『麒麟の翼 劇場版・新参者』
東野圭吾の人気原作、テレビドラマでお馴染み加賀恭一郎シリーズの初映画化。ここから夢に羽ばたいていく、はずだった。
公開:2012年 時間:129分
製作国:日本
勝手に評点:
(一見の価値はあり)
コンテンツ
あらすじ
東京・日本橋。翼のある麒麟像の下で男性の刺殺体が発見された。刑事・加賀恭一郎(阿部寛)は、被害者・青柳武明(中井貴一)の死の直前の行動に疑問を抱く。
なぜ彼は助けも求めず、八分間も歩き続けたのか?そもそも縁もゆかりもない日本橋で何をしていたのか? 青柳の家族も父親の行動に全く心当たりがなかった。
容疑者は、八島冬樹(三浦貴大)。八島は青柳のバッグを持って逃走中、車に轢かれて意識不明になっていた。冬樹の恋人・中原香織(新垣結衣)は彼の無実を訴えるが、警察は八島が金品欲しさから犯行に及んだものとして裏付け捜査を開始。
一方、独自に捜査をすすめていた加賀は、推理の限界にぶつかっていた。果たして加賀は、真実を見つけだすことができるのか?
今更レビュー(ネタバレあり)
加賀恭一郎の初映画化
東野圭吾の<加賀恭一郎シリーズ>を初映画化。「劇場版・新参者」という副題からも分かる通り、テレビドラマ『新参者』の続編であり、主演の阿部寛はじめドラマと同じ配役、舞台も日本橋署所轄の日本橋・人形町界隈。
原作はやや順番が前後するが、まずは加賀刑事が日本橋署の新参者として赴任した『新参者』(2010)が連ドラで始まり、その前日譚として練馬署時代の『赤い指』(2011)がスペシャルドラマ化。
その後、本作が映画化され、石原さとみで『眠りの森』(2014)のスペシャルドラマ化、松嶋菜々子で『祈りの幕が下りる時』(2018)の映画化と続いている。
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本作で取り扱う事件に過去作との関連はなくドラマ未見でも楽しめるが、『赤い指』で登場した、元刑事の加賀の父親(山崎努)の病死や、従弟で本庁勤めの松宮脩平(溝端淳平)との微妙に確執のある関係、当時の担当看護師の金森登紀子(田中麗奈)との会話は、やや分かりにくいかもしれない。
映画は冒頭、夜の日本橋。無粋な高速道路の高架下にかかる橋の中央には、タイトルにもある翼のある麒麟の像。
よろけて歩く男性(中井貴一)が像に手を差し伸べ、力尽きて倒れる。ナイフで腹を刺されている。何とも派手な死に様だ。
血に染まった欄干と手のひらの折り鶴には、少し演出過剰さを感じたが、麒麟像の醸す荘厳さに助けられ、重厚なイメージづくりには成功しており、何度観ても、これから劇場版が始まるのだという気持ちになる。
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殺された男性は建築部品メーカーの製造本部長・青柳武明。ほどなくして、被害者の財布やカバンを所持する不審な男・八島冬樹(三浦貴大)が発見されるが、逃走しようとし、クルマに轢かれ意識不明になる。
八島の恋人・中原香織(新垣結衣)は彼の無実を訴えるが、状況は不利だ。やがて、被害者は派遣切りや労災隠しを指示していたと腹心の工場長(鶴見辰吾)が証言し、その会社の工場から派遣切りされていた八島には、一層容疑が強まる。だが、被害者はなぜ、縁もゆかりもない日本橋に頻繁に訪れていたのか。加賀はそこから、事件を解いていく。
加賀恭一郎と湯川学
<加賀恭一郎シリーズ>はTBS日曜劇場枠の『新参者』が素晴らしかった。加賀の捜査と絡め人形町に暮らす人々を取り上げた短編を集め、全体でひとつの事件を解決するという原作の構成がうまくドラマにフィットした。町にすむ人々のキャラ立ち、事件のミステリー性、人情味あふれるドラマ。これらがしっかり織り込まれ、完成度が高い。
また、スペシャルドラマの『赤い指』も、認知症の老母と暮らす一軒家という事件の舞台が地味すぎたか、映画化には至らなかったが、「加賀が何かすごいことをやるぞ」と期待値を上げておいて、それでもベタな演出ではなく物語で泣かせるミステリーになっているのが恐れ入る。
<加賀恭一郎シリーズ>に向こうを張る東野圭吾の人気シリーズ<探偵ガリレオ>では、連続ドラマは科学的な事件解明主体のドライな演出だったが、映画化された『容疑者Xの献身』で突如、福山雅治扮する湯川教授が人間的な内面を露わにした。だから映画は特別な存在感を示せたと思う。
ところが、<加賀恭一郎シリーズ>は前述のとおり、すでに『新参者』や『赤い指』という優れた人間ドラマがある。だから、初映画化とはいえ、新機軸が打ち出しにくい。麒麟の像の下に倒れる死体や折り鶴、それに豪華な出演者の顔ぶれで映画らしい華やかさは整ったものの、内容的には過去作を凌駕する出来とまでは思えなかった。
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とはいえ、本作は決してつまらない作品ではない。私は何度も観ている。
阿部寛の演じる加賀刑事は、『結婚できない男』と並ぶハマリ役だと思っているし、かつて何年間か人形町で勤務していたことから、あの界隈がロケ地で登場するのは、実に楽しい。確かに中井貴一が刺された江戸橋の地下通路は、昼なお暗く人目のない都会の盲点だ。さすが東野圭吾先生。
キャスティングについて
ネタバレしない範囲で、豪華キャストに触れたい。
まずは殺害された青柳武明の中井貴一とその長男・悠人の松坂桃李。大物俳優・中井貴一は冒頭に死ぬものの、回想シーンで登場するので、不足感はない。個人的には、やや善人キャラ過ぎる気はする。というか、この配役で、悪人の筈がないと早々に感づく。
松坂桃李はまだ初々しい。水泳部仲間も、親友に山﨑賢人、後輩に菅田将暉と、今思えば相当に豪華だ。水泳部顧問に劇団ひとりは、池井戸ドラマと違い、別にお笑い枠ではないのだろう。さすがに劇団というだけあって、演技は板についている。
一方、容疑者には、八島冬樹の三浦貴大とその恋人・香織の新垣結衣。三浦はファンには物足りない出番の少なさだが、中井貴一同様、配役から殺人犯はないかもという気に。
ガッキーは中盤に加賀からあれこれ聞かれている時と、終盤に事件の真相が見えてきた頃とでは、顔つきが別人のように違うので驚く。単にメイクの違いなのか、演技力なのか。
警察関係者は、加賀と同様に真相を追求する<良い警官>が、小林主任の松重豊と従弟で捜査一課の松宮(溝端淳平)。
一方、早く事件を解決し記者会見したいだけの<悪い警官>が石垣刑事課長(北見敏之)と、その腰巾着のような藤江刑事(緋田康人)。
捜査を頓珍漢な方向に拙速に進める上司は刑事ドラマには必要だが、北見もそうだし、藤江などはビシバシステムの西田だから、すっかりお笑いの演技になっている。この演出は浮いていたかな。
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その他、黒木メイサはじめお馴染みレギュラーメンバーがカメオ出演。捜査の途上で一度だけ、菅野祐悟によるテーマ曲が流れた時は盛り上がった。JUJUのエンディング曲もよいけど、ホントは、山下達郎が良かった。それだと、テレビドラマと差別化できないのだろうな。
原作との差異について
ここから一部ネタバレとなるが、原作との差異について若干気づいたことを。
ただ、原作と違う点はいくつかあるものの、殆どが時間内にドラマを収めるための工夫であり、さすが土井裕泰監督をはじめ、スタッフは原作のテイストをよく理解して映画を作っているなあと感心した。
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冒頭のシーンでもそうだが、折り鶴をなにか感動的な小道具にしようとするのは、映画オリジナル演出と思われ、やや鼻白む。『赤い指』の杖のようにしたかったのだろうが、終盤の千羽鶴しかり、あまり感動は呼ばない。
同様に、加賀の父(山崎努)が息を引き取る直前まで、朦朧としながらマグネット将棋盤で、会いにくるなと命じた息子と将棋をさすシーンも、演出過剰というか、あれではコントだ。あの瀕死の状態で盤上を崩さずに次の一手がさせるものか。
青柳悠人と水泳部の友人たちが、プールの過激な特訓で植物人間にしてしまった後輩部員の吉永。その母の書くブログ「キリンのツバサ」を、悠人が首の長いキリンではなく麒麟だと気づく瞬間は映画では分かったか。
悠人が贖罪から始めたものの中断した日本橋七福神巡りでの色別の千羽鶴奉納。それを途中で父親が黙って引き継いだため、千羽鶴は売っていた和紙の途中の色から使われていたことが、映画だけで伝わったか。
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水天宮なら安産祈願という『新参者』由来のひっかけ問題は、今回は水難除けが正答なわけだが、映画のラストでは、八島が安産の絵馬を買って奉納するオリジナルシーンが追加されている。
これは、彼が香織の妊娠を知っていた、父となる自覚があったという点では効果的。ただ、青柳を殺してないけど、出来心で財布とカバンは盗んじゃったという点で、いい話にするには少々感情移入しにくい。
以上、愛すればこその揚げ足取りだが、「死んでいく者のメッセージを受け取るのが生きている者の義務」という主題はうまく届いた。駅のホームから飛び込む真犯人を寸前で救い出すシーンで松宮(溝端淳平)が活躍するのは映画オリジナルだが、これも良かった。
間違った公式を教えてしまうと、生徒はずっと過ちを繰り返してしまう。そう言って、加賀が本作で最もヒートアップするのが、劇団ひとり演じる顧問の教師を責める場面だ。
大人が子供の過ちを正さなかったばかりに傷を広げてしまうというメッセージは、『新参者』にも通底する。加賀恭一郎はかつて教師もやっていたから、こういうことには敏感なのだ。