『フラッグ・デイ 父を想う日』
Flag Day
ショーン・ペンが監督のみならず、実の娘ディランとの父娘主演で描く、米国犯罪史上最大の贋金事件。
公開:2022 年 時間:112分
製作国:アメリカ
スタッフ 監督: ショーン・ペン 原作: ジェニファー・ヴォーゲル 『Flim-Flam Man: A True Family History』 キャスト <ヴォ―ゲル家> ジェニファー: ディラン・ペン ジョン: ショーン・ペン ニック: ホッパー・ジャック・ペン パティ: キャサリン・ウィニック <その他> 伯父ベック: ジョシュ・ブローリン 祖母マーガレット:デイル・ディッキー
勝手に評点:
(悪くはないけど)
コンテンツ
あらすじ
1992年、全米にショッキングなニュースが流れる。アメリカ最大級の贋札事件の犯人であるジョン(ショーン・ペン)が、裁判を前にして逃亡したのだ。彼にはジェニファー(ディラン・ペン)という娘がいた。
父の犯罪の顛末を聞いたジェニファーは、こうつぶやく「私は父が大好き」。
史上最高額の贋札を非常に高度な技術で偽造したジョンとは、いったいどんな男だったのか?父の素顔を知っても愛情は変わらなかった娘との関係とは?
ジェニファーが幼い頃から「平凡な日々を見違えるほど驚きの瞬間に変えた」父との思い出を宝物のように貴い、だからこそ切ない日々がひも解かれていく。
レビュー(まずはネタバレなし)
家族総出の物語
型破りでペテン師の父親と、家族が離散しても父親を愛し続ける娘の物語。
それだけなら、さほど珍しい話ではないが、主人公であるこの娘ジェニファー・ヴォーゲルは、本作の原作となったノンフィクションを書いたジャーナリスト。
そしてその父親ジョン・ヴォーゲルは、米国史上最大級の贋金事件の犯人なのである。流出したのは5万ドル、だが印刷したのは2200万ドル。しかも、かなり高度な印刷技術で造られた代物だという。
父親がそんな大物犯罪者だという実話に驚く。
本作は、その父と娘をショーン・ペンと、実の娘であるディラン・ペンが演じていることで話題になった。
そもそも、ショーン・ペンは監督として本作の脚本に興味をもち、ディランを主演にイメージしたが、自身の出演は考えていなかった。
だが、マット・デイモンに打診したところ、「この役を自分でやらないなんて、あまりに愚かだ」と言われたという。こうして、ショーン・ペンは自身の監督作品に初主演することとなった。
更に、息子のニック役にはホッパー・ジャック・ペンと、これまた実子を起用しており、親子三人の共演となっている。さすがに、子供たちの母親であり、その後離婚したロビン・ライトまでは登場しない(当たり前か)。
6月14日に生まれて
次々と大ぼらを吹きまくるペテン師で父親のジョン・ヴォーゲル。1992年、裁判直前に姿を消したこの男は懲役最長75年の刑に問われていた。だが、娘ディランには、そんな男でも大好きな父親だった。
1975年、まだ少女のディランに強引に運転を覚えさせ、返済するあてもない借金をしまくり家を買い、リフォームをして、大好きなショパンを聴きながら、家族四人で楽しく暮らす。
だが、生活はすぐに破綻し、ジョンは家を出て、子供二人を抱えて生活する母パティ(キャサリン・ウィニック)は酒に溺れるようになる。
フラッグ・デイとは6月14日の米国国旗制定記念日のことだ。ジョンはこの日に生まれたために、自分は毎年誕生日に国民に祝福される特別な存在だと誤解して育つ。
『7月4日に生まれて』のトム・クルーズとは大分違う育ち方をしたようだが、独立記念日とは、似て非なる祝日なのだろう。
何を生業にしているかも不明なジョンは、ペテン師のような稼業で危ない橋を渡ってばかりだが、娘にはいい所を見せようと、優しい顔をしたり、頼もしい父親を演じたり。子供たちには愛情を注ぐダメ父ぶりが、微笑ましく、切ない。
実の父娘ってどうよ
1981年、ジョンが出て行ったあと、酒に溺れた母パティは、家族を養うために別の男を引っ張り込むが、この男はジェニファーに夜這いをかけてくる。自分を守ってくれない母を見限った彼女は、家を出て父ジョンのもとに向かう。
母が暮し始めた新しい男に襲われそうになり、別れた父のもとに走る映画となれば、『スウィート・シング』(2022、アレクサンダー・ロックウェル監督)が思い浮かぶ。
インディペンデント映画だが、監督が、実の姉弟を起用して撮っているところも共通する。ただ、あちらは母役が監督の妻で、自身は出演していない。それでも、映画は感情を揺さぶり、とても味わい深い。
翻って、本作はどうだろう。ジョンが娘を溺愛しているのはよく分かる。
ショーン・ペンは『アイ・アム・サム』(2001)の天才子役ダコタ・ファニングとの共演時から、娘を溺愛する父親役はお手の物。『ミスティック・リバー』(2003)では、死んだ娘の復讐まで果たしているし。
だから、ショーン・ペンがこの父親役に適任なことに異論はないが、実の娘と父娘役っていうのは、正直あまりそそられない。
◇
いや、リアルには見えるよ、そりゃ。ただ、演技でその本物感を見せてほしいと思っているのは、私だけの感覚か。
例えば星野源と新垣結衣は、『逃げ恥』の後に結婚したから祝福したくなるのであって、順序が逆だったら、ドラマは盛り上がっただろうか。
それと同様に、演者だって照れくさくてやりにくいだろうに(佐藤浩市ならきっとそう言う)、実の親子が親子を演じる映画を敢えて観たいだろうか。父娘なら、渡辺謙と杏とかさ。あ、それならちょっと観たいかも。
レビュー(ここからネタバレ)
ここからネタバレしている部分がありますので、未見の方はご留意ください。
型破りな父親像
冷静になって振り返ってみると、本作はけして不出来な作品ではないのだが、私は個人的にこの、ジョン・ヴォーゲルという人物が苦手である。嫌悪感といってもいい。
というのも、亡き父とイメージが重なるのだ。勿論、うちのオヤジはショーン・ペンのような顔立ちでもないし、贋金づくりで犯罪史に名を残したわけでもない。
だが、ジョンの呼吸をするように平然と嘘をつき通して家族を泣かせるところが、生前に私や母を困らせた亡き父の虚言癖とかぶるのだ。だから、実に個人的な理由で、評点は辛口になっている。
ジェニファーに背中を押され職探しをするジョンが、営業部長の職をみつけて、新たに買ったブリーフケースで颯爽と出勤する。だが、怪しさを感じた娘が秘かにカバンを開けてみると、中はもぬけの殻。これは怖い。
一方、その後銀行強盗の罪で服役していたジョンが数年後に出所し、ジェニファーの勤める出版社に現れる。
昔のように湖畔の別荘を借りたからと、執拗に娘を週末に誘うあたりはまだ憐れみがあるが、5000ドルの頭金で買った中古のジャガーを娘にプレゼントしようとし、受け取り拒否されてしまう。
その後業者にキャンセルの電話をかけて交渉するのだが、娘がこっそり電話線を切っても気づかず会話を続ける(つまり偽装通話)。娘に嘘がバレたと分かったあとも、「すぐにかけ直す」といって会話を終える芸の細かさには思わず笑った。
クライマックス詰め込み過ぎ
このあと、映画はクライマックスを迎える。
フラッグ・デイの記念式典。時を同じくして、水質汚染の隠蔽事案にジャーナリストとして食らいつくジェニファー。そして、贋金印刷の犯人として警察の追っ手からクルマで逃げ、最後には追い詰められて拳銃自殺を図るジョン。
ここはカメラワークも鮮やかに盛り上げるが、詰め込み過ぎの感は否めない。
実話ベースなのでアレンジする余地が限られたのかもしれないが、水質汚染のスキャンダルは『ダーク・ウォーターズ 巨大企業が恐れた男』(2021)のように、それ自体で一本映画が撮れる骨太なネタだ。
同様に、ジョンの自殺も、クライムサスペンスのエンディングとしては、もっと盛り上げられた。それらを慌ただしくワンシーンに凝縮してしまったのは、勿体なかった。
弟ニックだっていいヤツなのに、本作はあくまで姉と父親の交流を描き通すところは、どこかノーラン監督の『インターステラー』に通ずる。まあ、こっちのお父さんのほうが型破りだが。
そんな父にもらった絵や言葉を大切に、立派にジャーナリストに成長した娘、娘からの優しい言葉に涙する父。
だが、娘の前で無様な姿は見せられず、フラッグ・デイに生まれた男は、警察車両に囲まれ、自分に銃口を向け引き金を引く。
そんな自分の生き様を、回顧録として娘が残してくれたことだけが、哀れな男の救いだったか。