『リスペクト』
Respect
ソウルの女王アレサ・フランクリンが歌い続けた50年の歴史の舞台裏で起こっていたこと。
公開:2021 年 時間:142分
製作国:アメリカ
スタッフ
監督: リースル・トミー
脚本: トレイシー・スコット・ウィルソン
キャスト
アレサ・フランクリン:
ジェニファー・ハドソン
(少女時代) スカイ・ダコタ・ターナー
C・L・フランクリン:
フォレスト・ウィテカー
テッド・ホワイト:マーロン・ウェイアンズ
バーバラ・シガーズ・フランクリン:
オードラ・マクドナルド
ジェリー・ウェクスラー: マーク・マロン
ジェームズ・クリーヴランド:
タイタス・バージェス
アーマ・フランクリン:セイコン・センブラ
キャロリン・フランクリン:
ヘイリー・キルゴア
ジョン・ハモンド: テイト・ドノヴァン
ダイナ・ワシントン:メアリー・Jブライジ
サム・クック: ケルヴィン・ヘアー
勝手に評点:
(一見の価値はあり)
コンテンツ
あらすじ
少女の頃から、その抜群の歌唱力で天才と称されたアレサ(ジェニファー・ハドソン)は、ショービズ界でスターとしての成功を収めた。
しかし、彼女の成功の裏には、尊敬する父(フォレスト・ウィテカー)、愛する夫(マーロン・ウェイアンズ)からの束縛や裏切りがあった。
すべてを捨て、彼女自身の力で生きていく覚悟を決めたアレサの魂の叫びを込めた圧倒的な歌声が、世界中を歓喜と興奮で包み込んでいく。
レビュー(ネタバレあり)
クイーン・オブ・ソウル
ソウルの女王アレサ・フランクリンの歩んできた人生の成功と苦難の軌跡を描いた作品。監督は本作がデビューのリースル・トミー。
アレサが少女の頃から圧倒的な歌唱力で周囲の大人たちを驚かせ、やがてスターダムにのし上がっていったことは広く知られている(日本で言えば、美空ひばりか)。
だがデビューから数年、コロンビア・レコードから出したアルバムはどれもヒットせず、そこからどうやって自分の歌を生み出していったのか、そして彼女が抱え続けた心の闇とはどんなものだったのか、あまり一般には知られていないエピソードが、散りばめられている。
その意味では、音楽プロデューサーのハーヴィー・メイソン・Jrやプロデューサーのスコット・バーンスタインが、「ただの伝記映画ではなく、もっと大切な何かを描きたい」としたねらいは、ある程度理解できた。
50年近くも歌い続けたアレサ・フランクリンの人生を映画で語るには、どこかにフォーカスする必要があり、幼少期と60~70年代にスポットが当てられた。
30歳くらいまでのアレサを描いていることになるのだろうから、彼女を演じたジェニファー・ハドソンは実年齢ではやや開きがあるようには思えたが、そんな些細なことは気にさせないだけの、伸びやかでパワフルな歌唱力で、アレサのナンバーを聴かせてくれる。
『ドリームガールズ』(2006)でビヨンセを食ったと言われた衝撃の映画デビューでジェニファーが世間を魅了した歌声は健在だった。
ジェニファーの歌を聴く映画
さて、早いうちに白状しておこうと思うが、私はけしてアレサ・フランクリンについてよく知っている訳ではない。彼女の名前や顔、本作に登場するようなスタンダードな曲をいくつか知っている程度だ。
『ボヘミアン・ラプソディ』(2018)のフレディ・マーキュリーの時くらいに予備知識があったら、もっと本作にも没入して感動できたのではないかと思う。
◇
本作は142分の結構長い部分をジェニファーの歌が占める。映画として、ドラマとしての印象はどうかと言われると、ぶっちゃけ、いわゆる歌手の伝記映画としては傑出しているとは言い難い。
だが、きちんと歌い方まで時代や曲にあわせて変えてきているジェニファーの歌唱場面は、それを補って余りある。ライブコンサートのフィルムを観に来たと思えば、142分はけして長くないし、アンコールまで求めたくなるかもしれない。
自分のために歌いなさい
彼女が売れるまでの半生をざっと振り返ってみる。
デトロイトで育った彼女の父C・L・フランクリン(フォレスト・ウィテカー)は説教者として知られた教会の牧師で、母バーバラ・シガーズ・フランクリン(オードラ・マクドナルド)はゴスペル歌手であった。
姉妹にはアーマ(セイコン・センブラ)とキャロリン(ヘイリー・キルゴア)がいる。
両親はアレサが幼い頃から別居しており、三姉妹は父のもとで育てられ、教会でゴスペルを歌っていた。子供たちが慕う母バーバラが別居しているのが謎だ。
いつも善人役のフォレスト・ウィテカーに、今回はどこか不穏な匂いがすると思ったら、DVがひどく妻を苦しめていたことが後に分かる。
そもそもこの男は冒頭の振る舞いもひどい。
自宅のパーティにはダイナ・ワシントン(メアリー・J. ブライジ)やサム・クック(ケルヴィン・ヘアー)など大勢を招き、寝ていた少女のアレサ(スカイ・ダコタ・ターナー)を寝室から連れてきては一曲歌わせ、場が盛り上がったらもう寝なさいと部屋に戻す。
この父親はアレサを自分の説教者の客寄せとしか見ていない。そのような関係は大人になっても続くのだ。更には、頻繁に行われる宴会に紛れて、少女のアレサが知り合いの大人の男性から性的虐待を受けたことも示唆される。
聴衆の前で歌う少女のアレサをとらえたカメラが、周囲を一周して歌う彼女に戻ってくると、もう大人(ジェニファー・ハドソン)に成長している。
この演出は楽しかったが、アレサには10代で未婚であるにもかかわらず、複数の子どもがいるというのは、先ほどの性的被害とも重なり、衝撃を受けた。
「男性に怯えることなく、誰にも強制されずに、自分の歌いたい歌を、自分のために歌うのよ」
たまにしか会えず、そして幼少期に心臓発作で他界してしまった母が、かつてアレサに伝えた言葉だ。それは大きな意味とパワーをもつ言葉だったが、彼女は長らくその言葉を実践できずに、もがき苦しんだ。
歌で何かを変えたい
1961年、ついにアレサは大手のコロムビア・レコードからデビューするが、同社は彼女をポピュラー・シンガーとして売り出す。曲はジャズ色が濃く、ゴスペル調を前面に出した曲は発表しなかったため、世間にはアピールできなかった。
ヴィレッジヴァンガードのステージでは、客席にいた旧知のダイナ・ワシントンが激昂する。
「女王の私の前で、私の持ち歌を唄うなんて!」
言葉ではそういうが、ダイナがアレサに伝えたいことは、ヒット欲しさに節操なく何でも歌うのはやめて、自分を出せということだ。
やがて1966年に、アレサは新鋭アトランティック・レコードに移籍。プロデューサーであるジェリー・ウェクスラー(マーク・マロン)は、彼女のゴスペル・フィーリングを前面に押し出す方針を採り、ニューヨークではなく、アラバマのフェイム・スタジオでレコーディングを行う。
ここまでは良かったが、当時アレサは父親の大反対を押し切って、テッド・ホワイト(マーロン・ウェイアンズ)と結婚していた。
このテッドはろくに才能もないのに彼女のマネージメントにあれこれ口を出し、周囲をかき回しては結果的にプロモーションの邪魔をした。おまけに、この男も女に暴力をふるう輩であり、彼女を苦しめる存在になっていた。
アメイジング・グレース
そしてついに彼女は自分らしさをみつける。映画のタイトルにもなっている「リスペクト」の元ネタはオーティス・レディングの曲だが、「こいつはすっかりアレサの曲だ」とジェリー・ウェクスラーがいうほどにアレンジしている。
ラブソングではあるが、男性社会だった当時に、原曲と同じようでも、こちらは女が男どもに対して言いたいことをいう内容なのだ。アレサ・フランクリンは<黒人として女性として、人権を求めて戦うファイター>なのである。
◇
公民権運動の指導者であるマーティン・ルーサー・キング・ジュニアとも交流があったアレサは、暗殺された彼の葬儀で哀悼の歌を捧げ、また、ブラックパワーの活動家アンジェラ・デイヴィスを支持する場面もある。
何かを変えるために、何かを護るために、彼女は歌っている。その歌に勇気をもらった聴衆の熱狂が伝わってくる。
本作のラストは、アレサがゴスペル・フィーリングに原点回帰し、1972年にロサンゼルスで<アメイジング・グレイス>を大勢の聴衆とともに歌い、それをライブレコーディングするところで終わる。
ニュー・テンプル・ミッショナリー・バプティスト教会で行われたこのライヴは、なんと当時あのシドニー・ポラック監督がドキュメンタリーで撮影している。
映像と音声がシンクロできない技術的トラブルに見舞われて長らくお蔵入りしていたが、2018年に『アメイジング・グレイス アレサ・フランクリン』として公開された。いや、これも観てみたい。1972年といえばポラックがバーブラ・ストライサンドで『追憶』を撮ってた頃じゃないか。
◇
エンドクレジットには、在りし日のアレサの映像が登場する。グラミー賞の多数受賞、大統領自由勲章。バラク・オバマの大統領就任式式典での祝唱。想像を上回る功績の数々。
本作の完成を待たずにアレサ・フランクリンが逝去してしまったことは、ジェニファー・ハドソンはじめ製作スタッフにとっても、心残りだっただろう。