『MEN 同じ顔の男たち』
MEN
アレックス・ガーランド監督がA24製作で撮ったホラー。よく分からないが、何か凄いものを観た気がする。
公開:2022 年 時間:100分
製作国:イギリス
スタッフ 監督・脚本: アレックス・ガーランド キャスト ハーパー・マーロウ: ジェシー・バックリー ジェフリー: ロリー・キニア ジェームズ・マーロウ: パーパ・エッシードゥ ライリー: ゲイル・ランキン
勝手に評点:
(一見の価値はあり)
コンテンツ
ポイント
- なにが怖いって、説明がつかない事象ほど恐ろしいものはない。美しい山村のカントリーハウスで主人公の女性を待っている、得体のしれない恐怖の出来事。
- 静かに、そしてじわじわと締めつけてくるスリラーは、前半の正統派雰囲気ホラーから、終盤「ナニコレ珍百景」に変貌を遂げる。ぶっちゃけゲテモノ趣味の人向きだが、素通りするのは勿体ない。
あらすじ
夫の死を目撃してしまったハーパー(ジェシー・バックリー)は、心の傷を癒すためイギリスの田舎町へやって来る。
彼女は豪華なカントリーハウスの管理人ジェフリー(ロリー・キニア)と出会うが、街へ出かけると少年や牧師、警官に至るまで出会う男すべてがジェフリーと全く同じ顔だった。
さらに廃トンネルから謎の影がついてきたり、木から大量の林檎が落下したり、夫の死がフラッシュバックするなど不穏な出来事が続発。ハーパーを襲う得体の知れない恐怖は、徐々にその正体を現し始める。
レビュー(まずはネタバレなし)
だってガーランドとA24だもん
監督デビュー作の『エクス・マキナ』(2015)で耽美的なSFサスペンスの醍醐味を思い出させてくれたアレックス・ガーランド監督が、同作に続きA24製作で仕掛けた異色スリラー。
◇
ロンドン郊外の田舎町の風景美と、カット割りの妙で魅せる前半部分に、これは雰囲気で怖がらせるモダン・ホラーかなと思っていたところに、急転直下の終盤展開。
得体の知れないアレックス・ガーランド監督の作風に、何か凄いものを見せられたとしか言いようがない。
◇
いやあ、イマドキこの手の映画を喜んで撮らせてくれるのはA24しかないよ。『ミッドサマー』(アリ・アスター監督)や『ライトハウス』(ロバート・エガース監督)と同じ系譜に入りそうな、不気味で意味不明なコワ面白い作品。
落ちていく男と癒されたい女
まずは冒頭から観客の心を鷲掴みにする展開。窓越しの川の向こうにぼんやり見える三角錐のような高層ビルで、ロンドン市街のアパートと分かる。
鼻血姿の主人公ハーパー(ジェシー・バックリー)が眺めている窓の外に、上から男性が落下してくる。目が合う二人。この時点では、何の説明も、台詞もないところが心憎い。
◇
そこから話は飛び、ハーパーは青のフォード・フィエスタを走らせて郊外の古い屋敷に向かう。この大きなカントリーハウスを二週間借りて、心の傷を癒してリフレッシュしようという計画らしい。
話の流れから、先ほどの落下男性は夫のジェームズ・マーロウ(パーパ・エッシードゥ)、そしてどうやら夫婦喧嘩のあと彼女が離婚を切り出したことに傷つき、自殺してしまったのだと分かってくる。
屋敷でハーパーを案内するのは、近くに住む所有者のジェフリー(ロリー・キニア)。
人あたりはよいが、どこか慇懃無礼な態度が怪しく、善人フラッグは立っていない。などと思いを巡らせていると、彼女は美しい田舎の村の散策をはじめ、そこから恐怖体験が始まっていく。
同じ顔の男たちだったの?
さて、お前の目は節穴かと言われそうだが、この辺で私の観察眼の甘さを白状しておきたい。
ハーパーは田舎街へ出かけると少年や牧師、警官に至るまで出会う男すべてがジェフリーと全く同じ顔だった。これは公式サイトにも堂々と書かれているし、何より邦題が『MEN 同じ顔の男たち』なのだから、ネタバレではないものとさせていただく。
だが、それをよく覚えていなかった私は、この<同じ顔>に観ている間まったく気づかずにいた。
でも言い訳させてもらうと、各キャラクターはメイクやヘアスタイル、服装で相当差別化を図っており、少年にいたっては身長も違う。これは同じ顔だと分からなくても無理はないのではないか。
そもそも、<同じ顔>であることは、セールスポイントなのか。原題は『MEN』とシンプルで、邦題のようにヒントはくれない。海外サイトでも、<同じ顔>を殊更アピールしていないように思う。
◇
負け惜しみのようだが、あまり<同じ顔>を意識してしまうと、本作に起きた怪奇現象の正体(あるとすればだが)の選択肢が狭まってしまうのではないか。だから、これは、ちょっとした隠し味程度に思っておくのが正解なのだと思っている。
じわじわ恐怖の雰囲気
カントリーハウスを囲む美しい自然と寂しい村。雄大な景色を歩くハーパーが出くわす巨大なトンネル。中は暗闇で、はるか遠くに向こう側の光が見える。どう見たって近づいてはいけない舞台設定だ。
そこに向かって「ヤッホー!」(いや正確には「ハーパー!」だったか)と叫ぶ彼女の声が何度もこだまする。この声は、やがて彼女を苦しめる呪縛のように、何度も登場する。
◇
彼女が禁断の実を食べてしまった庭のリンゴの木、廃トンネルから現れた小さな人影、庭を歩きまわる謎の全裸ストーカー。窓の外など遠くから近づいてくる恐怖を、じわじわと、そしてスタイリッシュに映し出していく。
小技の使い方は、どこかジョーダン・ピール監督の『アス』(2019)を思わせる。少年が付けてるお面とか(モンロー風のお面ってのは新機軸だけど)、夜の庭に佇んで家の中を見ているだけの警官とか。
夫の自殺前、ハーパーとなぜ喧嘩になったのか、詳細は語られない。
だが、もう限界と離婚を持ち出す彼女に、「それなら死んでやる」と脅かす夫が、突如彼女を殴ったことで、彼女は夫を締め出した。その結果、飛び降りて死んでいく夫と目を合わせることになったのだ。
村の礼拝堂で会った人の良さそうな牧師が、彼女の苦悩を聞いてどう慰めるのかと思えば、
「彼に謝る機会を与えましたか。男なら誰でも殴ることくらいあるでしょう。あなたが寛大なら、結果は変わっていたかも」
この意外な回答にはハーパーも驚き、”Fuck off ! ”とその場を立ち去る。
そう、ゴシック・ホラー風な印象もある本作だが、主人公のキャラは現代風だ。けしてスクリーム・クイーンの座に収まるタイプではなく、勇猛果敢に反撃する。そこがユニークだ。
キャスティングについて
男を赦せという牧師、隠れんぼで遊んでくれないとビッチ呼ばわりの少年、全裸の葉っぱ男と、それをすぐに釈放する間抜けな警官。本作に出てくる男どもは、どいつもこいつもクズ揃い。
ハーパーが頼れるのは、ロンドンに暮らす女友達のライリー(ゲイル・ランキン)。だが、電波が切れれば連絡はできない(回線不良で悪魔顔になる演出が怖い)。
身近で頼れるのは家主のジェフリーだけだが、はたして信頼が置けるのか。そして、夜がやってくる。
主演はジェシー・バックリー。近作は『ロスト・ドーター』(マギー・ギレンホール監督)だが、伏線回収しないホラーと『シャイニング』的な恐怖感から、『もう終わりにしよう。』(チャーリー・カウフマン監督)での彼女の役に近いか。着ている服装が、ロンドンから来た当初から次第に現地化していくのも面白い。
そして家主のジェフリーをはじめ、多くのキャラクターを演じるロリー・キニア。ダニエル・クレイグ版の007シリーズで、ビル・タナ―というMI6の幕僚主任を演じている。正直印象は薄いのだが、歴史ある007シリーズで初期から続くこの役を演じた俳優の中では、一番の存在感を発揮しているので、念のため。
レビュー(ここからネタバレ)
ここからネタバレしている部分がありますので、未見の方はご留意願います。
ボディホラーからフォークロア
屋敷の中に襲ってくる敵に斧やナイフで反撃するハーパー。裸男がドアのすき間に突っ込んだ手が、手の甲に刺されたナイフで引っかかり、強引に抜いた手がナイフでササラ状になるのはエグかった。
だが『TITANE/チタン』(ジュリア・デュクルノー監督)系ボディーホラーのようにみえて、根底は『ミッドサマー』に近いフォークロア・ホラーと思える。
全裸で葉っぱだらけの男は、欧州の森の精グリーンマンのようだし、教会にあった女性器を誇示する女の像は、<シーラ・ナ・ギグ>と呼ばれる厄除けの類だという。
印象的に使われるリンゴの木や、空から落ちて鉄柵に磔のようになり死んだ夫も宗教的だ。
タンポポの綿毛にはどういう意味があったのだろう。単為生殖で両性はなくとも増殖できることは終盤の地獄絵につながるメタファかもしれないし、深く根差していて根絶しにくい点は、マチズモを表しているのかもしれない。
答えはあるのか
本作でハーパーの身に起きた怪奇現象は、一体何だったのか。
そこに無理に理屈をつけることはできるが、何事も説明がつかない方が恐ろしく感じるものであり、理屈でラベリングした途端に、つまらなくなってしまうように思う。
◇
ただ、飛び降りた夫と目を合わせてしまうというトラウマ体験は、少なからず彼女に爪痕を残しただろう。それが深層心理にあり、何やら田舎の村で想像の産物を創り出してしまったのかもしれない。
或いは、潜在意識下にある男に対する恐怖心や敵対心が、村のなかで男たちが彼女に浴びせる奇異な目と相俟ってこのような現象を惹起したのか。
全てが想像というのでは夢オチになってしまう。だが、全てが現実では同じ顔の男に説明がつかない。古い村だから、みんな親兄弟が繋がっているから似た顔とか? でも最後に出産を繰り返して、彼女の夫が登場するしなあ。
最後にようやく親友のライリーが登場する場面を見るに、愛車フィエスタが事故っているのは現実だろう。ラストカットに登場するクルマで現実を表現するのも『もう終わりにしよう。』と同じだ。
そうなると、クルマがぶつかっているのなら、家主のジェフリーが轢死したあたりが現実におきたことで、あとは空想の世界なのかな。
本作で一番おかしかったのは(笑う場面ではないが)、男たちが次々と妊娠・出産を繰り返す地獄絵のような終盤の展開を目の当たりにしたハーパーが、怖がりもせず、「これだから男どもは」と言わんばかりに、あきれて見捨てて逃げる場面だ。
おそらく本作で最も手の込んだ特撮シーンを相手に、まったくいじってあげない展開が小気味よい。
意味不明なれど、凄いものを観させてもらった。そんな作品だった。