『ハッピーフライト』
矢口史靖監督のエンタメ路線、ここに極まれり。田辺誠一と綾瀬はるかはじめ、豪華キャストでフライトは大騒ぎ。
公開:2008 年 時間:103分
製作国:日本
スタッフ 監督・脚本: 矢口史靖 キャスト パイロット 鈴木和博: 田辺誠一 原田典嘉: 時任三郎 望月貞男: 小日向文世 CA 斎藤悦子: 綾瀬はるか 山崎麗子: 寺島しのぶ 田中真里: 吹石一恵 グランドスタッフ 木村菜採: 田畑智子 吉田美樹: 平岩紙 森田亮二: 田山涼成 オペレーションコントロールセンター 高橋昌治: 岸部一徳 中島詩織: 肘井美佳 吉川雅司: 中村靖日 整備士 小泉賢吾: 田中哲司 中村弘樹: 森岡龍 管制官 竹内和代: 宮田早苗 渡辺忠良: 長谷川朝晴 宮本理英: いとうあいこ 水野頼子: 江口のりこ 井口昇一: 竹井亮介 乗客 丸山重文: 笹野高史 清水利郎: 菅原大吉 岡本福男: 正名僕蔵 岡本幸子: 藤本静 上原和人: 川村亮介 女子高生: 中村映里子 太田孝三: 日下部そう
勝手に評点:
(一見の価値はあり)
コンテンツ
あらすじ
機長昇格を目指す副操縦士・鈴木和博(田辺誠一)は、乗客を乗せた実機での最終訓練に挑むため、ホノルル行き1980便に乗り込む。
ただでさえ緊張しているところへ、試験教官が威圧感バリバリの原田典嘉教官(時任三郎)に急遽変更となったことで、その緊張は増すばかり。一方、同じ便にはこれが国際線デビューとなる新人CA・斎藤悦子(綾瀬はるか)も乗務する。
空港カウンターではグランドスタッフの木村菜採(田畑智子)が乗客のクレーム対応に追われ、さらに整備場でも若手整備士が離陸時刻に遅れまいと、必死のメンテナンスを続けている。そして、なんとか飛行機は定刻通りに離陸。あとは快適な空の旅のはずだったが……。
今更レビュー(ネタバレあり)
今度は「CAやるべ」
ひさびさに観ました『ハッピーフライト』。これホントに楽しい。矢口史靖監督といえば、男子がシンクロナイズドスイミングをやる『ウォーターボーイズ』(2001)か女子高生が「ジャズやるべ」の『スウィングガールズ』(2004)が代表作。でも、私は断然本作が好きだ。
矢口史靖監督が徹底して取材したネタを、これでもかと作品のなかに投入していく。飛行機ものの映画であるが、昔懐かしい『エアポート』シリーズみたいに、航空パニック映画ではない。
フライトにテロリストが潜入するわけでも機体が炎上するわけでもなく、かといって教官とCA見習いのラブロマンスもない。
よくよく考えれば、結果だけ見れば、羽田発ホノルル行きのフライトが途中に機体トラブルで引き返すだけの話なのだ。
これをシリアスに扱うと、クリント・イーストウッド監督の『ハドソン川の奇跡』(2016)になるのだろうが、矢口史靖監督の作風はあくまでコメディ路線。だが、それでもちゃんと盛り上がる内容になっている。
なぜキャップをかぶらないんだ、鈴木君
メインキャストの一翼を担うのは、機長昇格訓練中の副操縦士・鈴木和博(田辺誠一)。冒頭には機体異常で機体を海に墜落させている。フライトシミュレータの夢オチであることはミエミエだけど。
昇格がかかった大事な羽田発ホノルル行きフライトの教官は、厳しそうな原田典嘉(時任三郎)。パイロット帽をかぶらず、カッコばっかり気にする頼りなさげな副操縦士の鈴木に田辺誠一は絶妙な配役。
そして、そのフライトが国際線デビューとなるCAの斎藤悦子(綾瀬はるか)。こちらの鬼チーフパーサーは山崎麗子(寺島しのぶ)、先輩CAには田中真里(吹石一恵)。
天真爛漫で女子大生気分が抜けず、そそっかしい斎藤は新米CAのお約束キャラ。綾瀬はるかが初々しい。得意げにサムアップするポーズは、ちょうど2008年に流行したエドはるみの「グ〜」を意識していたのかな。
そして、頼りないメイン二人をよそに、羽田空港のグランドスタッフ木村菜採(田畑智子)や、整備士の小泉賢吾(田中哲司)、オペレーションコントロールセンターのベテラン高橋昌治(岸部一徳)など、プロフェッショナルたちが運航を支えている。
全日空(ANA)の全面協力により、本物のボーイング747-400を撮影で使用、更に空港や整備工場など、細部にわたり本物志向。飛行機マニアも満足するリアリティになっているのだろう。普段あまり取り扱われることのない、航空業界のさまざまな仕事が垣間見えるのも楽しい。
繋がらないけど繋がっている職員たち
魅力溢れるキャラがグランドホテル形式でテンポよく登場し、観ていて不思議な幸福感に満たされる。
感心するのは、これだけ慌ただしくメンバーが切り替わっても、ちゃんとドラマが成立していることだろうか。しかも、持ち場の異なるメンバーたちは、ほとんど同じシーンでのからみがない。
◇
例えば、田辺誠一と綾瀬はるかは同じフライトに搭乗しているが、田辺はコクピットに籠っているので顔を合わせない(空港ですれ違ったのと、事前のブリーフィングで居合わせた程度)。
地上職の田畑智子も、他のクルーたちと接点がない。搭乗の際に機内持ち込みの荷物トラブルでいがみ合う程度だ。
管制塔のメンバーは、顔の見えない機長たちと通信はするが、会話といえるほど濃密な内容ではない。主人公を無線で助ける顔の知らない協力者が、危機を乗り越えラストで初めて固い握手を交わす『ダイ・ハード』のような場面は、本作にはない。
でも、それぞれの職場には、必ず強面のプロフェッショナルがいて、緊急事態が起きると、いきいきとして難題に向き合う。笑いの小ネタばかり積み上げているのではなく、そこにしっかりとドラマが作りこまれている。
実は芯のあるストーリー
ベンガルが演じるバードパトロールが、空港近くで鳥の威嚇射撃をするのだが、愛鳥団体と揉めているうちに、離陸したホノルル便がバードストライクしてしまう。
どうやら事なきを得たようだが、実はこの事象と、機体に離陸まえから認識されていた一部計器の不具合が関連して、その後の機器異常を誘発することになる。(折れてしまった計器を、ずっと尾灯管だと思っていたけど、正しくはピトー管だった。)
コメディに見せておいて、実は裏ではハラハラさせる仕掛けが進行している。
綾瀬はるか扮する斎藤CAも、「ヘッドホン出っ歯、ほくろワイン、リンゴ小僧、ヒゲ絵本」などと、乗客の特徴とリクエストを暗記してこなすうちにミス連発となるあたりはコントである。
だが、チーフパーサーに厳しく怒られ、国際線CAの浮付いた幻想から目が覚めるシリアスな場面もあり、ただのコントでは終わらない。くじけそうになりながら、力を合わせて危機を乗り切る。芯のあるストーリーだ。
ANAのBANです
その気になれば、もっとキャラの動きやサプライズを盛りだくさんにした緻密なシナリオも書けそうだが、あまり凝り過ぎると、本来の無事に帰還できるかというイベントに意識が向かない。その意味では、バランスの良い仕上がりなのだと思う。
はじめは頼りなかった田辺誠一演じる鈴木副操縦士も、緊急事態を宣言し、原田教官(時任三郎)が怪我して操縦かんが握れないとなり、覚悟を決める。押し寄せてくる台風でなかなか進路が定まらず、無事に着陸なるか(結果は読めても、ハラハラさせてくれるのがこのジャンル)。
ハッピーエンドなハッピーフライトだけど、ANAはよく太っ腹に本作に全面協力してくれたものだ。だって、さすがに機内上映しにくい内容ではないか?
職員の成長譚だからOKが出たのかもしれないが、グランドスタッフの上司(田山涼成)、オペレーションコントロールセンターのアナログオヤジ(岸部一徳)、先輩格の整備士(田中哲司)など、パワハラまがいな連中も複数登場。
さすがに今のご時世だと、企業のOKは出なかったかも。でも、こういう鬼上司がいないと、映画的には盛り上がらないんだよなあ。エンドロールで洒脱に歌うシナトラも、雰囲気ぴったり。