『第9地区』
District 9
ニール・ブロムカンプ監督の長編デビュー作。エイリアンを特別居住区「第9地区」から立ち退かせろ!
公開:2009 年 時間:111分
製作国:アメリカ
スタッフ 監督・脚本: ニール・ブロムカンプ テリー・タッチェル 製作: ピーター・ジャクソン キャロリン・カニンガム キャスト ヴィカス・ファン・デ・メルヴェ: シャールト・コプリー クーバス大佐: デヴィッド・ジェームズ クリストファー・ジョンソン: ジェイソン・コープ タニア: ヴァネッサ・ハイウッド ピエト・スミット: ルイス・ミナー オビサンジョ: ユージーン・クンバニワ
勝手に評点:
(一見の価値はあり)
コンテンツ
あらすじ
ヨハネスブルク上空に正体不明の巨大宇宙船が現われ、南アフリカ政府が中に乗っていたエイリアンたちを難民として受け入れてから二十数年後。地上にはエイリアンが住む《第9地区》が作られたが、そこはスラム化していた。
そこで超国家機関《MNU》はエイリアンたちを新たな難民キャンプに強制移住させようとするが、《MNU》の立ち退き交渉責任者に抜擢されたヴィカス(シャールト・コプリー)は《第9地区》で謎の液体を浴びてから身体に異変が……。
今更レビュー(ネタバレあり)
粗い映像がかえって効果的
2023年の洋画において個人的には高く評価した『グランツーリスモ』のニール・ブロムカンプ監督のデビュー作がこの『第9地区』。もう15年近く前の作品になるのか。初めて観た時には、その痛快さに度肝を抜かれた。
このジャンルに初挑戦の無名監督がアカデミー4部門ノミネートはさすが。製作に『ロード・オブ・ザ・リング』のピーター・ジャクソンがいるから、不思議ではないのか。
◇
いわゆる、地球に飛来した円盤から上陸してくるエイリアンものではあるが、凡庸なSFモンスター映画とは一味も二味も違う斬新さ。
このカテゴリーの映画にしてはどうみたって低予算なのであるが、それを逆手にとるような映像スタイル。
つまり『クローバーフィールド/HAKAISHA』(2008、マット・リーヴス監督)みたいなモキュメンタリ―風な撮り方で、報道番組の映像を次々と見せていく。
これなら、多少エイリアンがぎこちなく、映像がクリアでなくても、むしろリアルに見える利点がある。
そして、これら報道カメラに映るエビ人間のようなエイリアンたちも、はじめから勿体つけずに白昼のもとにさらして登場の旺盛なサービス精神。
エビというとシュリンプと思ってしまいがちだが、少し大きめのエビは英語でプロウン。だから本作のエビたちも、人間たちにプロウン呼ばわりされていた。
エビたちの強さとキャラ設定が絶妙
何といっても、大勢のエビたちが第9地区に暮らすという珍妙な舞台設定がたまらない。
この手のSF映画において、地球に襲来するエイリアンは敵対的で、人間より強いというのがまずお決まりのパターンだが、本作のエビたちは少々異なる。
◇
母船の故障で難民化したエビたちが地上に移され、隔離地区である「第9地区」で生活するのである。
たまに小競り合いがあったり、カッとなると人間を殺してしまったりはするが、けして人間を脅かす存在になっておらず、むしろ下に見られている感じ。
そして本作の舞台は南アフリカ共和国の首都ヨハネスブルグ。個人的には仕事の関係で多少知ってはいたが、映画の舞台としてはあまり記憶にない。パッと見は高層ビルも立ち並ぶ大都会だが、スラムっぽい雰囲気も漂う。
この町が舞台になったのは、ニール・ブロムカンプ監督の出身地だからというのも勿論あるだろうが、南アがアパルトヘイトの国だったからというのが大きい。
白人と非白人の人種隔離政策は1994年に廃止されたが、本作ではその代わりのように、人間とエビとの隔離政策が行われているわけだ。<エビお断り>的なピクトグラムのデザインがそれっぽい。
同意書にサインをもらえ
さて、本作の主人公ヴィカス(シャールト・コプリー)は、エイリアンを管理する組織MNUのエイリアン対策課職員。
MNU幹部のピエト・スミット(ルイス・ミナー)の娘タニア(ヴァネッサ・ハイウッド)の夫であり、出世コースなのか、エイリアンの第10地区への立ち退き交渉の責任者として任命される。
この移転先は仮設住居が立ち並ぶエリアで、エビどもを都心部からそこに追い出そうというわけだ。
武力行使ではなくエビの好物のキャットフード缶を持参し、個別訪問でエビたちから同意書にサインをもらい始める。このバカらしさがたまらない。
◇
ヴィカス役のシャールト・コプリーの台詞はすべてアドリブだったらしいが、このヴィカスのキャラがはじめのうちは読みにくい。
MNUのクーバス大佐(デヴィッド・ジェームズ)らがエビに危害を加えようとすると暴力はダメだと阻止するくせに、エビを騙して交渉したり、彼らの繁殖中の卵を焼き払ったり、違法行為だとエビの武器を没収したりと、けして友好的な人物でもない。
ミイラ取りがミイラに
だが、そのヴィカスが、知的なエビのクリストファー(ジェイソン・コープ)とその息子の住む家を訪問、発見した武器から噴出した謎の液体を顔に浴びてしまう。
こうなると、次の展開はおおむね読めてしまうわけだが、ご想像の通り、ヴィカスの身体には次第に異変が現れはじめ、ケガをして包帯を巻いていた片腕は、エビのハサミになってしまう。
ヤバい何かを身体に浴びてしまい、超人的な怪物になってしまうというパターンは、『スパイダーマン』のヴィランたちや『エイリアン』はじめ、数多くのSFものでお目にかかることができる。
ヴィカスが忌み嫌っていたエビの姿になっていく様子はそれなりにコミカルで楽しいのだが、本作にはユニークな点がある。
エビは高度な武器を数多くも保有しているのだが、それはDNAで制御され人間には使えない仕様になっている。『007スカイフォール』に登場したスマートガンみたいに、使える者を選ぶのだ。
そして、片腕がエビになったヴィカスは、その武器が使えるようになる。
一方、彼の所属するMNUの裏の顔は世界最大の軍事企業で、このエビの武器の研究を秘かに進めている。今や地上で最も価値のある人物となり、実験材料として切り刻まれそうになったヴィカスは、命からがらMNUから逃亡する。
エビのザ・フライ
本作はその後、MNUを敵に回したヴィカスがエビのクリストファーと息子のもとを訪れ、父子がヨハネスブルグの空に何十年も浮かんだままの母船に戻るのを手伝おうとする。そこに行けば、自分も元の身体に戻してもらえるはず。
こうしてヴィカスはエビの父子と手を組み、オビサンジョ(ユージーン・クンバニワ)率いるギャング集団から武器を買い、MNUの本部に侵入。クリストファーが母船に戻るのに必要な、例の液体燃料の奪還を試みる。
エビとはいっているものの、見てくれは昆虫っぽいエイリアン。その変身過程も含めクローネンバーグ監督の『ザ・フライ』的な匂いがする。
クリストファーの息子は可愛らしい子どものエイリアンだが、ミニラというか、E.T.っぽい造形。
終盤でヴィカスが乗りこなすモビルスーツ系のマシンは、メカニカルなデザインや動きが『トランスフォーマー』っぽいし、その中で操縦するヴィカスは『アイアンマン』化してしまっている。
このように、いろんな映画の寄せ集めになっている感は否めないが、それでも序盤からの勢いでラストまで一気に駆け抜ける勢いは大したものだ。
ちょっとほろ苦いエンディングは、やっぱりハッピーエンドはないよねえ。でも義理堅いクリストファーのことだから、3年後には続編で帰ってくると思ったのにな。