『騙し絵の牙』
塩田武士が大泉洋をあてて書いた原作を、吉田大八監督が思い切って再構築。騙されるかどうかは気にせずに、素直に楽しむべき映画。
公開:2021年 時間:113分
製作国:日本
スタッフ
監督: 吉田大八
脚本: 吉田大八、楠野一郎
原作: 塩田武士 『騙し絵の牙』
キャスト
速水輝: 大泉洋
高野恵: 松岡茉優
二階堂大作: 國村隼
東松龍司: 佐藤浩市
城島咲: 池田エライザ
矢代聖: 宮沢氷魚
宮藤和生: 佐野史郎
江波百合子: 木村佳乃
柴崎真二: 坪倉由幸
三村洋一: 和田聰宏
中西清美: 石橋けい
伊庭惟高: 中村倫也
伊庭綾子: 赤間麻里子
久谷ありさ: 小林聡美
郡司一: 斎藤工
謎の男: リリー・フランキー
高野民生: 塚本晋也
勝手に評点:
(一見の価値はあり)
コンテンツ
あらすじ(公式サイトより引用)
大手出版社「薫風社」に激震走る!かねてからの出版不況に加えて創業一族の社長が急逝、次期社長を巡って権力争いが勃発。専務・東松(佐藤浩市)が進める大改革で、お荷物雑誌「トリニティ」の変わり者編集長・速水(大泉洋)は、無理難題を押し付けられ廃刊のピンチに立たされる…。
速水は、新人編集者・高野(松岡茉優)と共に、イケメン作家、大御所作家、人気モデルを軽妙なトークで口説きながら、ライバル誌、同僚、会社上層部など次々と現れるクセモノたちとスリリングな攻防を繰り広げていく。嘘、裏切り、リーク、告発――クセモノたちの陰謀が渦巻く中、速水の生き残りをかけた“大逆転”の奇策とは!?
レビュー(まずはネタバレなし)
さすがに話の運びがうまい吉田大八監督
『罪の声』に続く塩田武士原作の映画化であるが、こちらはミステリーではなく、不況に喘ぐ出版業界に生きる雑誌編集長の物語。
魑魅魍魎の社内外の業界人の間にうごめく数々の策略。その中を口八丁手八丁で泳いでいく、大手出版社「薫風社」のカルチャー誌「トリニティ」編集長・速水(大泉洋)。
まじめそうな顔をして、実は裏でいろいろな罠をしかけている主人公キャラは、同じく大泉が演じた『アフタースクール』の主人公を彷彿とさせる。
本作はコロナ禍の影響を大きく受けた作品のひとつであり、公開が延び延びになっていた。<ついに〇月〇日公開決定!>と強調する劇場予告を何度見たことか。
おかげで、リリー・フランキーや小林聡美はじめ、多くの出演者が「あいつに騙された!」風に主人公を評するカットばかり頭に残り、つい浮付いたコン・ゲームの物語を想像したが、実際は予想以上にしっかりした内容の作品だった。そこはさすがの吉田大八監督である。
あて書きに対して、封じ手を使う
意外と落ち着いた作品に思えたのは、私のイメージする大泉洋の役は、もっと口からでまかせの軽薄男だったはずだからだ。塩田武士の原作では、実際その印象が強い。
会話には常にジョークをはさまないと気が済まない性格。原作を読んでいるときから、このキャラはそのまま大泉洋に重なる。
◇
だって、塩田武士が大泉であて書きした小説だし、ご丁寧に本の表紙から単元ごとの中表紙にまで、大泉洋がページ全段使って登場するのだ。そりゃ、洗脳されるわ。
映画とは関係ないが、単独で存在する小説の挿絵に、実際の俳優をここまで大写しで頻出させるのはさすがに暑苦しいし(ファンの方、すみません)、読者から想像の喜びを剥奪している。
◇
話を映画に戻すと、吉田大八監督は脚本化にあたり、この原作を一旦バラバラにして再構築しているそうだ。そして、その段階で、あまりにあて書きが大泉洋らしすぎる部分を見直しているのだ。
だから、原作とはだいぶ印象が異なる。小説ならば許されるが、映画で本人が本人っぽい役を演じるのは、アクが強くなりすぎるということだろうか。その意味では、この解体・再構築は、非常に有効だったと思う。
地味にスゴイ!戦う、書店の娘
そのほかにも、結構大胆に原作からの数々のエピソードを削除したり、代わりにぶち込んだりしている。
終盤で速水が新会社を起業する話というのも映画には登場させず、別なアレンジに変更されているが、物語の終わり方としてはまとまりがいい。
記憶が曖昧だが、原作には愛読者投稿欄を使った、泣かせる父子話があったと思うが、それが本作では、若手編集者の高野(松岡茉優)と街の本屋を営む父(塚本晋也)の、本好きには心温まる挿話に差し代わったのかもしれない。
◇
斜陽の出版業界において愚直に文学を愛し、作家原稿にペンを入れる高野。コミック業界ならドラマ『重版出来!』の黒木華か、ファッション誌なら『地味にスゴイ! 校閲ガール・河野悦子』の石原さとみかといったところ。いや待て、本屋の娘だし『戦う!書店ガール』もちょっとあり?
豪華キャストゆえの弊害もあり
騙し騙されの物語ゆえ、本章では内容詳細にはふれないが、豪華キャストには豪華さゆえの弊害があった感は否めない。
興行成績をあげるにはエンタメ性が必要で、それには豪華キャストが不可欠ということなのだろうか。全否定はしないが、少なくとも豪華キャストはエンタメの必須条件ではない。
◇
本作の場合、大泉洋と松岡茉優というキャラの強い俳優が中心にいる。それに負けないように強いキャラを社長(佐藤浩市)や重鎮の大作家(國村隼)に配するのは分かるが、そのほかの共演者には、もう少し馴染みのない俳優を置いてもよかったのではないか。
名前は挙げないが、俳優の顔を見ただけで、裏切るとか失脚するとか、読めてしまうのは、この手のジャンルでは大きな足枷になる。
◇
その意味では、人気モデルの城島咲(池田エライザ)や新人作家の矢代聖(宮沢氷魚)の起用法はうまい。物語にどう入って来るのか想像できないキャラになっているのがいい。
また、雑誌トリニティ編集部の他のメンバー、副編集長の坪倉由幸、ベテラン女史の石橋けい、頼りなさげな森優作というメンバー構成も、リアリティがあって好き。
レビュー(ここからネタバレ)
ここからネタバレしている部分がありますので、未見の方はご留意願います。
若干ひっかかった事をいくつか
大泉洋のドラマといえば最近なら『ノーサイド・ゲーム』を思い出すが、あの独特の日曜劇場・池井戸潤ワールドに、本作が影響されていたらと心配だったが、それは杞憂に終わった。デフォルメされた悪役キャラやウェットすぎる演出も、本作にはないのが嬉しい。
ただ、横浜の会社発祥の地の建造物を取り壊し、新たなメディアセンターだかを建造する、社長肝入りのプロジェクト・KIBAというのが、ちょっと嘘くさい。
新築建造物の模型だけで説明しようとするのも説得力がないし、怪しげな外資ファンドも、序盤だけでろくにからんでこないのなら、わざわざ斎藤工を起用することもない(友情出演か?)。彼をだすのなら、せめて創業者一族の御曹司役の中村倫也くらいの出番はあげたい。
文芸評論家の小林聡美や、謎の男のリリー・フランキーはメジャープレイヤーながら、ちゃんと全体バランスを考えて控えめな演技をしているように見えた。
特に、リリー・フランキーの不自然なまでの目立たなさがいい。結局、みんなを驚かせ続けた速水の意表を突くことができたのは、彼が演じる、この人物だけだったのだ。
だって読むしかないじゃん
でも、そんな速水に最後に一矢を報いるのが、高野である。彼女は、消息不明だった謎の作家に22年ぶりの新作を書かせて、ある本屋でしか買えない本として、三万円の値付けで売り出す。
一つの本を読者に届けるのに、作家は勿論、出版社も書店も一丸となって汗をかく。それが報われるときの喜びが伝わってくる。
「映画にもドラマにもなってないから、読むしかないじゃん」と、以前にその作家の本を買いに来た、読書とは縁遠そうな女子高生の再登場もいい。
◇
「メチャメチャ面白いです」というのは、ラストシーンで速水がある人物に語る台詞だ。最後を締める重要な台詞ともいえる。だが、映画予告編では、これを安易に流用する。
リリーの「結局みんな、この男に騙されるんだ」もそうだが、本編とは違う文脈で台詞を流用し、潜在的な観客を誤誘導する予告編の手法は、そろそろ見直してはどうかと思う。
ただ、映画そのものは、メチャメチャではないものの、面白いです。