この『箱男』だった。

27年前石井岳龍監督は永瀬正敏佐藤浩市の共演でこの原作を映画化する予定だったが、ドイツでのクランクイン直前で企画が頓挫してしまう。

だが、監督は諦めることなく、2013年に再び企画が動き出す。娯楽色の強かった当初案は原作も持つ特殊な世界観に改められ、ついに作品として結実した。

中学か高校時代だったか忘れたが、当時私はこの原作を読んだ映画仲間たちと8ミリ映画を撮ろうとした。だが、段ボール箱ひとつあれば映画が作れるほど話は単純ではなく、企画はすぐに潰えた。

そんな低レベルな思い出話と、この執念の映画化実現を並べて論じることはできないのは重々承知している。

だが、スクリーン一杯に段ボールを被った男が現れ、原作にも掲載された安部公房の撮った写真(懐かしい日本勧業銀行!の宝くじボックスほか)が出てくると、得も言われぬ感動を覚える。

(C)2024 The Box Man Film Partners

当初の企画から公開までの間に、安部公房は鬼籍に入り、石井聰亙岳龍と改名し、永瀬正敏佐藤浩市は日本映画界を背負って立つ大物俳優となった。

時代は大きく変わり、当初の企画頓挫が1997年、原作は更に遡り1973年に発表された小説とくれば、令和の作品としては時代に合わないのではないか。

はじめのうちは、私はそんな懸念を抱いていた。だが、それはまったくの杞憂だった。

1972年という時代設定や冒頭のモノクロの映像は、古びた段ボールを被ってゴミ捨て場に蹲っている男とよく似合っている。

画面がカラーになっていくと、どう頑張っても昭和にはみえなくなるが(街の看板ですぐ分かる)、そんな令和の街角でも、箱男の存在は十分にリアリティを感じさせるのだ。いや、むしろ存在に説得力を増しているかもしれない。

誰にも干渉されず、自分という存在を消し去って段ボールの箱に入り込んで街に溶け込む。完全な孤立と匿名性。誰からも見られることなく、四角い覗き穴を通して世間の人々を見続ける。

騙されたと思って、一度その箱の中に身を置くと、暑さや痒さ、苦しさなど苦にもならない居心地の良さと心の安寧に気づく。こうして主人公のわたし(永瀬正敏)も、興味本位で被った段ボールに魅了され、箱男となる。

「箱男を意識するものは、みな箱男になる」

箱に入って名もなき者として生活することは、当初企画のあった27年前であればホームレス生活や引きこもりのような生き方に近かったように思う。

だが、現代においてはこの箱男は、まさにスマホに依存する日常そのものだ。往来でも電車の中でも、人々はスマホという見えない段ボール箱の中で暮らすように周囲を遮断し、自分の正体を明かさず匿名性の中で毒を吐き世界を覗き見る。

わたし(永瀬正敏)を空気銃でねらい撃ちするワッペン乞食(渋川清彦)、数万円を与えて<わたし>の段ボールを手に入れようとする謎の女、葉子(白本彩奈)軍医(佐藤浩市)とその身分を騙るニセ医者(浅野忠信)

ニセ医者は箱男の存在を乗っ取ろうと画策しているようだが、看護師の葉子を使って箱男に何を企んでいるのか。それらしいストーリーはあるものの、脚本重視のミステリー映画ではない。

数万円の対価で愛着のある箱を捨て、箱男の座を譲って、葉子との変態プレイを覗き見る者から、ニセ医者に見られる者になることができるか。

箱男である<わたし>は何から何まで仔細にノートに記録を書き綴っているが、ニセ医者や軍医はそれを模倣する記録を書き、誰が本当の箱男なのか惑わすような展開になってくる。

映画は難解にも思えるが、原作とほぼ同じ構造であり、誰もが箱男になりえるような迷宮を構築する。

わたしを演じた永瀬正敏は、『俺たちひょうきん族』ブラックデビル(明石家さんま)を彷彿とさせる厚塗りメイクで箱の中。覗き窓から見える顔つきが険しい。

(C)2024 The Box Man Film Partners

当初の共演者である佐藤浩市は、本作では重病の軍医を演じている。永瀬正敏佐藤浩市の初共演はオフィシャルには『64ロクヨン』(2016年、瀬々敬久監督)だが、その前にこの幻の企画があったことを同作の公開当時、匂わせている。

軍医の助手でニセ医者を演じているのが浅野忠信。彼もまた石井監督作品の常連だが、永瀬正敏浅野忠信という大物俳優を、贅沢にも段ボール箱を被せて対峙させるとは、考えてみれば荒唐無稽な映画である。

(C)2024 The Box Man Film Partners

そしてニセ医者の愛人で看護師の葉子役にはオーディションで選ばれた白本彩奈

名作コメディ『最後から二番目の恋』中井貴一の娘役だった子が、こんなに成長していたか。箱男が見惚れてしまうのも無理はない。大物役者に囲まれても負けていない存在感は立派。

(C)2024 The Box Man Film Partners

映画は全編、暗鬱なトーンで撮られている。その画質はどこか『シン仮面ライダー』を思わせ、箱男が特撮ヒーローか怪人に見えてくる。

段ボールからは時折左右の穴から腕が伸びたり、足も見せずにちょこまかと商店街を走り回ったり。その様子は着ぐるみをきたゆるキャラっぽくコミカル。

更に、R2D2スターウォーズね)のような緩慢な動きに目が慣れてくると、いざ対決シーンでは直方体ボディをトルネード回転させジャンプする、アクロバティックな離れ業を見せる。これには驚いた。

(C)2024 The Box Man Film Partners

レビュー(ここからネタバレ)

ここからネタバレしている部分がありますので、未見の方はご留意ください。

一切の帰属を捨てて箱に入る男に共感が得られなければ、本作はただの前衛的な芸術作品もどきにしか見えないかもしれない。だが、私は共感できてしまった。一度段ボールの箱に入ったら、自力で抜け出る自信はない。

段ボールがスマホ的な役割を担っているせいか、本作にはスマホが登場しない。1972年の設定だから当然なのかもしれないが、台詞の中に「配信映画」という言葉もあったので、時代背景は曖昧に思える。

(C)2024 The Box Man Film Partners

面白いのは、この箱についている覗き穴が、シネスコサイズというか、スクリーンの縦横比と合っている。だから覗き穴のクローズショットは、スクリーンのフレームと同化するのだ。

「俺が箱の中にいるのではない。この覗き穴から見れば、人々が蠢く町全体こそが箱の中なのだ」

<わたし>が、そんな趣旨の台詞をいう。

その理屈を発展させ、覗き穴と同化したスクリーンに写るのは、映画館の客席に座る私たちになっている穴の向うで映画館という大きな箱の中にいる我々は、<わたし>の目にはどう見えているか。

「箱男は、あなただ」

映画の途中から薄々気になり始めていたことを、最後に永瀬正敏に言い当てられてしまったような気まずさの中で映画は終わる。