『おおかみこどもの雨と雪』
細田守監督のファンタジー作品、ここに極まる。おおかみこどもの雨と雪を抱えたシングルマザーの花の奮闘記。
公開:2012年 時間:117分
製作国:日本
スタッフ 監督・脚本: 細田守 脚本: 奥寺佐渡子 声優 花: 宮崎あおい 彼: 大沢たかお 雪: 黒木華(少女期) 大野百花(幼年期) 雨: 西井幸人(少年期) 加部亜門(幼年期) 藤井草平: 平岡拓真 韮崎: 菅原文太
勝手に評点:
(オススメ!)
コンテンツ
あらすじ
「おおかみおとこ」と恋に落ちた19歳の女子大生・花は、やがて二人の子どもを授かる。
雪と雨と名づけられたその子どもたちは、人間と狼の顔をあわせもった「おおかみこども」で、その秘密を守るため家族四人は都会の片隅でつつましく暮らしていた。
しかし、おおかみおとこが突然この世を去り、取り残されてしまった花は、雪と雨をつれて都会を離れ、豊かな自然に囲まれた田舎町に移り住む。
レビュー(ネタバレあり)
恋人は<おおかみおとこ>
この作品にはやられた。オオカミと人間の恋物語で、あんなにも愛くるしい<おおかみこども>たちを登場させるとは。細田守は、いったいいくつの引き出しを持っているのだろう。
『時をかける少女』はタイムリープ少女のSFジュブナイル、『サマーウォーズ』は仮想空間と現実を融合させた摩訶不思議な近未来の世界を採り上げてきた細田監督だが、本作は純然たるファンタジー。
それも、過去作では数日の出来事を丹念に描いてきた彼が、今回は13年にもわたるこどもたちの成長を描き出す。
「母が好きになった人は<おおかみおとこ>でした」
人狼の若者と大学の授業で出会い、やがて惹かれ合う主人公の苦学生・花(はな)。
おおかみと人間のハーフを育てる話なのだから、設定自体は完全にファンタジーだが、花が通う一橋大と思しき国立大学や、喫茶白十字から美容院Ashやらバーミヤンなど背景をリアルにすることで、現実感の伴う作品となっている。
オオカミが来た
狼男といえば、『怪物くん』の仲間の満月で変身する毛むくじゃら男やジョン・ランディス監督の『狼男アメリカン』(1981)あたりがデフォルトのイメージだから、細マッチョな彼氏の登場には少々面食らう。
「花、君に言わなきゃいけないことがあって…」
不安そうに正体を明かすこの若者のナイーヴさがいい。彼の手指や爪が伸びていく変化は、ジョー・ダンテ監督の『ハウリング』(1981)かと思った(この年は狼男ブームだった)。
だが、そこで彼は、気高く美しい精悍なオオカミに様変わりする。そうだ、本作はホラーではないのだ。
花は、彼がニホンオオカミの末裔と知っても、愛し続ける。不器用に一生懸命に生きていく若い二人の純愛。
やがて彼女は妊娠する。こどもがどんな姿で生まれるか分からず、誰の手も借りられない自然分娩。まず姉の雪、そして弟の雨が生まれる。
◇
ここまでは微笑ましい家族ドラマだが、唐突に悲劇が襲う。家に戻らなくなった彼を探すと、近所の川にオオカミの亡骸が浮かんでいる。市の職員がそれを回収し、ゴミ収集車で運び去る。
衝撃を受ける花。獲物をみつけ本能が騒いだか、産後の花に滋養のつく食物を与えたかったのか。獣に限らず、生き物の最期に理由がみつからないことはある。本件も死因は最後まで不明だが、それが映画的には想像をかきたてる。
花の<子育て奮闘記>
ここからは、ふたりの<おおかみこども>を育てていく、花の奮闘記が始まる。これは想像を絶する苦労だ。人間でもありオオカミでもある雨と雪。
頼れる親も相談相手もなく、普通の新米ママだって育児ノイローゼになるところだ。彼女にはオオカミの育て方など調べようもないし、こどもが病気になっても、小児科と獣医のどちらに診せるわけにもいかない。
ペット禁止のアパートでは疑いをかけられ、児童相談所には目をつけられ、結局花は、こどもたちと人里離れた山奥の廃屋を借りて自給自足の生活をし始める。
◇
こどもたちが健やかに育っていき、小学生になるまでの並々ならぬ苦労は、ともすればお涙頂戴の暗く重たい話になりそうだが、本作はまったくそうならない。
ひとつは花の持ち前の明るさ、というか亡き父の教えである、どんな時でも笑っていれば乗り越えられるという信念の賜物だ。花は笑顔を絶やさないだけでなく、けしてこどもたちに怒らないし愚痴も言わない。菩薩のような人物だ。
◇
そしてこどもたち。お転婆で天真爛漫で食欲旺盛な姉の雪と、対照的に憶病で甘えん坊で内向的な弟の雨。人間のこどもの姿とオオカミの姿が気の持ちようで瞬時に切り替わるハイブリッド型。
この造形と子供たちの声が相まって、何とも可愛らしいキャラクターに仕上がっている。こどもたちの駆け回る姿は何度観直しても飽きないし、微笑ましい。
人間か、オオカミか
『おおかみこどもの雨と雪』というタイトルには、父親(おおかみ)や二人のこどもたちが含まれるのに、なぜか母親の名前がない。でも、本作の主人公は夫亡きあとも頑張ってこどもたちを立派に育ててきた、母親の花に違いない。
『時をかける少女』や『サマーウォーズ』では晴天の真夏日続きだった印象だが、本作はこどもたちの名に因んでいるのか、雨の日や雪の日が効果的に使われ、独特の映像美を楽しませてくれる。
新海誠の描くリアルな街の風景のディテールや雲の表現とはまた異なる、細田守の世界。キャラクター自体は彼の特徴ともいえる陰影のない平面的なデザインなのだが、それが動き出すとCGも3Dも不要だと言わんばかりに不思議な立体感を帯びてくる。
人間を選ぶのか、オオカミを選ぶのか。こどもたちは成長し、自分なりの生き方を模索する。
あんなにアクティブだった姉の雪は、小学校に通い女子の親友もでき、みんなと違うことに恥ずかしさを感じ始める。虫や蛇が平気だったり、獣の匂いがすると言われたり。
思春期を迎え、雪はもうオオカミにならず、人間として生きようと決意する。
そして内向的で臆病だった弟の雨は、亡くなった父のように川で溺れかけたことが大人への通過儀礼だったかのように、森の生活に惹かれていく。
長老のキツネから森について学び、雨は師を引き継いでオオカミとして山の主になる決意をする。
自分の生き方は自分で決める
人間の道を選んだ雪は、自分の正体が勘付かれそうになり敬遠していた転校生の草平とちょっとしたハプニングから近しくなり、ついには素性を明かすことになる。
学校の校舎の階段と踊り場で初めて言葉を交わすのも、正体を明かして相手と心を通じ合わせるのも、母親の花と一緒だ。
どんな時にも笑顔の母親を意識したのか、草平に胸の内をさらけ出した雪は、こぼした涙を窓から吹き込む雨だと笑ってごまかす。
オオカミの道を選んだ雨は、小さかった子狼からすっかり大人のオオカミに成長している。暴風雨の山中で気を失って倒れた母が、夢の中で夫に再会したと感じたほど、雨の背格好は死んだ父親に似てきている。
幼い頃は『崖の上のポニョ』的な動きだった雨が、オオカミとなって山の中をジャングル大帝レオのように流麗な疾走で消えていく姿には、目頭が熱くなる。気分は『野生のエルザ』の飼い主だぜ、といっても若い人には分からないか。
脚本は恒例の細田守と奥寺佐渡子の共同作業でうまれたものだ。今回も素晴らしい出来だと思う。
いつか人生の岐路に立つのはおおかみこどもに限った話ではなく、本作は我々自身や家族の話に置き換えても、十分に成立するドラマになっている。明るく挫けず健やかに生きる花の姿を観ていると、朝ドラを1クール観たような感慨を覚える。
劇中にも流れていた曲にエンディングには歌が入るのだが、アン・サリーの起用はハマったと思う。
彼女の曲は以前からよく聴いていたが、安易にJ-POPのミュージシャンの曲を持ってくるのではなく、世界観の合った歌い手を選んでいるので聴き心地がよい。