『三つ数えろ』探偵マーロウ作品レビュー|撃っていいのは覚悟のある奴だけ

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『三つ数えろ』 
 The Big Sleep

チャンドラーの『大いなる眠り』の映画化。私立探偵フィリップ・マーロウをハンフリー・ボガートが演じる。

公開:1946 年 (日本公開1955年) 
時間:114分  製作国:アメリカ

スタッフ  
監督:       ハワード・ホークス 
原作:    レイモンド・チャンドラー 
            『大いなる眠り』
キャスト 
フィリップ・マーロウ:
          ハンフリー・ボガート
ヴィヴィアン・スターンウッド:
           ローレン・バコール 
カルメン・スターンウッド:
          マーサ・ヴィッカーズ 
ガイ・スターンウッド将軍:
        チャールズ・ウォルドロン 
エディ・マーズ:   ジョン・リッジリー 
モナ・マーズ:    ペギー・ヌードセン 
ジョー・ブロディ:ルイス・ジーン・ハイト
バーニー・オールズ: レジス・トゥーミー
本屋の店員:     ドロシー・マローン 
ハリー・ジョーンズ: エリシャ・クックJr

勝手に評点:2.5
      (悪くはないけど)

あらすじ

私立探偵フィリップ・マーロウ(ハンフリー・ボガート)は百万長者スターンウッドの依頼を受ける。依頼内容はガイガーという男からの恐喝に関するものだったが、時を同じくして使用人のリーガンが姿を消していた。早速マーロウは張り込みを始めるが、そのガイガーは自宅で殺されてしまう……。

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今更レビュー(ネタバレあり)

ボギー!俺もマーロウだ

ハワード・ホークス監督がハンフリー・ボガートを私立探偵フィリップ・マーロウに据え、レイモンド・チャンドラー『大いなる眠り』を映画化。

チャンドラーは既に短編小説にマーロウを登場させていたが、長篇小説としては本作が初となる。但し、映画化は必ずしも出版順と言う訳ではないため、本作公開時には、既に何作かの作品が世に出ている。

『大いなる眠り』は1978年にマイケル・ウィナー監督がロバート・ミッチャム主演でリメイクしているが、今回はオリジナルの1946年ハワード・ホークス監督の作品を選んだ。

原題はどちらも原作と同じ『The Big Sleep』 だが、それではハードボイルドらしくないからか、ハワード・ホークス版の邦題は、映画の中の決め台詞にちなんで『三つ数えろ』となっている。

本作でまず冒頭でぶったまげるのは、フィリップ・マーロウの登場シーンだ。依頼人であるスターンウッドの邸宅に訪れた彼を、居合わせた次女のカルメン(マーサ・ヴィッカーズ)が一瞥して「小柄なのね」という。

原作では「背が高いのね」だから、ハンフリー・ボガートに合わせたこの第一声には驚くが、更に追い打ちをかけてボギーの返しは「努力はしてる」だ。一体どんな努力なんだろう。

原作を読んだ直後でさえ難解

ここから先、しばらくは原作忠実に事が運ぶ。

蘭の花咲く温室でマーロウを迎える車椅子のスターンウッド将軍(チャールズ・ウォルドロン)が、古書店主のガイガーがカルメンに対し借金の催促の名目で脅迫してきたと解決を依頼する。マーロウが温室で汗だくになっていることを、原作ではつい忘れてしまいがちだが、映画ではしつこいほど見せてくる。

依頼人の将軍はこの温室シーン以外、ほとんど登場しない。話の中心にいるのは、その二人の娘、冒頭のカルメンと、その姉のヴィヴィアン(ローレン・バコール)だ。

はじめは、カルメンの脅迫話の解決をめざして、古書店主のガイガーからあたり始めたマーロウだが、この人物はすぐに死体になり、いつの間にか話は複雑に広がっていき、そしてヴィヴィアンの失踪した夫ラスティ・リーガンの行方を探す展開になっていく。

話の詳細な内容はここでは省くが、驚いたのは、ストーリー展開の難解さだ。もともと原作でも分かりにくい内容だが、小説ならば好きに読み返すことができるので、どうにか理解できる。だが映画はそうはいかない。

DVDや配信がある今日ならばまだよいが、劇場やTV放送で観ていた時代には、相当の理解力を必要としたのではないか。私などは、原作を読んだ直後に映画を観たと言うのに、それでも混乱したほどだ(原作と異なる展開だったこともあるけど)。

ハワード・ホークスの作品らしくテンポはよいが、きちんと事件の流れを理解しようとしたら、このテンポではなかなか追いつけない。

The Big Sleep (1946) - Original Theatrical Trailer

まあ、この作品はミステリーではなくハードボイルドであり、事件の成り行きよりも、マーロウがどれだけダンディにきめて敵をこらしめ、洒脱な会話をしてくれるかが重要なのだ。

「序盤で登場する将軍お抱えの運転手を殺した犯人は誰なのか」ハワード・ホークス監督がレイモンド・チャンドラーに電報を打ったら、「私は知らない」と返信された逸話もあるほど。

その意味では、ハンフリー・ボガートがそれらしく振舞ってくれれば、満足といえるのかもしれない。彼のマーロウ役が、身長は別にしてもハマっていたのかどうかは、他の作品のマーロウ俳優たちと見比べてみないと、何とも言えないな。

ホークス的女性像ローレン・バコール

本作では、原作以上にヴィヴィアンが目立つ役になっている。ハワード・ホークス監督がハードボイルドの金字塔『脱出』(1944)でボギーと新人女優だったローレン・バコールを共演させ、やがて二人は結婚。そして本作で再共演という経緯からも、そうなるのは必然といえるのだろう。

<ホークス的女性像>と称されるものの代表格であるローレン・バコールが演じるヴィヴィアンは、ハスキーボイスと妖艶さが相俟って、実にミステリアスな魅力のある女性になっている。だがそれは本作をさらに難解なものにしてしまう。原作では、ここまで謎めいた女性ではない。

ヴィヴィアンを目立たせたばかりに、妹のカルメンは美人なのに印象が薄い存在になってしまった。原作では殺人現場やマーロウの部屋に全裸で登場したはずなのに、映画ではチャイナドレスどまり。これでは裸の写真を撮られて脅迫される設定と繋がらないのではないか。

ガイガーの古書店からも、紳士諸氏にいかがわしい写真の貸出をする裏稼業という設定が消えてしまった。そういうものには厳しい時代だったのだろうが、その代わりにスターンウッド姉妹のみならず、ガイガーの古書店の女・アグネスや向かいの本屋の店員、更にタクシー運転手まで、若い女性を揃えてはマーロウの探偵仕事に華を添える。

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「三つ数えろ」とは、敵の大物であるエディ・マーズ(ジョン・リッジリー)が強迫する際に使った台詞だ。それをなぜ邦題にするのかと不思議に思ったが、終盤でマーロウもこの台詞を用いる。

実は映画の前半までは台詞の一つ一つまで原作忠実だった本作だが、後半はまるで別モノになっていく。

事件の結末に関しては、原作はあまり解決した感じのしない、残尿感のある終わり方だったのだが、そのまま映画化したのでは観客が納得しないと思ったのか、映画ではキッチリと勧善懲悪でケリが付く

さすがに古臭さは否めないが、今日のハードボイルドの原型を作った作品の一つといえるであろう重要文化財的な作品