『シャレード』
Charade
スタンリー・ドーネン監督がついにオードリーとケーリー・グラントの共演を実現させたロマンティック・サスペンス
公開:1963 年 時間:113分
製作国:アメリカ
スタッフ 監督: スタンリー・ドーネン 脚本: ピーター・ストーン キャスト レジーナ: オードリー・ヘプバーン ピーター・ジョシュア:ケーリー・グラント バーソロミュー: ウォルター・マッソー テックス: ジェームズ・コバーン スコビー: ジョージ・ケネディ ギデオン: ネッド・グラス シルヴィ: ドミニク・ミノット ジャン=ルイ: トーマス・チェリムスキー グランピエール警部: ジャック・マラン
勝手に評点:
(一見の価値はあり)
コンテンツ
ポイント
- とりあえず、ヘンリー・マンシーニのテーマ曲とジバンシィの衣装だけでも観るべき価値がある。オードリーの主演作では最もまともなサスペンス。
- ケーリー・グラントとの恋愛要素は強引な展開とは思うが、そこに文句を言わせない優れた脚本。
あらすじ
レジーナ(オードリー・ヘプバーン)は友人とのスキー旅行で離婚を決意するが、帰宅すると夫チャールズは死んでいた。
さらに、夫が戦時中に三人の男と軍資金を横領したあげく、仲間をだましていた事実が発覚する。
三人から脅迫を受けるはめになったレジーナは、旅行で知り合ったピーター(ケーリー・グラント)に助けを求める。
今更レビュー(まずはネタバレなし)
ついにケーリー・グラントと初共演
スタンリー・ドーネン監督が『パリの恋人』(1957)に続きオードリー・ヘプバーン主演で撮ったロマンティック・サスペンス。相手役は当時30歳過ぎの彼女と二回り以上年の離れたケーリー・グラント。
かつてビリー・ワイルダー監督が『麗しのサブリナ』の撮影で出演依頼をして以来、何度も断り続けたというケーリー・グラント。それはオードリーとの年齢差が、自分にとってマイナスイメージになると危惧したから。
だが、本作を観る限り、それは杞憂に思えた。二人の恋愛にとりたてて違和感はなく、ハリウッドらしい能天気な関係。オードリーが演じる主人公の未亡人レジーナの方が、ケーリー・グラント演じるミステリアスなピーターに夢中になっていく設定のせいかもしれない。
『シャレード』は公開当時、オードリーにとって最大のヒット作になったらしい。それを塗り替えるのは『マイ・フェア・レディ』(1964)。それぞれダイハツと日産が自社の自動車の名前にしているあたり、日本でのオードリー人気のほどが窺える。
後の“How to Steal a Million”の邦題が『おしゃれ泥棒』(1966)となったのも、「シャレード」と語感が似てるから、ヒットにあやかろうとしたのかも(んなわけないか)。
なお、本作は2002年に『羊たちの沈黙』のジョナサン・デミ監督がリメイクしている。主演のタンディ・ニュートンが当時まだ無名だったせいか、日本では劇場未公開。
シャレードのおしゃれ度
本作はミステリー仕立てゆえ、まずはネタバレなしで魅力を語りたい。冒頭、暗がりを走る列車から放りだされる男の死体。俳優さえ不明だが、これがレジーナの夫で富豪のチャールズ・ランパート。
そしてタイトルとヘンリー・マンシーニによるテーマ曲。劇中様々なアレンジで繰り返し登場するが、つい口ずさみたくなる美しい曲。オードリーの出演作の中では、『ティファニーで朝食を』(1961)の<ムーン・リバー>に並ぶ有名な旋律だ。
そしてオードリーはスキーリゾートの場面でお目見え。スキーウェアひとつとっても黒の上下にスキー帽を合わせて、丸いサングラスとハイセンスの極み。これもジバンシィのデザインなのか。
勿論彼女はスキーなんてせず、優雅にコーヒーブレイク。背後には室内プールで泳ぐ男女たち。ああ、憧れの60年代欧州リゾート文化。
そしてレジーナが友人シルヴィ(ドミニク・ミノット)に離婚の決意を語っているところに、通りがかったピーター(ケーリー・グラント)と知り合いになる。
「私と知り合いになりたいの? 友人が多いから、誰か死なないと空きがないわ」
「じゃあ、その時は連絡をたのむよ」
洒脱な会話がポンポンと飛び交うロマコメ的な出会い。ちなみにこの場面でのシルヴィのやんちゃな息子ジャン=ルイとの会話が、ちょっとした伏線になっている。
いつの間にか狙われる身に
さて、レジーナがパリに戻ると家の中には夫チャールズも家財道具もない。警察によれば、夫は遺体で発見され、家財を売り払って作ったはずの25万ドルが見つかっていない。
残された荷物はルフトハンザ(懐かしい!)のバッグひとつ。中には複数の偽造パスポートと身の回り品しか入っておらず、カネ目のものはない。
◇
別れようとしていた夫に未練も悲しみもないようだが、突然の出来事に混乱するレジーナの前に、ピーターが現れ何かと支えになってくれる。皮肉なことに、身内がひとり死んだから、友人枠が空いたという訳か。
夫の寂しい葬儀に参列した三人の見知らぬ男。頭のハゲた小柄な男ギデオン(ネッド・グラス)、やせた背の高い男テックス(ジェームズ・コバーン)、そして大柄で右手が義手の男スコビー(ジョージ・ケネディ)。それぞれチャールズの生死を確認しては悪態をつく。
◇
その後レジーナは米国大使館から呼び出しを受け、大使館員のハミルトン・バーソロミュー(ウォルター・マッソー)から衝撃の事実を伝えられる。
チャールズはかつてCIAの前身であるOSSに所属していたエージェントで、葬儀の場に現れた三人と金塊の輸送任務にあたっていた。
ところがドイツ軍に奪われたと欺いて、チャールズがこの金塊を独り占めした。彼らは、その資産を奪還しに、レジーナを狙っているはずだと。
子供心にも豪華だった助演俳優陣
こうして、何のカネも受け取っていないレジーナは、三人に付け狙われることとなり、ピーターが彼女を守る構図に見えるが、話はそう単純ではない。
本作は幼少の頃からテレビで何度も観ているが(勿論、オードリーの声は池田昌子)、主演の二人はもとより、その他の豪華キャストにも夢中になった記憶がある。
- テックスには『荒野の七人』のジェームズ・コバーン(声が小林清志だから、まんま次元大介イメージ)
- 鋼鉄の義手が恐ろしいスコビーに角川映画『人間の証明』のジョージ・ケネディ
- それに大使館職員のバーソロミューには『がんばれ!ベアーズ』のウォルター・マッソー
善人役揃いのこの顔ぶれでいけば、犯人になりそうなのはジェームズ・コバーンくらいだが、はたしてどうか。
本作は60年代の作品だが、同時期のオードリー・ヘプバーンの作品にしては男性優位社会の匂いは希薄な方だ。
とはいえ、昨今の作品のように女性が暴漢に反撃する訳でもなく、ただ逃げては男性に助けを求めるだけ。パリのダンスホールでオレンジを身体に挟んでリレーするセクハラ横行の余興も必然性はなく、男性ファンサービスで入れたとしか思えない。
◇
セーヌ川沿いを並んで歩く二人のシーンで、レジーナがアイスクリームを誤ってピーターのスーツにくっつける。ここは唐突かつ謎の演出だった。
だが、どうやら二人の撮影前の初顔合わせの際に、オードリーが緊張してグラントのスーツに赤ワインをこぼしてしまったエピソードからスタンリー・ドーネン監督が着想を得たらしい。そう聞くと、なるほど二人の仲の良さが伝わる演出にも見える。
今更レビュー(ここからネタバレ)
ここからネタバレしている部分がありますので、未見の方はご留意願います。
七つの顔を持つ男
さて、本作では当初ピーターを名乗っていたケーリー・グラントが、何度も名前を変え正体を明かすことで話が二転三転する。
最初のサプライズは彼が三人の仲間だったことだろう。なんだ、全員グルか。そうかと思えば、仲間のスコビーが、「あの男はダイルと言って、俺たちの知り合いだから信じるな」とレジーナに密告する。
えっ、仲間割れ? しかも、レジーナが大使館職員のバーソロミューに聞くと、ダイルという男は彼らの犯行仲間だったが、ミッション中に銃撃され死んだはずだと言われる。
◇
ピーターがダイルを名乗っていることを突き止めたレジーナが彼を問い詰めると、自分は死んだ兄の弟だと言う。それを信じ始めると、今度はバーソロミューが、「ダイルには弟はいなかった」との追加情報。
結局、はじめピーターを名乗っていたケーリー・グラントは、何度も名前を変え正体を明かし、レジーナはそのたびに彼を疑っては信じ直し。その間に、三人の男たちは、一人ずつ真犯人に殺されていく。
25万ドルはどこに消えた?
さて、25万ドルはどこに消えたか。残されたバッグの中のどれかに資産価値の高いものがあるはず。ネタバレになるが、これは妻あてに書いた手紙の封筒に貼られた切手がそれだけの値打ちものだったというオチなのである。
手帳に書かれていた時間と場所には、切手販売のマーケットが開かれており、そこで男たちは真相に気づく。
見た目はパッとしない古い切手だが、蒐集家にとっては宝物らしい三枚の切手。ジャン=ルイ少年がそれを売ってしまった初老の紳士がその価値を知りながら、「いい夢を見た」とレジーナに返却する。なんと善人なのだろう。
この切手のトリック、最近では知念実希人の著作『崩れる脳を抱きしめて』でも使われてた気がする。
◇
最後に切手は誰の手に戻るか、男たちを殺したのは誰だったか。結末は観てのお楽しみとさせていただくが、容疑者の多くは死んでしまったので、自明かもしれない。真犯人はいちばん疑わしくない人物というルールは本作にもあてはまる。
レジーナはこうして幸せに再婚しましたとさ。でも、夫が死んでも涙ひとつ見せず、次の男に夢中になるってどうなのよ。などというコメントを寄せ付けないのが、オードリーの魅力なのであった。