『探偵物語』
大学受験を終えた薬師丸ひろ子の復帰作は、松田優作の私立探偵を相手に挑む大人の世界。
公開:1983年 時間:111分
製作国:日本
勝手に評点:
(悪くはないけど)
コンテンツ
あらすじ
父が待つアメリカへの出発を一週間後に控えた女子大生の新井直美(薬師丸ひろ子)。
憧れの永井先輩(北詰友樹)に誘われホテルへ向かった直美だったが、直美の伯父を名乗る男が飛び込んできて永井を追い出してしまう。男は直美の父の元秘書に雇われた辻山秀一(松田優作)という名の私立探偵で、彼女を出発まで守ることになっていた。
ある日、辻山の元妻である幸子(秋川リサ)が彼のアパートに転がり込んできた。岡崎組の跡取りである和也(鹿内孝)がホテルで刺殺され、自分が容疑者として疑われているのだという。直美は辻山に、一緒に犯人を捜そうと言い出す。
今更レビュー(まずはネタバレなし)
お嬢様女子大生と雇われ探偵
人気絶頂だった薬師丸ひろ子が大学受験のためにしばらく芸能活動を休止し、若者たちが待ちに待った復帰作が本作。しかも共演相手は松田優作、原作は赤川次郎の角川映画となれば、はじめから大ヒットは約束されたようなものだ。
事実、興行成績は良かったはずだが、果たして作品の出来としてはどうだったか。正直、ファンの心理としてはもやもや感が残ったように記憶する(少なくとも私は)。
◇
監督は根岸吉太郎。同年公開の『俺っちのウエディング』のように軽い作品もないわけではないが、やはりこの監督は、『遠雷』(1981)から始まり、『雪に願うこと』(2005)や『ヴィヨンの妻 〜桜桃とタンポポ〜』など、文芸作品の匂いがする作品が良い。少なくとも赤川次郎との相性には疑問を感じる。
薬師丸ひろ子を観るための作品
本作で観るべきはただひとつ、復帰して髪もボブカットにして女子大生を演じている、薬師丸ひろ子の演技である。
彼女の魅力をただ堪能することだけに、集中するべし。背伸びして大人の女を装っている深窓の令嬢という新井直美の役が、いかにもよく似合う。赤川次郎があて書きしただけはある。
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憧れの永井先輩(北詰友樹)と逗子海岸にでかけ、プレゼントされた貝殻とナメクジに分かれたペンダントを合わせて、「あ、でんでん虫」とボソッと言ってみたり、「今日、帰らなくてもいいかなあ、帰るのやめよっかなぁ」
と気を引いてみたり、薬師丸ひろ子のあの声を聴いているだけでも心が和む。
あまりにクズで軽薄な先輩に憧れちゃう失敗パターンも、世間知らずのお嬢様だから仕方ない。
田園調布の高級住宅街の起伏に富んだ坂道をヒールで歩く女子大生の彼女を見ると、『翔んだカップル』(相米慎二監督)ではこの坂をサロペット姿で自転車漕いでたなあ、などと感慨深く見てしまう。
優作に罪はないが、謎はある
本作で不思議なのは、直美を渡米まで見守る仕事を引き受けた、雇われ探偵の辻山秀一(松田優作)の存在だ。
松田優作がダメだったわけではない。ひろ子ファンと同様、優作ファンも彼がスーツ姿でそこにいるだけで、とりあえず嬉しい。本作は薬師丸ひろ子の映画であるが、探偵が松田優作だったから、かろうじて映画として成立しているのだと思う。
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だから、松田優作あってこそなのだが、なぜ彼がこの役を演じているのかがよく分からない。
だって、この辻山秀一という探偵は、鍛え抜かれた肉体で格闘もしなければ、銃をぶっ放す違法行為に走ったりもしない。暴力団組織にボコボコにされて、直美に助けられてしまうような探偵なのだ。
勿論、松田優作がバイオレンスから脱却したがっているのも分かる。だが、森田芳光監督の『家族ゲーム』や『それから』に見られる不気味な魅力がない。
直美は、浮気されて女房と別れたこの男に感じた憐れみを、恋心と勘違いしただけなのではないか。
『セーラー服と機関銃』(相米慎二監督)の渡瀬恒彦や、『Wの悲劇』(澤井信一郎監督)の世良公則のように、薬師丸ひろ子が好きになる年上の男性はみな、どこかでさりげなく身体を張って彼女を守ってくれるのだが、本作の辻山探偵には、そこのアピールが絶対的に弱いように思えた。
だから、私はこの二人が恋に落ちることに、どうにも共感できないのである。ついでに『探偵物語』などという、松田優作本人の名作ドラマにあやかった同名タイトルを、全く別物の作品に付けるという愚策も釈然としない。
今更レビュー(ここからネタバレ)
ここからネタバレしている部分がありますので、未見の方はご留意願います。
釈然としない点アレコレ
原作未読ゆえ、原作か脚本かどちらに由来するのか不明だが、本作はストーリーにあらが目立った。
まずは些細なことだが、探偵が直美の泊っているホテルの部屋にいきなり不法侵入し、彼女をビンタしたあと、交番に連行され事情聴取を受けるシーン。警官(林家木久蔵)が「そりゃ痴漢じゃないか」と連呼するのだが、罪名が違うだろう。ここは、わざとボケているのか。
◇
探偵の別れた女房・幸子(秋川リサ)の不倫相手であるクラブオーナーの国崎和也(鹿内孝)が、ラブホテルで刺殺される。和也の父親は暴力団国崎組の組長(藤田進)であり、殺害現場で密会していた幸子を、ヤクザたちが報復のために探し回る。
これがメインとなる事件である。本来、この事件と無関係であるはずの直美だが、探偵のために、この前妻の無実を証明しようと頑張る話になっていくわけだ。
だが、直美の憧れていた大学の永井先輩の彼女・正子(坂上味和)が、なんとこの殺された男の経営するクラブでバニーガール姿で働く傍ら、売春をさせられている。
正子が殺人事件に大きく噛んでいるのだが、
殺されたオーナー-探偵の元妻-探偵-直美-憧れの先輩-その彼女-殺されたオーナー
この相関関係のサークルが何の必然性もなく繋がってしまうのは、さすがにできすぎた話だ。
気の毒なのは財津一郎か
幸子を探し回るヤクザ連中は、ボスが財津一郎、配下にストロング金剛、山西道広という面々で、これは面白い組み合わせだ。松田優作にいたぶられるのがお約束の山西道広が、珍しく最後まで死なずにいる。
本作では、岡野(財津一郎)が組長の殺された息子の妻(中村晃子)と不倫関係にあり、彼が真犯人であるように物語が展開する。
◇
結局、この岡野は直美の活躍により不倫がばれ、組長(藤田進)に息子を殺したと疑われる。そして潔白をはらそうと自ら指を詰めるのだ。ところが、真犯人は違う人物と判明する。
なんだか、不倫だけで潔く指を詰めた財津一郎が気の毒に思えてくる。
そしてラストのキスシーン
終盤、全てが解決した後、アパートに押しかけ、秘めていた想いを告白する直美を、一旦は突き放す探偵。直美がいよいよ渡米するところでクライマックスとなる。
話題を集めた、空港での長いディープキスのシーンだ。ファンの心中は穏やかではなかっただろうが、それとは別に、私は映画の終わり方として、納得できていない。
◇
別れ間際に、空港で再会し愛を確かめ合うこと自体はエンディングにふさわしい。そこに何の台詞もない、特に男の方は何も言わずに女が気づくのを待っているのは、ちょっとずるい気はしたが、まあ陳腐な台詞があるよりはよい。
いただけないのは、せっかくエスカレーターを降りかけて、探偵に気づき駆けのぼるシーンからの美しい長回しだったのに、キスした途端にカットを割った点。
ここはそのままワンカットが良かった。カメラが切り替わって、なんだかキスが生々しくなりすぎた。
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もう一点はこのシーンの音楽だ。松本隆と大瀧詠一による同名主題歌は、このシーンにこそ相応しい曲なのに、なぜかひとつ前の、探偵のアパートから失意のうちに直美が屋敷に戻るシーンで中途半端に使ってしまう。
そして、ラストシーンでは、消音となるキスシーンのあとに、なぜか場違いに明るいビブラホンのBGMが流れ始める。ここで、薬師丸ひろ子の歌を使わなかった理由を知りたいものだ。
ひろ子で呼んで、知世で帰す
本作の併映は原田知世のデビュー作『時をかける少女』(大林宣彦監督)だった。下馬評ではおそらく本作が圧倒的人気だっただろうが、はたして終幕後はどうだったか。
あえて古典的な大正ロマンチシズムをぶつけてきた百戦錬磨の大林宣彦監督。「ひろ子で呼んで、知世で帰すのだ」という戦略は、何も見る順番を言っているのではないだろう。
◇
以下は何から何まで私の主観だが、ここでの併映勝負は、『時かけ』の勝ちだった。次はひろ子の『メイン・テーマ』(森田芳光監督)に、併映は知世の『愛情物語』(角川春樹監督)。これは勝者なし。
そして翌1984年、ひろ子は『Wの悲劇』(澤井信一郎監督)、併映は再び大林宣彦監督が原田知世で撮った『天国にいちばん近い島』。ここで『Wの悲劇』が圧勝し、薬師丸ひろ子は角川事務所から移籍するにあたり有終の美を飾ったのである。