『純喫茶磯辺』
𠮷田恵輔監督が初期に撮った、純喫茶を舞台にしたコメディ。主演に宮迫博之、清純な女子高生に仲里依紗、すぐ男と寝る女に麻生久美子。今では考えられない配役が新鮮。
公開:2008 年 時間:113分
製作国:日本
スタッフ 監督・脚本: 𠮷田恵輔 キャスト 磯辺裕次郎: 宮迫博之 磯辺咲子: 仲里依紗 菅原素子: 麻生久美子 麦子: 濱田マリ 柴田: 斎藤洋介 小沢: ダンカン 安田: 和田聰宏 本郷: ミッキー・カーチス 江頭麻美: 近藤春菜 マナ(真鍋): 田島ゆみか カナ(金沢): 悠木碧
勝手に評点:
(悪くはないけど)
コンテンツ
あらすじ
娘と二人暮らしの中年男・裕次郎(宮迫博之)が父の遺産で喫茶店を開業した。
しっかり者の娘、咲子(仲里依紗)は頼りない裕次郎を手伝ううちに、常連客の青年・安田(和田聰宏)に恋心を抱いていく。
一方、裕次郎はウェイトレスの素子(麻生久美子)に惚れてしまう。
今更レビュー(ネタバレあり)
クリームソーダもナポリタンもない
𠮷田恵輔監督の初期の人情コメディ。宮迫博之が演じるダメ父が、転がり込んだ父の遺産で始めた喫茶店で悪戦苦闘する話。
昨今は昭和レトロな純喫茶が、新鮮でもあり懐かしくもありで脚光を浴びているようだが、本作の舞台となる純喫茶磯辺は、そういう店とはだいぶ様相が異なる。
◇
そもそも、開店動機が不純である。主人公の磯辺裕次郎(宮迫博之)は元妻の麦子(濱田マリ)と離婚後、娘・咲子(仲里依紗)と暮らしている。
仕事に身の入らない水道工だったが、父の遺産を相続し、麦子や咲子の心配した通り、ろくに働かなくなる。だが、裕次郎は街の純喫茶でマスターが女性客相手にラテアートでモテているのを見て、カフェの開店を思いつく。
まるでビートたけしの『みんな〜やってるか!』のようなコント的なノリである(そういえば、本作にはダンカンも登場する)。
こうして生まれた喫茶店はその「純喫茶磯辺」という店名、派手な看板、冴えない電光掲示板と安キャバレーのような内装で、スタバのようなカフェを思い描いていた咲子を悪夢の底に陥れる。
数日間の講習だけで必要な資格をとり、あとは付け焼刃のコーヒードリップと冷凍ピラフのメニューの喫茶店。
開店記念に作ったノベルティの超ダサい携帯ストラップに、店内の正面に貼られた工藤静香のポスター(ピントは一度も合わないが不思議とすぐ視認できる)。
堂々たる不思議空間に、何の疑問も抱かない店主・裕次郎の鈍感力が頼もしい。
開店休業の日々
こんな店には、開店からしばらくは当然まともに客がこないわけだが、ある日来店した菅原素子(麻生久美子)が、バイトを募集していないのか裕次郎に尋ねたところから、物語は転がり出す。
下心がミエミエだし、閑古鳥の啼く店で「バイトを増やす余裕があるの!」と咲子に責められ、裕次郎は開店スタッフだった江頭麻美(近藤春菜)をクビにする。
押しの弱い役柄の近藤春菜だが「角野卓三じゃねえよ」的な存在感は強く、彼女がフロアにいるだけで、純喫茶が中華料理・幸楽(『渡る世間は鬼ばかり』のね)にみえる。
咲子と素子が手伝っても、なかなか客は増えないが、ある日裕次郎が思いついた奇策で、ついに爆発的に客が増え始める。
それは、アンミラ風(いや、あんなにハイセンスではないか)の超ミニの制服着用というものなのだが、
「こんなの娘に着せる親がいるか!」と呆れる咲子と対照的に、
「どうですかね、似合いますか」と平然と着用している素子の薄いリアクションが笑える。
キャスティングの妙
本作はけして爆笑コメディとは言い難いが、主要キャストの配役はどれもいい線を突いていて、飽きさせない。
まずは裕次郎役の宮迫博之。闇営業騒動以降、テレビ等ではすっかり見かけなくなってしまったが、俳優としては、余人をもって代え難い何かがある。本作でも、だらしなくダメな男だが、憎めない微妙な線をうまく演じている。
同じダメ男でも、初主演作の『蛇イチゴ』(西川美和監督)で演じた役に比べると、結構いいヤツに思えるのは私だけだろうか。
いい加減なヤツとはいえ、離婚後も娘の親権にこだわり、立派に育てている。何だかんだで、店にも客が来るようになったし、バツイチならば、バイトの娘にアプローチすることも許されないわけでなないし。
娘の咲子役の仲里依紗は『ゼブラーマン』のゼブラウーマンあたりから妖艶系のイメージが強まるが、この当時はまだ清純派女子高生系だったのだと思い出す。『時をかける少女』(アニメ・実写とも)もやってたもんね。
大人げない父親に文句は言うものの、まじめに店の手伝いはするし、バカ女の素子には家族になってほしくないと主張する一方、母(濱田マリ)と家族三人で元のさやに戻れないのかと思い悩んだり、素直ないい娘だ。
常連客でいつも店で小説を書いている安田(和田聰宏)に好意を抱き、原稿を読ませてもらいに彼のアパートに訪れる咲子。
部屋の中に隠された盗撮カメラを発見し、彼女があわてて逃げるシーンは妙にスリリングなタッチで、そこだけ別ジャンルの映画になっている。次作『さんかく』にも盗撮カメラが登場するが、𠮷田恵輔監督お気に入りアイテムなのかも。
そして、役柄にフィットした配役だったこの父娘に対して、本作で最高にギャップが大きかったのは素子役の麻生久美子だった。
本作公開前に既に『時効警察』の三日月くんを演じているから、コメディエンヌも経験しているとはいえ、基本的には『夕凪の街 桜の国』(佐々部清監督)や『回路』(黒沢清監督)などマジメ路線の堅物女子のイメージが強い。
だからそんな麻生久美子が、レジのカネ盗んで、チラシを配布せず束ごと捨てて、ミニスカ制服着て客(ダンカン)と寝て、元カレに殴られて、そんな女を演じることの新鮮味がハンパない。
「私、店長が思ってるような女じゃないんです。ヤリマンなんです。最低でしょ?」
こんな台詞が彼女の口から出ようとは! ここはぶっ飛ぶ面白さ。再婚相手にと彼女を狙ってた裕次郎と同じくらいの衝撃をくらう。
常連客の扱いが惜しい
当初あんなに内装もダサく、客もいなかった純喫茶が、いつの間にかテーブル席もカウンター席も賑わいを見せるようになっている。
陽光が入り込み明るい店内は、どこか居心地さえ良く見えてきたような気になる。これは不思議だ。
だが、常連客の扱いがどれも中途半端なのは残念だ。
誰彼ともなく話しかけては出身地の話をする柴田(斉藤洋介)、すぐに素子の手に触りたがる小沢(ダンカン)、貫禄がありすぎて誰もがマスターと勘違いする本郷(ミッキー・カーチス)。コーヒー一杯で粘って原稿を書く安田(和田聰宏)。
どの客ももう少し深掘りしてくれればキャラの魅力が増すのに、淡泊な扱いにとどまる。
安田も盗撮騒動のあとで、人物の善し悪しが分からずに終わってしまっている。例えば『アメリ』のように、カフェの個性的な客の人生にみなドラマがあれば、もっと物語に面白味が増したように思う。
◇
本作は終盤、裕次郎が店内で客相手に大喧嘩しパトカーで連行され、素子は店を辞めて北海道に帰ることに。一旦クビになった近藤春菜が再雇用され、例のミニの制服を着用しているのは驚いた。
だが、結局店はつぶれる(春菜のせいではない)。
一年後、手放したあと空き家のままの店の中を覗き込み、波乱に富んだ日々を思い出し落涙する咲子。家族三人が寄りを戻すほど世の中甘くはないが、父との関係は良好のようだ。
エンディング曲はクレイジーケンバンド、「男の滑走路」。イイネッ!