『どついたるねん』
阪本順治の初監督作にして、赤井英和の俳優デビュー作。自伝的映画に本物の鉄拳を注入。
公開:1989 年 時間:110分
製作国:日本
スタッフ 監督・脚本: 阪本順治 キャスト 安達英志: 赤井英和 鴨井貴子: 相楽晴子 鴨井大介: 麿赤兒 左島牧雄: 原田芳雄 清田さとる: 大和武士 宮田病院長: 芦屋小雁 原田ジム会長: ゆうき哲也 イーグル友田: 大和田正春 北山次郎: 美川憲一
勝手に評点:
(一見の価値はあり)
コンテンツ
あらすじ
試合で脳にダメージを負い再起不能となったボクサーの安達英志(赤井英和)は、所属ジムを離れ自らのジムを設立する。
ある日、元ウェルター級の日本チャンピオン・左島(原田芳雄)がジムを訪れ、英志はコーチとして彼を雇うことに。しかし練習生たちは英志の横暴さに耐え切れず次々と去っていき、ジムは閉鎖に追い込まれる。
古巣のジムに戻った英志は、会長の鴨井(麿赤兒)とその娘・貴子(相楽晴子)、そして左島に支えられながら、現役カムバックを目指して動き出す。
今更レビュー(ネタバレあり)
監督も主演もデビュー作
ずいぶん昔の映画になる。長年観ようと思っていながらなぜか先送りにし続けていたが、先日通天閣界隈に行く機会があったので、ようやく、今こそ観ようという気になった。
阪本順治監督のデビュー作になる。主演の赤井英和にとっても、ボクシングから引退し俳優デビューとなった作品だ。
実績のない監督と主演では劇場公開がままならず、苦肉の策で原宿の特設テントで自主上映したところ、ロングランにつながったというエピソードもある。
なお、標準語の会話の中でどういうイントネーションで言えばいいのか悩む「どついたるねん」というタイトルは、本作の元ネタになる赤井英和の自伝「浪速のロッキーのどついたるねん」に因んでいる。
派手に勝つことがすべて
主人公の安達英志(赤井英和)は闘志あふれるファイターとして知られるボクサーだが、冒頭の試合でノックアウトされ、脳にダメージを負い開頭手術を受ける。
なぜ負けたかを分析し復讐に燃える安達だが、ライセンスは剥奪され、引退を余儀なくされる。
だが、ボクシングの世界に未練がある安達は、旧知の北山(美川憲一)の誘いに応じ、所属していたジムの鴨井(麿赤兒)に不義理をして自分の名のジムを開く。
かつて一線で活躍したボクサーが、ジムのオーナー或いはトレーナーとして、後進の育成に注力し夢を託す映画はよくある。
だが、安達は違う。引退はさせられたものの、短気で荒っぽい性格は変わらず、ショービジネスとして派手に勝つことにこだわり、結局もう一度リングに立つことを志すのだ。
誰彼構わず気に入らないと周囲のヤツを張り倒し、自分の信念についてくる門下生もおらずガキのように不平不満だけをぶちまけ続け、結局最後まで人間的な成長などしないし、改心の言葉もない。
ただひたすら、どつくことに生き甲斐を求める。判定勝ちなどプロボクサーには恥ずべき結果だという安達の哲学。
「やられたら、どついて、どついて、どつきたおせ」
浪速のロッキーの本物感
赤井英和なしにはできない映画だ。彼が登場しないシーンは削られまくり、ほぼ出ずっぱりの映画になった。
赤井英和自身が、試合後に意識不明に陥り急性硬膜下血腫・脳挫傷で開頭手術を行った末、現役を引退している。それは本作の安達の生き様にそのまま重なるし、何より実際の対戦相手だった大和田正春が本作でも対戦相手として出演している。
◇
鴨井のジムから安達のジムに移籍し、終盤では安達の対戦相手となる若者、清田さとる役を演じた大和武士も元プロボクサーでミドル級チャンピオン。
低予算映画ながらも、ボクシングの試合やスパーリングはじめ練習シーンなどに本物の迫力が漲るのは、要所をこれら本物のボクサーで押さえているからだろうか。
◇
一般的には俳優が頑張って体を作って減量してボクサーに近づいていくアプローチをとるが、本作はプロボクサーだった人物を俳優デビューさせるという逆張りだ。
演技力がなければ話にならないところだが、赤井英和は俳優としても成功し、アクションやバイオレンスものといった体格を買われる作品にとどまらず、多様なジャンルに活躍の場を広げた。
キャスティングについて
通天閣のあるディープな一角、新世界を舞台にした阪本順治監督作品は、本作から始まり『王手』、『ビリケン』と続き、新世界三部作といわれるようになる。
赤井英和は次作『王手』では拳闘を離れ、プロの棋士役で主演する。また、以降の阪本作品では常連となる原田芳雄や麿赤兒は、既に本作からの付き合いとなる。
麿赤兒が演じる鴨井のナショナルジムは、安達が独立することでジムを畳む。看板の下にはかつて電器店だった名残りでナショナルの店の看板が。
さらに後半、安達が再び戻ってくると、「明るいナショナルジム」に改名するという悪ノリぶり。通天閣といえば日立だろうに、なぜかここはパナソニックネタで攻める。
鴨井の娘・貴子(相楽晴子)は安達の幼馴染で、ボクシング好きの男勝りな性格だが、当時は「女にボクシングは無理」だった時代のせいか、ジムで安達を支える。
といっても力石徹と白木葉子のような関係とはまるで違い、安達にガンガンとダメ出しし、安達からはビンタされるという相当タフな女性。
相楽晴子がいい。彼女はスケバン刑事のイメージが強いが、大映ドラマの世界から離れて、本作では演技力で勝負している。
そして、かつてナショナルジムにも所属しており、安達のジムではトレーナーとして採用された元チャンピオンの左島牧雄(原田芳雄)。
この男がまた寡黙で渋い。過去の栄光について多くを語らず、傍若無人な安達を見放さずに、真面目にトレーナーとしてジムを支える左島。
本物の赤井英和のアクションを見てしまうと、さすがに原田芳雄の動きがプロボクサーには見えないという難点はあるものの、役者の部分でそれを補って余りあるため、左島というキャラが魅力的に思える。
リングで死ねれば本望
さて、開頭手術で再起不能になった主人公のボクサー安達は、貴子のいうことも聞かず自暴自棄になって強引に始めたジムが結局閉鎖となり、やはり自分は命を賭しても再度リングに上がりたいと無理を通す。
ついにつかんだのは、4回戦ボーイの試合、しかも相手は門下生だった清田。相手に物足りなさはあるも、死にそうな減量でどうにか試合までに身体を作る安達。ここからクライマックスの試合となる。
今度頭を強打されたら、命の危険があると心配する貴子。だがそんな忠告を安達が聞くはずもなく、また彼の身を案じ続けた左島も最後には、「誰にも彼を止める権利はない」と匙を投げる。
◇
<浪速のロッキー>といわれた赤井だが、本作の展開は本家の『ロッキー』のような、単純明快で試合結果も読めるが盛り上がれるボクシング映画という訳ではない。試合運びもシンプルでだらだらと長くない。
かつての師である安達の頭をねらうことは躊躇われ、ボディばかり攻撃する清田。だが形勢は不利になり、安達の挑発もあってついに清田は頭にもパンチを打ち始める。試合はどう決着するのか。
ボクシング映画に駄作なし
ボクシング映画には名作が多いと言われるが、そもそも生半可な覚悟ではこのジャンルは撮れないからだろう。
今世紀の邦画においては、俳優でもある松浦慎一郎がボクシング指導監修をするようになって、各段にこのジャンルのレベルが上がったように思う。
『百円の恋』、『あゝ、荒野』、『BLUE/ブルー』、最近では『ケイコ 目を澄ませて』や『春に散る』。
だが、それ以前のボクシング映画としては、本作は出色の出来だ。
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なお、阪本順治監督は、よほどこのジャンルに活路を見出したのか、次作『鉄拳』でもボクシングを描く。主演は菅原文太だが、本作に続き大和武士や大和田正春といった元ボクサーが出演し、原田芳雄も続投。
『どついたるねん』のように作品専用のテントを建て上映するのは、本作のプロデューサー荒戸源次郎が鈴木清順監督の『ツィゴイネルワイゼン』を成功させた手法である。
どちらにも原田芳雄と麿赤兒が出演しているせいか、両者のタイトルがどこか似ている気がしてしまうのは私だけか。どついたるわいぜん。