『マルサの女』
伊丹十三監督の「〇〇〇の女」シリーズはここから始まった! 国税庁査察官のマルサの女が、今日も悪質な脱税者を摘発する。
公開:1987 年 時間:127分
製作国:日本
スタッフ 監督: 伊丹十三 撮影: 前田米造 音楽: 本多俊之 キャスト 板倉亮子: 宮本信子 権藤英樹: 山崎努 花村: 津川雅彦 伊集院: 大地康雄 金子: 桜金造 姫田: 麻生肇 査察部課長: 小林桂樹 石井重吉: 室田日出男 蜷川喜八郎: 芦田伸介 剣持和江: 志水季里子 鳥飼久美: 松居一代 杉野光子: 岡田茉莉子 露口: 大滝秀治 秋山: マッハ文朱
勝手に評点:
(オススメ!)
コンテンツ
あらすじ
税務署の敏腕調査官・板倉亮子(宮本信子)は、とあるラブホテルに目をつけるが経営者の権藤(山崎努)はなかなか尻尾を出さず、調査は難航する。
そんな中、亮子は国税局査察部に抜てきされる。摘発のプロとして経験を積んだ亮子は、上司の花村(津川雅彦)と組んで再び権藤に対峙することになる。
今更レビュー(ネタバレあり)
泣く子も黙る、マルサの女
『お葬式』・『タンポポ』と監督として順調にヒットをとばしてきた伊丹十三は、ここにきて、日本の社会に根付く問題を取りあげ、コメディとして料理する一つのスタイルを確立する。
本作は泣く子も黙る東京国税局査察部の査察官(いわゆるマルサ)の女主人公の物語。その斬新な作りや面白さは大いに世間に受けて、以降、宮本信子を起用した『〇〇〇の女』シリーズが撮られることになる。
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一見すると、寝ぐせとそばかすの目立つ冴えないおばさんにしか見えない主人公・板倉亮子(宮本信子)だが、税務署内では敏腕調査官として、次々と脱税を暴いていく。
法人個人の区別も曖昧に零細企業を経営する夫婦や、売り上げを金庫に入れずに自分の懐に隠すパチンコ店の経営者(伊東四朗)。
「もっと悪どいことをしてるヤツから取れよ!」と怒鳴られれば、「その人の住所・氏名を教えてください!」と正義感に燃える亮子。
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そんな彼女が目を付けたのは、ラブホテルを経営する権藤(山崎努)という男。だが、彼は配下の石井(室田日出男)や旧知の暴力団組長・蜷川(芦田伸介)とともに、あの手この手で脱税行為を働いている。
攻め手に欠いていた亮子だったが、彼女を高く買う上司の露口(大滝秀治)の推薦もあり、国税局査察部に抜てきされる。マルサの女の誕生だ。
「特殊関係人」じゃなくてよかった
『マルサの女』は、タイトルがいい。もともとは、本作でも使われる<愛人>を意味する「特殊関係人」という題名を考えていたようだが、変更されて良かった。
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個人的な話だが、かつて学生時代に照明機材を借りにいった業者の事務所の撮影スケジュール表に「マルサの女」と手書きされていた。
まだ情報は未公開で、監督も内容もしらず、『マルタの鷹』風な作品を想像していた。でもイントネーションが違っていたようだ。どちらかというと<マル暴>に近い。
このエキゾチック風なタイトルに加え、本多俊之によるJazzyな劇伴曲は本作の独特なイメージづくりに大きく役立っている。
この内容の喜劇に、ああいう五拍子のサックス主体のクールな曲が流れてくるとは普通思わないが、見事に合っている。亮子のそばかす顔を思い浮かべると、あの曲もセットでよみがえる。
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映画は前半の亮子が税務署勤めの時代でも、けして権限がなくて権藤たちに手をこまねいていた訳ではない。
普通、もう少し必然性があって異動しそうなものだが、なんとなく抜擢されてしまうのが面白い。そして着任すれば、周囲は猛者ぞろいのチームの一員。いっきに仕事の進みがギアチェンジする。
古さを感じさせない伊丹スタイル
思えば、女優としてあまり主役を張る機会に恵まれなかった妻・宮本信子を、こうして大女優へと飛躍させたのも伊丹十三だし、これまでの二枚目俳優中心のキャリアだった津川雅彦に、新境地を切り開いたのも監督だ。
査察官の一人、大地康雄も、当時は単なる「マルサのジャックニコルソン」だったが、本作に起用されたことで個性派俳優としてブレイクした。
伊丹十三という人は、役者としても監督としても、実に才能豊かな人物だったのだと改めて思う。
それに、身内の葬儀を経験しては『お葬式』を撮り、それがヒットして多額の税金を持っていかれて、悔しさから本作を撮ろうと思いつくあたり、時流をつかむ手腕もあったのだろう。
本作は不思議と古さを感じさせない。銀行員の描き方なんて、池井戸潤のドラマのそれと似たようなものだ(どっちもバブル期の三菱銀行がモデルだったら、当然か)。
厳密にいえば、昭和っぽい部分は当然多数ある。言葉遣いという点では、シングルマザーではなく母子家庭だし、BMWはベーエムベーと呼ぶ(勿論、どちらも正解ではあるが、どこか古臭く聞こえる)。
強烈に印象に残っているのは、査察官がショルダーバッグのように肩にかけている、めちゃくちゃ重そうな初期の携帯電話だ。当時はべらぼうに高額だったと記憶する。
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それらを踏まえても、現代の映画として本作は今でも十分に楽しめる。
脚本が決して奇をてらうものではなく、むしろ古典的なパターンを踏んでいることや、題材も普遍的なもので、今も国税局と聞くと恐れをなす輩はしっかり存在していることから、そう感じるのか。音楽もいまなお色褪せていないし。
亮子と権藤の奇妙な信頼関係
足を引き摺って歩く姿と、えげつない守銭奴ぶりの山崎努がたまにみせる人間味、安全靴履いてガサ入れする大地康雄、普段は堅物そうだが得意技をもつ小林桂樹。
見せ場で優男が豹変し啖呵を切る津川雅彦。スーパーマリオに興じ、ヒョウのはく製に私みたいにそばかすだらけで可愛いわという宮本信子。みんな、どことなく憎めないキャラづくりがいい。
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本作は単なるドタバタコメディではなく、また脱税を続ける悪党を懲らしめてスッキリするだけの作品とも違う、不思議な味わいを残す。
それは、本来なら敵対関係にあるはずの亮子と権藤の、奇妙な信頼関係だ。
金儲けに執着する権藤が、「財産を息子に全て残せるなら、俺はいますぐ死んでも構わん」といい、息子にはしっかりとしつけをするなど、父親らしい一面をみせる。
シングルマザーの亮子も、この権藤の息子は、素直でいい子だと思っており、父子の仲を取り持ってあげたりもする。男女の仲とは違う、敵同士の友情が作品の隠し味になっている(隠してもいないか)。
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仕事が忙しくろくに五歳の我が子の待つ家にも帰れず、レンチンしなさいと息子に亮子が電話するシーンがある。
子供の顔はおろか、声すら映画には出てこないのだが、これが余計に仕事一途のキャラを強調し、なかなか我が子に会えない分、権藤の息子にも優しい目を向けるという設定が活きているように思う。
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本作は意外なことに国税庁の協力も得られたらしい。脱税ネタは割とリアルだそうだ。
印鑑や通帳を隠すのに、鉢植えやブロック塀、子供のランドセルからそば殻枕やブラジャーの中まで、どんなところも見逃しませんぜ、というメッセージを伝えたかったのかもしれない。
愛人の部屋の鏡台の前に並んだ大量のリップスティックに、それぞれ印鑑が隠されているのは、美しいカットだった。
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飲食店などで、レジを打たずに手書き伝票で精算している店にでくわすと、ちゃんと申告納税しているかな、と今でも気になってしまう。思えば、これはマルサの女に教わったことだったのだ。
もう30年以上も習慣になっているとは、影響されすぎる自分が怖い。