『聖地X』
劇団「イキウメ」の人気舞台を入江悠監督が映画化。コメディとまでは言わないが、ホラーではないからね。
公開:2021 年 時間:114分
製作国:日本
スタッフ 監督・脚本: 入江悠 原作: 前川知大 キャスト 山田輝夫: 岡田将生 東要: 川口春奈 忠: 渋川清彦 京子: 山田真歩 東滋: 薬丸翔 家政婦: パク・イヒョン スタッフ: パク・ソユン 祈祷師: キム・テヒョン 星野: 真木よう子 江口: 緒形直人
勝手に評点:
(一見の価値はあり)
コンテンツ
あらすじ
小説家志望の輝夫(岡田将生)は、父親が遺した別荘のある韓国に渡り、悠々自適の引きこもりライフを満喫中。そこへ結婚生活に愛想をつかした妹の要(川口春奈)が転がり込んでくるが、韓国の商店街で日本に残してきた夫の滋(薬丸翔)を見かける。
その後を追ってたどり着いたのは、巨大な木と不気味な井戸を擁する和食店。そこは、奇妙な力の宿った未知の土地。そこに入った者は精神を蝕まれ、謎の死を遂げていくという。負の連鎖を断ち切るため、強力な祈祷師がお祓いを試みるも、封印された“気”の前には太刀打ちできない。この地に宿るのは神か、それとも悪魔か。
レビュー(まずはネタバレなし)
こりゃプロモーションが悪いよ
劇作家・前川知大が率いる劇団「イキウメ」の人気舞台を入江悠監督が映画化。2016年の『太陽』(神木隆之介、門脇麦)に続き、入江悠と前川知大の二度目のタッグとなる。
本作は世間的には評価がいまひとつ冴えないように思われる。私は、これは作品そのものではなく、プロモーションのまずさに原因があったと思う。
本作の劇場予告は映画館で何度も目にしたが、どうみてもホラー映画の広告宣伝であった。おまけに、庭のような空間の奥には古びた井戸までみえる。これじゃ、『リング』の貞子の井戸にしかみえず、当然同系列の<J・ホラー>だと信じて疑わないのも無理はない。
◇
そういう期待で本作を観た人たちは、映画の話しの流れに不信感を覚え、川口春奈やパク・イヒョンが朝に庭で「ステップ、ステップ!」と微妙にズレてる音楽でダンス・エクササイズに励む姿のあまりのマヌケさに、愕然とするはずだ。
舞台挨拶で話題になった #川口春奈 さんのダンスシーンをチラ見せ💃#聖地X #岡田将生#薬丸翔#入江悠 #あれ何?#ネギ18円 https://t.co/EqNHY7eGW0 pic.twitter.com/v6Hk5oLLyi
— 映画『聖地X』公式@絶賛公開中! (@seichiX_movie) November 20, 2021
だが、本作はホラーではない。不思議な現象を取り扱ってはいるが、けして幽霊とか怨念とかをおどろおどろしく伝えたい作品ではないのだと思う。
劇団「イキウメ」の得意とする<目に見えないものと人間との関わりや、日常の裏側にある世界からの人間の心理>を演出する中で、随所に不気味さは感じられるが、怖がらせることはねらっていない。
◇
『大怪獣のあとしまつ』が大不評だったことが記憶に新しいが、あれも怪獣特撮だと思って劇場に行った多くの観客が落胆したわけであり、冷静に考えれば三木聡監督なのだから脱力系コメディなのだと想像できる。でも、劇場予告に気合が入り過ぎていて、それを見抜けない人が大勢出てしまったわけだ。本作と根っこが似ている現象だ。
ドッペルゲンガー
そんな訳で本作、ホラーだと思わずに観れば、なかなか楽しめる作品だと思う。
韓国の別荘地に住み、親の遺産で優雅な生活を送る輝夫(岡田将生)。そこに旦那の遺産の使い込みによる風俗通いが原因で離婚すると日本から転がり込んでくる妹の要(川口春奈)。
ところが、ある日近所のアーケード商店街で要は自分の夫の滋(薬丸翔)らしき男を見かける。日本から追いかけてきたのか。男を尾行してたどり着いた開業直前と思しき日本の居酒屋。そのオーナー江口(緒形直人)と人違いしたと思われたが、部屋の奥から滋が現れる。
だが滋はどこか様子がおかしい。記憶を失っている彼は、着の身着のままパスポートも持たず、韓国にいる。不審に思った兄妹は滋の携帯に電話をかけるが、なんとそこには、日本で会社に出勤している別の滋が電話を取る。
つまりはドッペルゲンガーの話だが、兄妹がそれに気づくまでの流れは何とも軽妙で楽しい。汐留の広告代理店勤めの滋の女上司の星野(真木よう子)の絡め方、特にジャッキー・チェンの『蛇拳』を持ち出すあたりは、原作ネタか知らないが、実にうまい。
そして、兄妹がはじめに滋をみつけた居酒屋の雇われ店長である忠(渋川清彦)の妻・京子(山田真歩)にも開店準備の間にさまざまなトラブルが発生し、どうもこの店が呪われた土地にあるのではないかと分かってくる。そんな最中に滋の時と同様、京子にも新たなドッペルゲンガーが現れる。
キャスティングについて
韓国を舞台にして、別荘地の広大な庭にデッキチェア。不可思議なダンスの影響もあるか、このどこか不穏な邸宅の雰囲気は、『パラサイト 半地下の家族』(ポン・ジュノ監督)を思わせる。
そこに、同じくオスカー受賞作の『ドライブ・マイ・カー』(濱口竜介監督)でハリウッドに猛烈アピールできた岡田将生が、本作でも独特の存在感を見せる。
シリアスになりきれないヌケっぷりと端麗な容姿とのミスマッチ、そして流れるように理屈をこねてよく喋る饒舌ぶり。坂元裕二のドラマ『大豆田とわ子と三人の元夫』の弁護士役と似てるかも。
一方、妹役の川口春奈。最近では大河ドラマ『麒麟がくる』の帰蝶役で女優としての評価を高め、朝ドラ『ちむどんどん』でも三姉妹の長女役で出演するなど、活躍が目立つ。
だが、不気味さを出す演技なら、『クリーピー 偽りの隣人』(黒沢清監督)の時の方が冴えていたように思う。本作では、コメディ路線に真木よう子、ホラー路線に山田真歩を配しており、彼女の役はどっちつかずで演じにくかったのかもしれない。
そういえば、『クリーピー 偽りの隣人』の主演は西島秀俊と、ここでも『ドライブ・マイ・カー』と繋がるな。劇団「イキウメ」の舞台を映画化した監督は、入江悠と黒沢清(『散歩する侵略者』)の二人だけなのだ。黒沢清に至っては、その名もずばり『ドッペルゲンガー』なんて作品を撮っているし、どこか縁深いのものを感じる。
◇
最後に、本人とドッペルゲンガーとを演じる滋役の薬丸翔。彼の出演作品を今回初めて観たのだが、なかなかうまい。黙って立っていれば、美男美女夫婦の親譲りの端正な顔立ちでイケメン路線も問題なかろうが、本作では見事に情けないヘタレ男を演じている。いわゆる二世俳優とはどうやらちょっと違うようだ。注目したくなった。
レビュー(ここからネタバレ)
ここからネタバレしている部分がありますので、未見の方はご留意願います。
そこは足を踏み入れてはいけない聖地
さて、この居酒屋をオープンしようとする敷地には、なにか祟りがある聖地であることが分かった。冒頭に出てくるサッカー日韓ワールドカップの時代、アメリカンパイの店を繁盛させていた米国人夫婦が店の中で謎の餓死を遂げる。
その後何度かオーナーチェンジするが、みな不可解なトラブルで店を畳んでいる。祈祷師を呼んでお祓いするも、力不足で退散。はたして、どんな怨霊で、どう対決するのかということには、本作はあまり関心を示さない。むしろ、ドッペルゲンガーにどう対処するかに重きが置かれる。
世間的には、ドッペルゲンガーを本人が見てしまうと、数日後に死んでしまうと言われている。だが、京子はドッペルゲンガーと対峙し、ともにもつれあったが、死ぬことはなく、二体が融合してしまった。
いろいろな事象について考察を重ねた輝夫が、ついに解明した謎をコップの水を使ってみんなに説明する。ぶっちゃけ、水がなくても十分説明できる代物だったが、全編通じて、こぼれた水をモチーフにしているところから、まあこれも良いか。
そこは惑星ソラリスなのか
結局、この屋敷においては、思っていることがそのまま実体化する。滋が日本から追いかけてきたと思い込んだ要は、夫のドッペルゲンガーを生み出した。出ていった京子が戻ってきたと思った忠は、妻のドッペルゲンガーを生み出した。
茶碗蒸しはプリンに代わり、冷やしていないソーダ水はキンキンに冷える。書き上げたことのない輝夫の小説も、そう信じる人には一冊の本になる。なんとまあ、『惑星ソラリス』かと思うような、高尚な設定が持ち込まれている。
ドッペルゲンガーと本体は同じものではなく、記憶がいずれかに分配される。だから、京子のように二体は死ぬことなく融合できる。
だが、滋は二体になってから日数が経過しており、一体になると双方に蓄積された記憶が溢れてしまう。その影響は分からない。ここから彼らは、予想外の解決策に乗り出す。
◇
そこに唸るほどのサプライズはないが、なかなか気の利いた終わり方だったと思う。繰り返すが、ホラー目線で観てはいけない。さすれば、面白味が伝わってくる。